【甲府】ラモス瑠偉に次ぐ、日本人2位の年長記録。35歳6か月でJ1初ゴールを挙げた津田琢磨の「真似できない」キャリアとは?
湘南戦の開始5分。ショートコーナーから逆サイドに来たボールを泥臭く押し込んだ先制点は、甲府のプロ14年目、35歳6か月となるDF津田琢磨にとってのJ1初ゴールだった。
実は、この35歳6か月でのJ1初ゴール達成は、あのラモス瑠偉(岐阜監督)の36歳5か月に次ぐ、日本人2位となる年長記録。
埼玉・花咲徳栄高から進学した、当時の帝京大のサッカー部は「監督不在で、練習後にクーラーボックスを開けると、缶ビールが冷やしてあった」ような状態。サッカーを辞めようと思ったこともあった。
だが、大学2年の時、のちに帝京高や鹿島学園のサッカー部監督を務める広瀬龍氏が、帝京大サッカー部の監督に就任。さらなる高みを目指す転機になった。
就職活動真っ只中の4年生の時には「大手スポーツメーカーの最終面接と同じ日にぶつかった」J2甲府の入団テストを迷わず受験。這い上がるようにプロ入りに漕ぎつけてみせる。
ただ、入団2年目の04年シーズンこそCB、SBのポジションを掴んでいたのだが、翌シーズン途中に右足首を骨折。慢性的な腰痛もあって、出場機会は激減していく。07シーズン終了後、甲府の契約は更新されず。合同セレクションを経て愛媛に移籍した。その年7月には、DF陣に怪我人が相次いでいた甲府に復帰するのだが、プロ入りしてからも順風満帆に過ごせたシーズンは、ほとんどなかった。
それでも「誰にでもできることを、誰にも真似のできないくらいにやる」と心に決めて、常に最善の準備を怠らない。全体練習の前後には入念なストレッチ、みずから創意工夫した体幹トレーニングを1日も欠かさず続け、予定されていた先発メンバーが急なアクシデントで欠場を余儀なくされた時、その穴をサラリと埋めてみせたことは一度や二度ではない。

