海賊版ネット画像入手が「個人の罪」になる日
安易に「静止画」をダウンロードすると著作権法違反になる怖れがあります(写真:Scanrail/PIXTA)
12月7日、文化審議会著作権分科会の法制・基本問題小委員会が、海賊版と知りながらインターネットで漫画や写真などの「静止画」をダウンロードすることを違法にすべく著作権法改正案を検討していることを発表した。
文化庁はパブリックコメントを経て、来年の通常国会への著作権法改正案の提出を目指しているようだが、具体的な内容としては、「違法にアップロードされた静止画をそれと知りながらダウンロードする行為」を違法行為として整理する案が濃厚のようだ。
現行法では違法ではない
現行の著作権法では、漫画や写真などのいわゆる「静止画」をダウンロードすることは違法とされていない。著作権法30条は、複製権侵害の例外として、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(私的使用)のための複製であれば認めている。
しかし、この私的使用のための複製であっても、違法ダウンロードであれば、例外の例外として、原則に戻って著作権の侵害となってしまうのだ。この場合の違法ダウンロードは以下のように定められている。
著作権を侵害する自動公衆送信(国外で行われる自動公衆送信であって、国内で行われたとしたならば著作権の侵害となるべきものを含む。)を受信して行うデジタル方式の録音又は録画を、その事実を知りながら行う場合(著作権法第30条1項3号)
この条文では「デジタル方式の録音又は録画」となっているところがポイントで、音楽か動画でない場合、つまり静止画であれば、ダウンロードしても違法ではないというのが現行の法律なのである。
このような規定になっているのは、インターネット上には無数の画像データが存在しており、権利処理をしたものとそうでないものの区別をつけることは非常に困難であり、その判断を一般のユーザーに課すことが酷であり、インターネットの利用について大きな萎縮効果をもたらすといったような事情が背景にある。
他方で、静止画であっても権利者に無断でインターネット上にアップロードすることは、公衆送信権の侵害に当たる。11月27日にも、『闇金ウシジマくん』の画像やセリフが、無断でアップロードされており、刊行元の小学館の求めによって東京地裁がYouTube社(アメリカ・カリフォルニア州)に対して、発信者情報の開示を命じる仮処分を決定している。この裁判では、漫画の画像のみならず、セリフなどの文字情報についても著作権侵害として認めたことで注目を浴びている。
2017年ごろから、漫画を違法にアップロードして無料で読めるようにしていた「フリーブックス」「はるか夢の址」「漫画村」などの海賊版サイトが社会的に大きな問題となっている。
海賊版サイトの対策を議論する有識者会議「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議」(知的財産戦略本部内に設置)では、対策としてサイトブロッキングを法制化するか否かを巡って意見がまとまらず、会議自体が無期限に延期されるという異例の事態となったことは記憶に新しい。
出版科学研究所の発表によると、単行本と雑誌をあわせた2017年の年間累計の漫画市場の推定売上額は、前年比2.8%減の4330億円と落ち込んでいる。漫画市場全体では、ピーク時である1995年では市場全体で5864億円の推定売り上げがあり、これと比較すると4分の3までに市場規模は縮小している。
単行本の売り上げについては、紙の落ち込みを電子版でカバーできているが、雑誌の売上減が著しく、全体として減少してしまっているかたちだ。その原因を海賊版による被害のみに帰することはできないだろうが、無料で漫画を読むことができてしまえば、有償で購入する人が減ることは明らかであり、コンテンツ業界としては大きな損害であることは間違いない。
任天堂の「画期的」なガイドライン
ここで漫画以外のコンテンツに目を向けてみよう。任天堂は11月29日に、「ネットワークサービスにおける任天堂の著作物の利用に関するガイドライン」を9カ国語で公表した。任天堂は、このガイドラインで、同社が著作権を有するゲームの動画や静止画について、個人かつ非営利の場合であれば共有サイトへの投稿を認めるという姿勢を明確に打ち出している。
ゲームは、RPGなどストーリー性のあるものであれば著作権法上は映画の著作物に該当するし、そうでなくてもゲーム内の静止画や動画はゲーム会社が著作権を保有している。したがって本来であれば、無断で同社のゲームの動画や静止画を共有することは、著作権の複製権、公衆送信権を侵害することになる。
もっとも、近年ではYouTubeなどで共有される「ゲーム実況動画」が注目を浴びており、ゲームを楽しんでいる動画が多くの人に閲覧されることによって、ゲームの存在やおもしろさが伝われば、コンテンツ業者にとってはとても効果的なプロモーションとなる。
形式的に著作権の侵害にあたるからといって、一律にすべて禁止するわけではなく、利用に関するガイドラインを示して、会社にとって望ましい利用を促進させることによって、コンテンツ提供者とユーザーの双方にとって有益な共存関係を構築することもできる。任天堂の試みは画期的であり、多くの支持を集めることだろう。
