過去最多だった2019年J1の観客動員数。要因のひとつは明らかにイニエスタ
2019年のJ1を制した横浜F・マリノス。最終節は過去最多の6万3854人の大観衆
福田正博 フットボール原論
■2019年のJ1は横浜F・マリノスが優勝。最終節の優勝が決まった試合では、過去最多の6万6854人の大観衆がスタジアムに来場した。盛り上がりを見せた今シーズンのJリーグを元日本代表の福田正博氏が振り返る。
15年ぶり4回目のJ1優勝という横浜FMの結果を、シーズン開幕前に予想できた人はどれほどいただろうか。2018年シーズンは総得点56、総失点56で、最終節まで残留争いに身を置いたクラブが、2019年シーズンでは総得点を68に伸ばし、総失点を38へと大幅に減らすとは思いもしなかった。
また、マルコス・ジュニオール、エリキ、エジガル・ジュニオといったクオリティーの高い攻撃的なポジションの選手たちを獲得できたことも大きかった。
2年目を迎えたアンジェ・ポステコグルー監督の変化も見逃せない。もともとポステコグルー監督が志向するサッカーは、攻守のバランスを大事にしながら、自分たちでボールを保持して攻撃を組み立てていくもの。2018年の極端なまでのハイライン・ハイプレスは、意識変革のために敢えて振り切った采配に徹していたのだろう。今季は、根底にあるコンセプトは同じではあるものの、現実的な落とし所を見出して勝負をしていた印象がある。
「チーム改革」と言葉にするのは簡単だが、実際に指揮しながらそれを推し進めるのは容易ではない。目指す目的地は同じでも、これまでのスタンスのまま変革しようとしても、なかなか変わっていけるものではない。そのことをポステコグルー監督は理解していて、既存のスタイルを壊す覚悟で臨んだからこそ、今季の成功につながった。その手腕は見事としか言いようがない。
この優勝で忘れてはいけないのは、横浜FMの「フロント力」だ。チーム戦術にフィットする外国籍選手の獲得をするなど、シーズンが進んでいくなかでチーム状況の変化に合わせて、素早い対応をした。これは当たり前のように映るが、Jリーグで実践できているクラブは多くはなかった。
この「フロント力」は来年以降のJリーグでは、すべてのクラブにとって、タイトル獲得に近づくための重要な要素になるだろう。日本の有望な若手は、ヨーロッパのシーズンが切り替わる夏場にチームから出てしまうことが多い。今季の横浜FMは夏場の移籍で天野純や三好康児がチームを去ったが、ここでしっかりした補強をしたことがシーズン終盤の好成績につながった。シーズン中の補強はただ獲得すればいいというものではないだけに、クラブのフロントの能力が問われる。
横浜FMの優勝でターニングポイントになったのは間違いなく夏場だ。選手が数人抜けた影響で基本布陣を変えたことが、その後の快進撃につながった。トップやサイドで起用していたマルコス・ジュニオールを中央に配して司令塔的な役割を担わせたことや、1枚だった守備的MFは喜田拓也と扇原貴宏の2枚にしたことが奏功して守備の安定を生み出した。
今季はチャレンジャーの立場で挑んだ横浜FMだが、来シーズンは相手に研究されるうえに、ACLの戦いもあるため過密スケジュールになる。ハードスケジュールに対応するために選手層を拡大する必要がある一方で、横浜FMの攻守一体のスタイルは、主要メンバーがひとり、ふたり変わるだけでチームのバランスが崩れる危険性も孕んでいる。そうした難しさに対して、ポステコグルー監督がどういう采配やチームマネジメントをするか注目していきたい。
3連覇を目指した川崎フロンターレは、今季はリーグ4位に終わった。リーグ前半戦、勝ち切れずに勝ち点3を奪えなかった試合がいくつもあったことが最終的には響いた。
