ホンダ「ジェイド」大改良に隠れた苦渋の決断
ホンダ「ジェイド」がコンセプトを大きく変えて再出発した(写真:Honda Media Website)
6〜7月は国内外で自動車メーカーのフルモデルチェンジ/マイナーチェンジが重なり、われわれ自動車メディアも連日のように試乗イベントに出向いている。トヨタ自動車「クラウン」「カローラ(スポーツ)」、スズキ「ジムニー」といった日本のビッグネームたちのフルモデルチェンジに注目が集まっている中、ひっそりと大幅改良したのがホンダ「ジェイド(JADE)」だ。
それも単なる改良ではなくコンセプトを変えた再出発である。
「都市型ミニバン」から「ステーションワゴン」へ
2015年に「都市型ミニバン」として登場したジェイド。全高1530mmで6人乗りのパッケージング、多人数乗りとは思えない走りの良さは筆者も高く評価していたが、「ミニバン=ユーティリティ優先」という概念の強い日本市場ではそのコンセプトはまったく理解されなかった。1〜3列目までがすべて2人ずつで最大6人乗りというシートレイアウトの仕様が受け入れられなかったのだ。
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詳しくは2016年5月5日に配信した「ホンダ『ジェイド』がさっぱり売れない理由」で解説したが、現行「ステップワゴン」と発売時期が被っていたことによるPR不足やパワートレイン戦略の失敗なども相まって、ジェイドの販売台数は3ケタどころか2ケタの常連となっていた。
このまま放置で生産終了……という手もあったと思うが、ホンダはジェイドに大きくメスを入れた。最大の変更は主力モデルをスポーティな「RS」とし、RS(と廉価版のG)はサードシートを廃しセカンドシートを普通の3人掛けベンチシートにした2列5人乗り仕様に変更。つまり、「都市型ミニバン」から「ステーションワゴン」へと刷新したのである。
開発責任者の赤坂浩祐氏は今回、筆者の取材にこう答えた。
「市場からの厳しい意見はもちろん、われわれの反省もあるのも事実です。ただ、われわれはクルマ自体のポテンシャルはあると信じています。改良にあたっては、山本さんの記事(ホンダ「ジェイド」がさっぱり売れない理由)も真摯に受け止めていますが、マイナーチェンジではやれることに限界があります。そこでジェイドの強みである『背の高いクルマにはない魅力』をよりわかりやすく伝えるためにステーションワゴンとして再出発する道を選びました」
実は新型でも2-2-2の3列仕様(X)もラインナップされているが、今回はRSに特化して紹介していきたいと思う。
エクステリアはワイド&ローを際立たせるためにフロント回りを中心に変更、ハニカムメッシュグリルやLEDライト、18インチアルミホイールなどによりスポーティさを強調した。また、訴求色となるRS専用色・プレミアムクリスタルオレンジ・メタリックは新色だが、販売台数が少ないモデルでマイナーチェンジの新色追加はホンダとしては異例だそうだ。さらにスポーティさをより際立たせるブラックルーフも設定される。
印象的なプレミアムクリスタルオレンジ・メタリック(写真:Honda Media Website)
RS=オレンジの組み合わせはコンパクトカー「フィット」や軽自動車「N-ONE」でも採用済みのため、ややベタな感じがするものの、プロポーションはスポーティなのになぜか上質感さやプレミアム感を強調していた従来モデルよりクルマのキャラクターは明確になったといえるだろう。特に従来モデルがまったく認知されていない一般ユーザーにはニューモデルに見えるかもしれないと思うほどだ。
インテリア(写真:Honda Media Website)
インテリアはエクステリアと比べると小変更にとどまるものの、ブラック&オレンジカラーステッチやカーボン調パネル、RS専用のフロントシートなどの採用により、エクステリア同様にスポーティさをより引き上げている。
モデル途中でのコンセプトチェンジの苦しさ
注目の2列目だが開発陣は「ジェイドの特等席」と語っており、フラッグシップのレジェンドを超える足元スペースの広さに加え、レジェンドより厚みのあるシートクッションの使用や大型アームレスト、反転テーブル/カップホルダー/収納ポケットなどの採用により、使えそうで使えなかった3列シート仕様の2列目キャプテンシートよりもゆったりくつろげる空間に仕上がっている。
5人乗りは2列目シートが3人掛け(写真:Honda Media Website)
ただ、残念なのはリクライニング機構が付いていないことと、2列目を収納した際にラゲッジに段差ができてしまうことだ。開発陣は「とにかくリアシートは座り心地を優先させた」と語るが、特等席と言うならば乗員の好みに合わせた調整ができるようにしてほしいし、ステーションワゴンと呼ぶからには利便性/機能性も気になるところである。この辺りはモデル途中でのコンセプトチェンジの苦しさでもある。
パワートレインは従来モデルではRSには1.5L直噴VTECターボ+CVTのみの設定だったが、新型は1.5L-NA+1モーター内装7速DCTのスポーツハイブリッドi-DCDも選択可能になった。どちらのユニットもハードの大きな変更はないが、ガソリンはCVT制御変更による伸びのある加速、ハイブリッドはギアレシオ変更と制御系のリファインによるレスポンスのいい走りを実現している。
実際に走らせると絶対的な動力性能は1.5L直噴VTECターボだよね……と思いながらも、スポーツハイブリッドi-DCDはダイレクト感や小気味よさがより際立つように進化している。
背の低いスタイルが特徴(編集部撮影)
ただ、どちらのパワートレインも決定打に欠けるのも事実だが、個人的には新型RSのキャラクターを考えると今回はスポーツハイブリッドi-DCDほうがお勧めだ。余談だが、仮に1.5L直噴VTECターボに中国向けアキュラCDXと同じ8速DCTと組み合わせが存在したら? 評価はガラッと変わるだろうと感じた。
フットワークは?
