話題の新型軽商用バンの乗り味とは?(撮影:今井 康一)

新聞や一般紙を含めたマスコミの格好のネタである“クルマ離れ”。公共交通機関が発達している都心部では理解できるが、地方の移動の中心は「クルマ」であることは今も変わらない。その中でも軽自動車の割合は高く、国内新車販売に占める軽自動車の割合は年々増加傾向で、現在は40%近くに達している。


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そんな軽自動車のカテゴリーの1つ「軽商用バン」は一般ユーザーにはなじみが少ないが、軽自動車をラインナップするメーカーにとっては確実にシェアを押さえておきたいカテゴリーである。小回りの利くコンパクトサイズに抜群の積載性、ランニングコストや維持費の安さなどから、ビジネスを支えるパートナーとして欠かすことのできない存在だからだ。ちなみに2017年の軽商用バンの販売台数は約20万1000台。実はこれ、軽自動車全販売台数(約184万台)の約1割を占めるのだ。

そんな軽商用バン市場に今年、彗星のごとくデビューしたのが、ホンダの新型軽バン「N-VAN」だ。7月13日の発売から約1カ月の8月20日までに、累計受注台数が販売計画(3000台/月)の4倍を超える1万4000台を超えた。

「次世代軽バンの新基準を創る」をコンセプトに乗用車(N-BOX)の基本コンポーネントを用いて開発されたN-VANは、さまざまな部分に軽商用1BOXの概念を超えた新発想が盛り込まれており、それらが市場で高い評価を受けた……というわけだ。

スズキ、ダイハツ工業の2強が圧倒的なシェアを握る市場

グレード別比率を見ると、完全な商用である「G」「L」が41%、楽しさをプラスした「+STYLE FUN」が44%、カッコよさをプラスした「+STYLE COOL」が15%である。

ちなみに軽バンの市場はスズキ/ダイハツ工業の2強が圧倒的なシェア握っている。2017年の年間販売台数はスズキ「エブリィ」が7万4828台、ダイハツ「ハイゼットカーゴ」が6万8399台に対し、ホンダは「アクティバン」と「バモスホビオPro」を足しても8769台とボロ負けだった。

これまでアクティバン/バモスホビオProはミドシップレイアウトで他車とは共用しない専用シャシーが用いられていたが、売れないモデルに大きな投資ができないは当然のこと。そこで白羽の矢が立ったのがN-BOXの基本コンポーネントを流用することだった。

N-BOXは初代の大成功により、2代目となる現行モデルはさらなる飛躍のためにパワートレイン/プラットフォームを1世代で一新。その実力は今や乗用車のフィットをも驚かす存在になっているが、そんな「王様の鎧」を借り、「アクティという教科書」を用いて開発されたのがN-VANなのである。

軽バンはいかに荷室容量が取れるかがポイント

軽バンは限られた軽自動車規格の中でいかに荷室容量が取れるかがポイントである。N-VANはライバルのキャブオーバータイプと比べると荷室長は若干劣るが、ホンダ独自のセンタータンクレイアウトによる低床化と「軽バンは1人乗車が多い」ことから生まれた助手席/後席のフラットな収納により、アクティと同等の積載容量を確保。助手席側はセンターピラーレスで、長尺物の積み降ろしなど使い勝手アップや移動店舗などにも使える用途の可能性を広げている。

ちなみにホンダは2輪車/4輪車をラインナップする、世界でも数少ないメーカーの1つだが、なぜか2輪車を積める4輪車がなかった。N-VANはホンダの大多数のバイクを搭載できる。

プラットフォームはN-BOXをベースに軽バンとしての積載量(最大350kg)の確保と助手席ピラーレスを成立させるために、リアフロアとサイドシルを専用設計。高強度ハイテン材の使用やシーム溶接/高粘度接着剤の使用などにより高剛性化を実施。サスペンションは専用トーションビーム+高性能ダンパー+プログレスプリングを採用することで、ドライバーはもちろん、荷物にもやさしい走りと乗り心地を実現した。

タイヤは軽バン定番サイズとなる145/80R12のみの設定。ちなみにワークスチューナー「無限」もN-VAN用に12インチのアルミホイールを新規設定したそうだ。

パワートレインはNA/ターボ共にN-BOX用の「S07B」をベースにラジエターをサイズアップしたほか、ホンダ独自の「可変バルブ機構」であるVTECを付けないなど商用車向けに改良した。実はホンダ初の四輪車である軽トラック「T360」以来の商用車+DOHCの組み合わせでもある。

トランスミッションはCVTに加えてNAモデルには軽バン初採用の6速MTを設定。これはスポーツカーの「S660」用をベースに改良したユニットだが、実は現在のホンダの軽自動車MTは6速しか設定がないので苦肉の策でもある。

ちなみにT360のエンジンがスポーツカーのS360と共用していたようにN-VANはトランスミッションをS660と共用。さらにDOHC搭載と知ると何か運命的なものを感じるのは私だけだろうか?