川崎は選手個々の能力に頼るだけではなく、連動・連係で相手を崩して戦うスタイルだが、今季はメンバーを固定しきれない難しさを味わった。リーグ戦とACL、Jリーグカップ戦、天皇杯と試合数は多く、選手層に厚みを持たせることは避けられないなか、メンバーの組み合わせが増えた一方で、固定メンバーで戦ったときほどの連係力の高さは見られなかった。
その理由には故障者の多さもある。中村憲剛、大島僚太、守田英正はケガに苦しんだ。そうした状況での田中碧の台頭があったとはいえ、彼に中村憲剛ほどの圧倒的な存在感はまだ望めない。中盤の構成力が弱まったこともあって、家長昭博も昨季のような輝きを放つことはできなかった。
来季の川崎は、天皇杯決勝で鹿島アントラーズが優勝すればACL出場の扉が開くが、ヴィッセル神戸が優勝するとリーグ戦だけになる。もし彼らがリーグ戦だけになるようなら、来季は川崎が優勝争いの軸になるかもしれない。
鹿島アントラーズは今季リーグ3位。終盤戦で息切れした印象だった。夏場に安西幸輝がポルティモネンセへ、安部裕葵がバルセロナへ、鈴木優磨がシント・トロイデンへ移籍し、故障者が続出したことも影響した面はあるだろう。安定感を欠いたことで勝ち点を取りこぼしたのが痛かった。若くてポテンシャルの高い選手が揃うチームだけに、来季もシーズン途中で若手が海外移籍する可能性はある。新体制でのさらなる戦力補強が、2016年シーズン以来のJリーグ王者の鍵になるのではないか。
今季、想定以上のパフォーマンスを見せてくれたのは大分トリニータだ。開幕戦で鹿島を相手にサプライズを起こすと、夏場に藤本憲明を神戸に引き抜かれながらも、9位でフィニッシュ。片野坂知宏監督とはS級ライセンス取得の同期ということもあって、彼の手腕が評価されて優秀監督賞が贈られたことは、我がことのようにうれしかった。
興味深いのが、J118クラブのなかで、大分がもっとも攻守の切り替えが少なかったというデータだ。世界のサッカーはインテンシティの高いスタイルが潮流になり、Jリーグでも優勝した横浜FMや川崎は、相手陣に攻め込んでいった時にボールを取られると、敵陣内で人数をかけてボールを奪い返して再び攻撃を仕掛ける。
しかし、データが示す大分の戦いは、これとは真逆。自陣に相手を引き込んで、敵陣に広大なスペースを生み出したうえで、少ない手数で相手ゴールに迫る。選手の顔ぶれに合わせた戦い方の重要性もあらためて認識させてくれた。
今季のJリーグ全試合の観客動員数は、総入場者数で過去最多の1140万1649人。J1の1試合平均入場者数は、2万751人。Jリーグ史上、初めて2万人の大台を突破した。際立つのがヴィッセル神戸の貢献度だ。神戸以外のクラブごとの入場者数ランキングを見れば、それぞれの1位か2位は神戸戦。アンドレス・イニエスタ、ルーカス・ポドルスキ、ダビド・ビジャを擁する神戸が、Jリーグにもたらした好影響はとてつもなく大きかった。
神戸の成績に目を向ければ、本領発揮とはならなかった。フアン・マヌエル・リージョ監督のもとで開幕を迎えたが波に乗れず、吉田孝行監督へ交代しても成績は向上せずに前半戦は苦戦。しかし、6月から就任したトルステン・フィンク監督のもとで戦い方が整理され、攻守両面が機能するようになって勝ち点を上積みできた。
最終順位は8位だったが、天皇杯では決勝進出。ダビド・ビジャの現役引退はあるものの、それを補う補強ができる資金力もある。2020年、どんな戦いを見せてくれるのか期待値は高い。
2020年を考えると、少しばかり心配のタネがある。東京五輪があるため、世間の注目がそちらに集まって、Jリーグが話題になることが減ることは十分考えられる。2019年シーズンの勢いを一時的なものにしないためにも、神戸の外国人選手人気の恩恵を受けるだけではなく、全クラブで観客動員につながる魅力あるチームづくりが継続されていくのか注目したい。