フットワークは225/45R18サイズのタイヤ(ダンロップSPスポーツMAXX)に合わせてサスペンションと電動パワステはRS専用にセットアップ。もちろん、走りの良さだけでなく快適性にもこだわっており、RSにも凹凸乗り越え時に響く音(気柱共鳴音)を消す効果のあるノイズリデューシングホイールが採用されている。
その走りは初期応答性重視から自然になったステアフィール、よりしなやかさなのに無駄な動きを抑えたサスペンションと18インチタイヤの組み合わせ、そして3列シートを廃したことによる約60kgの軽量化も相まって、従来モデル(17インチ仕様)よりもハンドリングの一体感はもちろん、正確性/安心感もレベルアップしている。
走りの質感の高さは車格の近いホンダのミニバン「ストリーム」(現在は絶版)の比ではない(編集部撮影)
最近は全高が高くても「背の高さを感じさせない走り」のモデルも多いが、それらはロールスピードを上手にコントロールできているからそう感じるだけで、実際のロール量は多い。対して、ジェイドは低全高/低重心という素性の良さから、サスペンションを無理に引き締めなくても、走りと快適性のバランスが整えやすい。つまり、どんなに技術が発達しても“物理の法則”を覆すことはできない……というわけだ。
今回の試乗コースは東京・青山のホンダ本社から御殿場まで一般道〜高速道路〜ワインディングを通るルートが設定されていたが、高速道路では直進性や静粛性の高さ、ワインディングではスポーティハッチを彷彿とさせる走りが印象的だった。
ただ、いくらスポーティと言っても、いくら走りがいいと言っても「RS=ロードセーリング」というキャラクターなので、目を三角にして走らせるホットなキャラクターとは違い、7〜8割のペースで流して走らせると気持ちいいクールなキャラクターである。
新たな顧客を切り開く最善策
このように筆者はハードの進化に関してはおおむね納得できるのだが、やはりもともとミニバンだったジェイドが、ステーションワゴンへとコンセプトを変えた点は引っかかる。そもそもジェイドはあのボディサイズで3列シートを実現させつつ、走りは下手な乗用車顔負けのスポーティなハンドリングを実現していたことに意味があったと思っているからだ。ステーションワゴンだったらほかにも選択肢がある。
5人乗りのステーションワゴンだが、ミニバンルックなスタイルだ(編集部撮影)
ちなみに筆者が開発責任者なら全モデル2-3-2のレイアウトを採用。「3列目は普段は収納、いざというときに使う」と割り切るとともに、車両のコンセプトはハッチバックでもミニバンでもない、第3のモデルとして「次世代エアロデッキ」と名付ける。新ジャンルという意味では、かつての「アコード・エアロデッキ」や「アヴァンシア」の末裔とも言えるキャラクターにすることで、おじさんホイホイの効果も盛り込めるだろう。
そんな提案を赤坂氏にしてみたら、「山本さんの気持ちもよくわかるし、私もそうすべきだと思っています。ただ、それはジェイド開発時だったら……の話です。すでに今のコンセプトで登場してしまっている以上は、負のイメージ(=3列目が狭い)を抱えたまま進化させるよりも、コンセプト自体を大きく変えることが、新たな顧客を切り開く最善策だと思っています」という答えが返ってきた。
改良後のジェイドの販売計画台数は月間500台とかなり控えめな数字だが、正式発売後の受注は好調だと聞いている。このままその勢いが続くのであれば、筆者の意見はあくまでごく少数派にすぎなかったと自省するだろう。