安全性も「商用車だから……」というエクスキューズはなく、N-BOX譲りの衝突安全ボディに加えて商用車初採用となる「ホンダセンシング」を全車に標準装備している(一部はレス仕様も選べる)。

このように軽商用バンを造るうえでのさまざまな“制約”が結果的にN-VAN独自の“個性”を引き立たせているのも事実だろう。そういう意味では、1990年代にミニバンを造りたいがベースとなる商用車がないのでアコードの基本コンポーネントを使用。さらに生産工場の設備の制約で全高をあまり高く設定できなかった初代オデッセイが、結果として新しい市場を切り開いたのによく似ている。

実際にN-VANに乗ってみてわかったこと

そんなN-VANの乗り味はどうか。筆者はホンダが7月下旬に千葉県木更津市で開いた試乗会に参加した。

まず、NAエンジン+CVTに100kg荷物を搭載したモデルに試乗。ステアリング角度やシフトの位置、比較的大きめでしっかりと造られた運転席シートによりドライビングポジションは軽バン特有の姿勢ではなく乗用車と同じように自然に取れるのがうれしい。

一般道を普通に走るかぎりはパワー不足を感じることはなく、登り坂はアクセル開度が大きめになるが、巧みなCVT制御も相まってアクティ時代のようにトロいと感じるほどではない。一般道だと3000〜4000rpmを常用するが、静粛性の高さも相まってそれほど騒がしくは感じない。

6速MT仕様は1速が積載時の発進用、2〜5速が常用、6速は巡航用のギア比となっているが、2〜5速を上手に使って走ると、見た目に似合わずキビキビと走れる。本来の使い方とは異なるが、どこかビートを思い出すような“使い切り感”が楽しい。

一方、ターボ+CVTは動力性能に余裕があり登り坂や高速巡航でもアクセル開度が少ないうえに、アダプティブクルーズコントロールを使用しても前車に追いつかない……といったこともない。また、一般道では2000〜2500rpmとNAより低い回転を常用するため、静粛性は軽バンのレベルを遥かに超えN-BOXに匹敵するレベルと言ってもいいだろう。ただ、バン用ラジアルを履いているためロードノイズはやや大きめである。

フットワークは軽バンというよりも「ちょっと硬めなN-BOX」だ。ステアフィールは軽めだが落ち着きがあり、軽バンの中では抜群の直進安定性を備える。フットワークは軽バンらしく操舵初期の反応は穏やかだが、見た目よりも低重心なのとロールに応じてストロークを抑えるセットアップなので、コーナリング時の不安も少ない。

そういう意味では、ハンドリングはN-BOXと同等と考えていいだろう。乗り心地は最大積載量を考慮したバネレートと縦バネの強めなタイヤにより硬めだが、軽バンによくあるリアがポンポン跳ねる粗い硬さではなく「しなやかな硬さ」だ。

このように想像以上の走りのよさは、積載量のために補強されたリアフロア周りと強化されたトーションビームによるリアサスのスムーズな動き、そして専用タイヤに頼らないサスペンションチューニングが功を奏しているはずだ。

ちなみに乗用車に近い乗り味でたくさん荷物も積め、長距離も難なくこなせる軽バン……という意味で言えば、筆者は赤帽こと全国赤帽軽自動車運送協同組合連合会の専用車にピッタリだと思っている。

乗用ユースにも使えるのか?

その一方で乗用車に近い走りと聞くと、「乗用ユースにも使えるのでは?」と考える人もいるだろう。確かに+STYLE FUN/+STYLE COOLは見た目もオシャレ、ボディカラーも豊富に選択可能なので余計にそう感じるかもしれないが、筆者の考えは「半分YES」で「半分NO」である。

シッカリとした運転席に対して助手席はフラットな荷室を実現させるために、スライド機能なしのうえにシート自体もクッションは薄く、座面もフラット。後席も同様なうえにシートバックもかなり立ちぎみでヘッドレストの設定もない。基本は1人乗りで雨が降った際に「ちょっと駅まで」というような使い方ならまだしも、家族のクルマとして普通に使うのであれば、安全性はもちろん快適性も含めてN-BOXをお勧めしたい。

そう、N-VANは乗用車感覚で乗れるので錯覚してしまいがちだが、あくまでも「働く人の毎日をもっと便利に楽しくする」という考えの商用車が基本であることを忘れてはいけない。それらをシッカリと理解したうえで使えば、これまでのクルマでは味わえなかった“新しい世界”が待っているはず。

となると、今後は「バモス/バモスホビオ後継のような乗用モデルが欲しい」と言う声も出てくると思うが、N-VANは商用車に割り切ったからこそあのパッケージングが可能になったわけで、それを薄めるような行為は個人的には反対である。