2017年E-1選手権の川又堅碁(撮影:佐野美樹/PICSPORT)

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19日、湘南vs磐田の試合が終わり、人の波が消えたスタジアムで、川又堅碁は前日発表された日本代表のメンバーに入れなかったことについて語った。

西野朗監督が発表したリストは27人。FIFAに登録されたメンバーは35人いるが、監督は基本的にリストの27人からワールドカップのメンバー23人を選ぶと語ってる。

もし川又がワールドカップのメンバー入りできるとすれば、まず35人のリストに入っていて、かつ27人の選手の中では対応できない事態になったときだ。川又は「35人に入ってるかどうかも発表されてないからわかんないんですよ。もうちょっとわかりやすいのにしてほしい」と不満を述べつつ、自分のワールドカップ行きの確率は低いことを十分分かっている。

だからこそ、川又は次の2022年ワールドカップについて語った。

「次のワールドカップのときは32歳ですけど……。今ね、小林祐希がジュビロに帰ってきてていろんな話を聞いてるんですよ。ロビン・ファンペルシーはあの歳になってもすごいとか。そういうのを聞くとたまらないですよ。燃えますよ。いろんなこと聞いて、もっと、日本人のFWじゃなくて、日本人離れしたFWになりたいって」

「たとえばJリーグだったら、ウェリントン(神戸)だったり、パトリック(広島)であったり、あそこまでの選手になったら余裕で代表に入れるんですよ。あんな選手は日本にまずいないから。ああいうのを……目指したいですね」

川又は自分の進歩に自信を持っている。なぜなら達成したことがあるからだ。

2015年、中国・広州で開催された「東アジアカップ」で川又は代表に選ばれた。だが本人が「何から何までダメ」と大会最終日に振り返るほどプレーは精彩を欠いた。その後、川又は日本代表から姿を消すことになる。

ところが2017年、日本で開催された「E-1選手権」に川又は追加招集される。川又は3試合とも途中出場すると、ゴールこそなかったものの、停滞感があった日本の攻撃を活性化した。

「一度代表を外れたけど、また呼んでもらったのは、ホントは実際、うれしかったですね。見てくれてるって」

「(出場の)チャンスが巡ってきた中で、数字は付いてこなかったけれど、東アジアカップよりははるかにパフォーマンスよかったと思います。E-1選手権は自分にとってプラスになりましたし、周りの見る目もプラスになったと思いますから」

そんな手応えがあったから、川又はガーナ戦のメンバーに入るという淡い期待を持っていたのかもしれない。冗談めかしながら「ワンチャン(ちょっとしたチャンス)、あるかもと思ってました」と言う。だがすぐ真剣な表情になって、今、何を考えているのかを語った。

「次のワールドカップまで4年あるんですけど。最後だと思って懸けたいんで。その間にしっかり、4年後に日本人離れしたFWになるという目標を見つめて、チームにとって絶対的な、『あいつがいたら絶対点を取ってくれる』という存在になって、今以上の信頼をこのチームで得る、というのを目標にしたいですね」

川又は最後に「もう全然気持ちの切り替えは出来てますから」と力強く言うと、その場を後にした。【日本蹴球合同会社/森雅史】