柔道、相撲、野球と3つのスポーツを掛け持ちしていた。

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「3,860gで生まれてきてね。生後半年で10kg、小6で100kgを超えていました。幼稚園のときから、制服はいつも特注。肉が好きなので、食費もかなりかかりました」と語るのは、徳勝龍(33)の母・青木えみ子さん(57)だ。

大相撲初場所で、幕内の最下位にあたる「幕尻」から奇跡の優勝を果たした徳勝龍。幕尻からの優勝は、実に20年ぶり。33歳5カ月での初優勝は、日本人力士としては最年長だ。稀勢の里(33)や豪栄道(33)らと同い年だったものの、最近は幕内に上がることもできず、十両が定位置だった。そんな“遅咲きの力士”だが、幼少期には数々の“伝説”があった――。

奈良県で生まれ育ち、幼少期から体格に恵まれていた徳勝龍。さらに、運動神経も抜群だった。3歳のときに警察官の父・順次さん(73)の影響で柔道教室へ通い始めたが、そこで驚きのエピソードがあったという。母・えみ子さんがこう続ける。

「誰にも教わっていないのに、“股割り”をしていたんです! 両足を広げながら前に倒れ、おなかをペタッとつけて……。当時からとても柔軟でした。それに体も大きいので、試合に出れば優勝か準優勝。夫も『将来は柔道家になってほしい』と言っていました」

しかし、彼は別の分野でも怪物だった。小4のとき、「わんぱく相撲」の大会に出場。そこでも、いきなり頭角を現したという。

「知り合いの青年会議所の方から『息子さんは体も大きいし、ぜひ出てくれないか』と言われたんです。相撲なんて一度もやったことがないので、すぐに負けるだろうと思っていました。そうしたら、いきなり奈良県の予選大会で優勝。そのまま全国大会でベスト8くらいまで残ったんです。そこから本人も相撲に興味を持ち、道場通いを始めました」

少年時代は野球チームにも所属していたため、3つもスポーツを掛け持ちしていたという。だが中3のときに相撲の全国大会で3位となり、高校は名門・明徳義塾へと進学。それに伴い、相撲一本に絞ることになったのだ。

「女性自身」2020年2月18日号 掲載