iPhone「台数は非開示」が示す時代の大転換
「販売台数が減ってでも高付加価値へシフトする」というのがアップルの本音のようだ(筆者撮影)
控えめに言っても、「絶好調」といえるだろう。アップルが11月1日に発表した2018年第4四半期決算(7〜9月)は売り上げ692億ドルで前年同期比20%増、純利益は100億ドルで前年同期比27%増だった。決算発表の電話会議に参加したティム・クックCEOは「9月期として過去最高の決算だった」と報告した。
ところが、アップルの株価は時間外取引で下落。翌日11月2日の終値は7%以上下落、8月に突破した時価総額1兆ドルをかろうじて維持するレベルにまで落ち込んだ。好決算直後の大幅な株価下落、いったい何が起きたのだろうか。
好調が続くiPhoneとサービス
その前に2018年第4四半期決算について、もう少し細かく見ていこう。
主力となるiPhoneの販売台数は4688万9000台で、前年同期比から比べると横ばいだった。しかし売上高は、371億8500万台で、前年同期比から29%増加した。
ちょうど1年前の第4四半期決算は、iPhone 8・iPhone 8 Plusが発売されていたものの、999ドルからというこれまでにない価格が設定されたiPhone Xはまだ発売されていなかった。そのため、平均販売価格は617.99ドルだった。
しかし2018年第4四半期は、既に発売済みのiPhone X、iPhone 8、iPhone 8 Plusが好調であったこと、そして9月21日に発売された999ドルから販売されるiPhone XS、1099ドルと更に高い価格が設定されたiPhone XS Maxが含まれていたことから、平均販売価格は793.04ドルにまで上昇した。
特に日本、オーストラリア、ニュージーランド、ノルウェー、チリ、ベトナムで、20%かそれ以上の販売台数増を記録した。
またサービス部門は99億8000万ドルを売り上げ、前年同期比17%増、前期比でも5%の成長だった。この部門には、Apple Music、iCloud、App Storeの売上、AppleCare+保証サービスが含まれる。
Apple Watchなどのウェアラブル製品の部門は前年同期比50%増加しており、また米国のケーブルテレビ会社との提携を進めているApple TVや、新しいホームオーディオHomePodも好調だという。
株価下落の最大の理由は、先行き見通しが弱気だから
それでもアップル株が売られた原因は、販売台数が振るわなかったMacやiPadが原因ではない。投資家が弱気になった理由は、先行き鈍化の見通しと、決算発表の指標変更だ。
アップルは2019年第1四半期(2018年10〜12月)の売上高を、アナリスト予測の930億を上限とした890〜930億ドルとした。つまり、前年同期の883億ドルから増収となるものの、小幅に過ぎないことを示唆した。
アップルは10月26日、2018年モデルのiPhoneの販売の中心と目される廉価版のiPhone XRを発売、続く10月30日にはiPad Pro、MacBook Air、Mac miniの各製品を刷新するイベントを、米国ニューヨークで開催したばかり。これらの新製品はより顧客を惹きつけ、停滞気味だったiPadとMacの売り上げ向上にも寄与することが期待されていた。しかしアップル自身による弱気のガイダンスに対して、市場が失望したと考えられる。
もう1つは、次の決算発表から、発表する数字を変更することがアナウンスされた点だ。iPhone、iPad、Macについては、これまで売上高とともに販売台数を公表してきたが、次の四半期から販売台数の公表をしないと発表したのだ。
とくに重要なのはiPhoneの販売台数公表をやめる点だ。これまでアップルのビジネスの大きな指標となってきたiPhoneの販売台数を公表しないことは、「もうこれ以上、iPhoneの販売台数が増えることはなくなる」というメッセージを伝えることになった。
決算発表の電話会議で、アップルのCFO、Luca Maestri氏は、販売台数を公表しない理由について、次のように述べている。
「これまで繰り返し述べてきたとおり、人々の生活を豊かにし、比類ない顧客体験を提供する優れた製品とサービスを作ることが、アップルの目標であり、その結果アップルの顧客は高い満足度を示し、ロイヤリティが高く、つながりが強くなっています。これらの目標を達成した結果、非常に好調な決算が就いてきています。
近年の好決算によって示されるように、90日間の販売台数は、我々のビジネスの善し悪しを反映するには必要がありません。さらに、販売台数は、以前に比べ、今日の幅広い価格帯を要する製品ラインアップがあるポートフォリオにとって、正確な指標ではありません」
例えばiPhoneのラインアップは、449ドルのiPhone 7 32GBモデルから、1499ドルのiPhone XS Max 512GBモデルまで取り揃えてある。売上高は最大1000ドルの開きがある。しかしどちらが売れても1台の販売台数だ。
10月30日に刷新したiPad Proは、12.9インチの1TBモデルで1749ドルにもなる。これに対して今年3月に発表された廉価版の第6世代iPadは349ドルから。ここでも、同じ1台に1300ドルの開きがある。
だからこそ、本稿でも売上高を販売台数で割り算して算出する平均販売価格を用いて、iPhoneやiPadについて、どのモデルが販売の中心になっているのか、という傾向をつかもうとしてきたわけだが、それをアップルは歓迎していないようだ。
