フジテレビの新企画『追跡ドキュメントバラエティー シンジジツ』で世界で初めて取材に応じたドアン・ティ・フオン(写真:フジテレビ取材班提供)

フジテレビの新企画『追跡ドキュメントバラエティー シンジジツ』(フジテレビ系で9月22日(日)よる9時から放送予定 ※ワールドカップバレー延長の場合遅れる可能性あり)では、金正男暗殺事件の実行犯として逮捕されたベトナム国籍女性の世界初告白を取材した。さらに、北朝鮮幹部の作戦についての情報をさぐり、本人による再現や再現ドラマを交えて放送する。衝撃の犯行の詳細な舞台裏と巧妙な北朝鮮工作員たちによる作戦遂行の実態が、世界で初めて明らかになる。

2年7カ月前、世界を震撼させた事件

「あのことについて話すのは、これが最初で最後です。あなたたちだけに話します。もう二度と話すことはありません」

世界を震撼させた事件が起こったのは、2017年2月13日午前9時マレーシア・クアラルンプール国際空港。北朝鮮の最高指導者・金正恩委員長の兄、金正男氏が空港で猛毒のVXにより暗殺された。その実行犯として逮捕されたのは2人の女。インドネシア国籍のシティ・アイシャ、そしてベトナム国籍のドアン・ティ・フオン(当時28)。彼女たちはそれぞれ手に塗った液体を金正男氏の顔に塗りつけ、目などからVXが体内に入った金正男氏はほどなくして死亡した。


事件当日、空港の防犯カメラに映った金正男氏の映像(写真:フジテレビ取材班提供)

事件当日、世界中にこのニュースが駆け巡ったが、背後にいたのはやはり北朝鮮だった。

「ドッキリ動画の撮影」と偽り、彼女たちを巧みに操って暗殺を実行させた北の工作員の男4人は、事件後すぐに出国。一方、“実行犯”のフオンとアイシャは逮捕・起訴され殺人の罪に問われた。

「いたずらだと思っていた」「暗殺だなんて知らなかった」。無実を訴えた2人の映像が世界中に流されたが、北の工作員が関与している事件で誰もが「そんなはずはない」「きっと訓練された工作員の女性に違いない」などさまざまな臆測が流れた。有罪となれば死刑の可能性も取りざたされた2人だが、その後アイシャは釈放、フオンは起訴内容が殺人から傷害罪に代わり刑期を終えて2019年5月、出所し故郷のベトナムへと帰った。

メディアの前から姿を消した2人はその後、事件について語ることは一切なかった。

今回、今までメディアに対し沈黙を守り続けていたドアン・ティ・フオンにフジテレビは接触。数カ月に及ぶ交渉の末に世界で初めて最初で最後のインタビューに成功した。世界に衝撃を与え、数多くの謎を残した金正男暗殺事件。犯罪とは無縁だった普通の女性が暗殺の実行犯へと仕立て上げられていく……。

ハノイ市内でインタビューに応じたドアン・ティ・フオンは開口一番、われわれにこう語った。


ベトナム・ハノイ市内でフジテレビの取材に応じたフオン。『追跡ドキュメントバラエティー シンジジツ』はフジテレビ系で9月22日(日)よる9時から放送予定(写真:フジテレビ取材班提供)

「インタビューは最初で最後です。ベトナム・ハノイに戻ってきましたが、ハノイでの生活は大変です。何から何までやり直さなければいけません。住むところからいい仕事に就くこと。これは簡単なことではありません。それでも、幸せなこともあります。

ハノイで暮らせること、家族と会えること。そして教会に行って祈ることができます。何をして過ごしているか?ですか……とくにありません。でも、仕事をしたいです。毎週末、教会に行き、家族を養いたいです。夢はたくさんあります。働くことです。そして家族を養いたい。ずっと家族と暮らしたいです。普通の仕事。企業に勤めたいです」

多くの人から興味の目にさらされ、定職にも就けず、引っ越しを繰り返し疲れ切った表情の彼女はわれわれ取材班に笑顔を見せながら答える。

しかしそれでも時折、感情が高ぶるのかインタビューが中断することもままあった。

フオンはわれわれには想像もできないつらい日々を送っていたのだ。

暗殺実行の2カ月前、2016年12月初旬にフオンは友人の女性に連れられ、ベトナム・ハノイのバーで1人の男を紹介される。男はミスターYと名乗った。ミスターYは両親がベトナム人と韓国人で、韓国のメディア関連の会社に勤務していると話したという。このミスターYこそが、北朝鮮の工作員だった。もちろん、フオンはそれを知らない。以下は、フオンとのインタビューの内容の一部だ。

本人の告白

A:友人が紹介してくれたので彼(ミスターY)のことはよく知りません。私が到着したときに彼はすでにその店にいました。彼は、ショートムービーやイタズラ動画について話しました。私に女優になってほしいとも。電話番号を聞かれて写真を撮られました。

Q:次はどこで会った?