音楽における同様の事例として、アイドルグループAKB48の楽曲である『恋するフォーチュンクッキー』や、ディズニー映画『アナと雪の女王』の主題歌である『Let It Go』などの曲に合わせてユーザーがダンスを踊った動画をYouTubeに投稿して話題を呼んだというものがある。
この場合、GoogleはJASRACなどの著作権管理事業者と包括的な利用許諾契約を締結しているため、詞や曲の著作権については、利用者は権利処理を自ら行うことなく楽曲を利用することができるようになっている。ダンスの振り付けも著作権保護の対象となるのだが、こちらについては、明確な利用許諾はないものの、事実上の黙認がなされていたというかたちだ。
さらに2016年にはドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』が大ヒットし、視聴者などが主題歌である『恋』の楽曲に合わせた『逃げ恥ダンス』を踊って投稿することが話題となった。
こちらの事例では、権利者側が、ユーザーが一定の利用条件を遵守している限り、動画の削除手続きを行わないというかたちで、積極的に利用を認めていた。インターネットにおけるUGC(ユーザーが自発的に制作したコンテンツ)をうまく活用することで、プロモーションを成功させた好事例である。
変革を迫られるコンテンツビジネス
インターネットをはじめとするテクノロジーの進化によって、コンテンツを楽しむ環境は大きく変わってきていることは明らかだ。動画ではアマゾンプライムやネットフリックス、音楽ではアップルミュージックやスポティファイといったようなサブスクリプション型(定額利用サービス)のビジネスモデルが主流となりつつあるし、ゲームでもかつてのようなソフトウェア売り切りモデルよりも基本プレイ無料のオンラインゲームが隆盛である。
これらの変化を見ればわかるとおり、コンテンツの消費モデルが、かつてのような「所有する」というかたちから、「アクセスする」というかたちに変わってきている。これに伴い、例えば音楽業界では、かつてはレコード屋CDの売り上げがメインであったが、インターネットが普及するに従って、楽曲を広く知ってもらうことで、アーティストの知名度が高まり、その結果としてライブのチケットやグッズ販売につながるというようにビジネスモデルも変わってきている。
こういった状況においては、コンテンツプロバイダは否応なしにビジネスモデルの変革を求められるのであり、それは漫画であっても例外ではない。すでに漫画市場においても、LINEマンガ、少年ジャンプ+、comico、ピッコマといったアプリが展開され、無料で一部の漫画を読むことができるようになっており、さらには、コミックシーモアやコミックDAYSといったサブスクリションモデルも展開され始めている。
上述のような海賊版サイトが横行するような状況は決して許すべきではないが、法規制によってダウンロードを違法にさえすれば、これまでどおりのパッケージモデルによるビジネスが永続的に続くという考えは幻想であろう。
漫画市場がピークにあった20年前には、スマホはおろかインターネットすら普及していなかった。現在では、コンテンツの量も圧倒的に増えているし、消費者がこれを楽しむスタイルも多様化している。漫画産業は、そうした時代の流れに合わせた変革が必要である。
音楽ダウンロードを違法化しても、音楽業界の収益の回復にはつながらなかったことを考えれば、静止画ダウンロードを違法化してもそれだけで漫画産業の売り上げが回復するとも思えない。法による規制はあくまで補助的役割にすぎない。重要なのはあくまで創作に関わる者たちのイノベーションであり、それこそが産業を支える推進力なのである。
柔軟な規制が求められる
著作権法という法律は、適法か違法かということで明確な線を引いてしまうと、なかなか運用が難しい法律であり、白でも黒でもないその間にグレーの領域が広がっている。
著作権法は第1条で法の目的として「著作者等の権利の保護」と並べて「文化の発展」を掲げている。このグレーの領域を一律に処断してしまうと、文化の発展を阻害しかねない。法の運用には一定の「遊び」が必要なのである。
海賊版サイトの対策として静止画ダウンロード違法化は一つの方法ではあろう。しかしこれが仮に法制化された場合に、厳格に適用してしまえば、これまで通り自由に好きなキャラクターの画像をインターネットで閲覧したり、スクラップがわりに保存したりといったような行動が取れなくなる。
インターネット上には膨大な数の画像があげられており、どれが適法でどれが違法にアップロードされたものかを判別するのは極めて困難だからだ。また、現代の創作行為にはこのようなインターネットを通じた情報収集・整理は不可欠であり、それが阻害されて人々が漫画コンテンツにふれる機会が減少すれば、新たな創作の障害となり、産業全体の減衰につながるおそれがある。
具体的な条文がどのような文言になるかはまだわからないが、仮に静止画ダウンロードを違法化するとしても、画像を保存したら一律に違法とするのではなく、単行本1巻分、連載1回分などある程度の分量の漫画をダウンロードしているような悪質なケースに限って可罰的違法性を認めるといった柔軟な規制を行うことが必要であろう。間違っても、刑罰範囲の拡大によって広く認められた裁量が濫用されるようなことがあってはならない。
独自性と高いクオリティを有する日本のコンテンツは極めて重要な成長産業の柱であり、角を矯めて牛を殺すような愚を犯さぬよう祈るばかりである。