販売台数の公表をやめることで、iPhoneの販売傾向は、よりつかみにくくなる。アップルはその代わり販売コストを発表することとなった。そのため、実際の販売価格ではなく、利益率を各カテゴリごとに算出することができるようになり、これは販売傾向の把握につながる可能性がある。
「その他の製品」を3分野へ
これまで、Apple WatchもApple TVも、「その他の製品」というカテゴリに分類されており、決算発表で個別にその成長の度合いなどが明らかにされてきた。
しかし次の四半期決算からは、このカテゴリについてもメスが入る。ウェアラブル、ホーム、アクセサリの3つの分野に分けることで、それぞれの製品ラインの現状がより正確に分かるようになる。
現在ウェアラブルデバイスには、Apple Watch、AirPods、そしてBeatsのヘッドフォン製品が含まれている。またホームのカテゴリには、Apple TVとHomePodが含まれることになる。
Apple Watch登場以降、ウェアラブルのカテゴリは成長が著しいが、他の製品と束ねられていたため、その成長が見えにくかった。またApple TVとHomePodの売り上げが伸びてきたこと、更なる製品を投入する可能性があることから、ホームカテゴリにも注目だ。
アップルが販売台数を公表しなくなった理由は、ビジネスモデルの転換に入ったと考えて良いだろう。すなわち、これまでの40年間、アップルは製品の売り上げが中心の企業だった。
しかも、iMac、iPod、iPhone、iPadの成功によって、差別化要因がない価格競争から抜け出し、アップルをアメリカ初の1兆ドルの時価総額を誇る企業へと押し上げてきた。
現在、iPhoneは年間2億1000万台程度の販売台数を維持しているが、おそらくこれ以上の成長の見込みは薄いと見ていいだろう。ハイエンドモデルが半数以上の状態で、これだけのスマートフォンを作り続けることの限界は、市場の飽和だけでなく、自身の問題もまた露呈する。
これまでは台数追求に伴う矛盾があった
例えば資源の確保だ。アップルは10月30日に発表したMacBook AirやiPad Proに、100%リサイクルのアルミニウムを使っていることを明かした。つまり、鉱山から掘り出さずに、アルミニウムを確保する、ということだ。そうした取り組みを急ぐ様子を見ると、地球環境への責任を持つこととともに、今の資源活用を続けていくビジネスが成り立たなくなるとの見立てもまた、見えてくる。
アップルはiOS 12で、5年前のiPhone 5sもアップデートの対象に加えている。また製品発表の際に「長持ち」という要素を強調するようになった。
製品の買い換え頻度が下がることによって、先述のような資源を消費した新製品への買い換えを減らすことができる。そうした価値感と、ビジネスの指標に販売台数を掲げている点は矛盾していた点は、アップルが環境への取り組みを強化する中で顕著になってきた。
販売台数の追求をやめたことで、この矛盾は解消されることになる。
今回、販売台数を公表しなくなったことはiPhoneの高付加価値化、価格の大幅な上昇は、その足場固めだった、と見てよいだろう。おそらく今後もこの傾向が続くのではないだろうか。販売台数が減ってでも高付加価値へシフトする、というのがアップルの本音だろう。
iPhone XRは廉価版と言われながら749ドルと、iPhone 8とiPhone 8 Plusの間の価格にあり、ちょうど1台あたりの販売価格のターゲットとなる価格帯に属する。4.7インチの通常モデルと5.5インチのPlusモデルを揃えていた時代からすれば、平均販売価格は上振れする戦略を用意してきた。
しかしそれでも、売上高全体の6〜7割を占めるiPhoneビジネスは、引き続き売上高での評価が続けられることになり、売上高の停滞はアップルのビジネスの不調を反映することになる。
サービス部門へシフト
そこで、急いでいるのが、サービス部門へのビジネスの軸足の転換だ。アップルは2016年のサービス部門の売上高を2020年までに倍増させる目標を掲げている。2016年当時は年間243億4800万ドルだったことから、これを2020年に486億9600万ドルにするという目標だ。
すなわち、四半期あたり122億ドル程度を売り上げることが目標となっており、この規模は2018年のFortune 500企業では60位近辺、ゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーと入った証券会社や、シスコシステムズよりも大きな規模だ。
2018年通年でのサービス部門の売上高は341億9800万ドルであることから、順調にその道のりを歩んでいることが分かる。ちなみにこの規模は、Fortune 500企業の90位前後であり、コカ・コーラやアメリカン・エクスプレスのすぐ背後に位置し、ナイキより大きい。
アップルは昨今、サービス部門成長の根拠となる数字をいくつか披露している。まずiPhone・iPadを含むiOSデバイスを20億台出荷したこと明らかにしている。またApple MusicやiCloudを含むサブスクリプションモデルを利用するユーザーは3億3000万人に達した。
この数字を増やし、またアップルのサブスクリプションサービスを通じて利用する金額を増やすことによって、デバイス販売からサービス企業へと、ゆっくりと、しかし着実に移行しようとしているのだ。
現在Apple Payなどのサービスも提供しているが、テレビなどのエンターテインメント、医療や健康などのサービスを取り込んでいく必要があるだろう。