A:イタズラ動画をハノイの劇場の前で撮影すると連絡がありました。日曜日の午後でした。イタズラ動画を1つ撮影するということでした。彼はランダムにターゲットを選び、私は見ず知らずの人にキスをしようとするのですがうまくいきませんでした。私は謝って彼のところに行きました。でも怒られることはなくて、次は頑張ろうと励まされました。それでコーヒーを飲みに行き、彼は失敗した動画を見せてくれました。

Q:イタズラ動画の内容は?

A:どうやってやるか説明を受けました。どう動けばいいのか。彼が誰かを選び、私がその人にキスをします。そして謝るんです。

Q:劇場での撮影時、ほかに人はいましたか?


インタビューに応じたフオン。『追跡ドキュメントバラエティー シンジジツ』はフジテレビ系で9月22日(日)よる9時から放送予定(写真:フジテレビ取材班提供)

A:いました。撮影が終わると見た目が高齢で韓国人だという会社のディレクターと名乗る人物がいました。彼は英語を話せませんでした。

ミスターYと彼と私で一緒にコーヒーを飲みに行き、そしてカラオケに行って、お酒を飲んで、楽しい雰囲気でした。そうやってまた動画の練習をする。練習はいろんなところでしました。

Q:大事な動画だと言った?

A:この動画は大切だと。そしてYouTubeに載せると。

事件当日「手を出すとクリームを私の手のひらに…」

そしてフオンはミスターYらと一緒に「イタズラ動画を撮影する」ためにマレーシア・クアラルンプールへと向かう。ミスターYはそこで彼女に「共犯者」の説明をしたという。のちに一緒に逮捕されることとなるインドネシア国籍のシティ・アイシャだ。

Q:共犯者のアイシャについては?

A:ミスターYは私みたいな新しい俳優と女優が来ると説明しました。誰かはわかりませんでした。聞いても事前にわかるとイタズラ動画で不自然だ、と。彼は、より自然なサプライズを仕掛けたかったんです。

Q:手に塗った液体について説明はあった?

A:彼は私に「手を出して」と言いました。手を出すとクリームのようなものを直接私の手のひらに塗りました。

Q:金正男について知っていた?

A:知りません。ミスターYは「俳優が来る。彼もいたずらをされることはわかっているから大丈夫」だと言ったんです。

Q:犯行以降、ニュースは見た?

A:見ていません。

Q:どうやって死亡したことを知った?

A:捜査で知りました。

Q:どのように捜査が行われたんですか?

A:部屋で尋問を受けました、普通の質問です。逮捕されればみんな同じことをされるでしょう。部屋に連れていき尋問される。話せません。複雑なんです。答えられません。警官ですし。でもたくさん聞かれました。何を聞かれたかは覚えていません。何回マレーシアに来たか。いつから動画を撮影し始めたか。ミスターYについて。会社について。私の仕事など多くの質問です。


インタビュー中も感情が高ぶる場面もあったフオン。『追跡ドキュメントバラエティー シンジジツ』はフジテレビ系で9月22日(日)よる9時から放送予定(写真:フジテレビ取材班提供)

――2カ月前までは何気ない日常を送っていたはずの普通の女性が、世界中を震撼させる暗殺犯に……。

世界中のマスコミから追い回され仕事に就くこともできず、住む場所を転々とする毎日を送っている。彼女は常人では理解できないほどの不安と恐怖を抱えて生活していた……。

普通の女性を暗殺犯に仕立て上げる北朝鮮の恐るべき計画。それに翻弄されたフオンは最後にこう語った。

「みなさんに伝えたいことは、謝罪と感謝です。何回も何回も話したくありません。フジテレビに話すことで、最初で最後になります。もう長くなりましたし、覚えていることと忘れていること。どれだけつらい人生を送ってきたか。みなさんが理解してくれることを望みます」

(文中一部敬称略)