川口 雅裕 / 組織人事コンサルタント

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今シーズン、日本経団連が就職活動の開始時期を遅らせたが、うまくいかなかった。就職活動の期間を短くし、学業に専念できる期間を長くしようとしたものの、日本経団連非加盟企業が従来のスケジュールで採用活動を行ったのでそれに合わせて活動した学生も多く、また期間短縮によって内定が決まらない学生、十分な人数を採れない企業が増えて、結局、就職活動の期間は短くならなかった。かえって、学生側・企業側に焦りや混乱を生じさせただけとも言える。これでまた、就職活動のスケジュールの変更が議論されるだろうが、何十年も前の就職協定の時代から振り返ってみれば明らかなように、時期をどうにかすれば解決する問題ではない。

企業が横並びで行う一斉募集に対して学生が列をなすのは、正社員という身分を得られる貴重な機会であるからだ。正社員という身分が最も獲得しやすいのが卒業時で、この機会を逃してしまうと、その先、正社員になるのが難しく、そうなればいくら能力を磨いても、卒業時にその身分を得た人との処遇格差を埋めることができない可能性があるからである。就職活動の開始時期をいつにしようが、ここが変わらない限り、学生が学業や大学生活よりも、就職活動を優先してしまうのは仕方がないだろう。

改めて確認すれば、正社員とは、定年まで雇用が保証され、昇給・昇格等で徐々に処遇水準も上がっていくが、その代わりとして、人事異動(部署・職種・勤務地の異動や出向など)では会社の指示には逆らえない人達のことである。逆に言うと、異動の指示に従うこと(自分の意思で仕事やキャリアを選べないこと)さえ我慢すれば、安定的で水準の高い身分と給与が約束される。(安定収入があるから、住宅の購入や結婚などでも有利だ。)これはもちろん、正社員のみに与えられた既得権で、非正規社員や派遣社員が同じ仕事をしても(正社員よりも優れた仕事ができても)、そのような恩恵は受けられない。見方を変えれば、そのような恩恵を与えることによって、企業は正社員を囲い込んでいる。

したがって解決策は、二つ考えられる。

一つ目は、正社員と非正規社員の処遇格差を小さくする(なくしていく)ことだ。正社員の持つ既得権を見直すとともに非正規社員の処遇を改善し、例えば、仕事の出来や能力に応じて賃金が決まる「同一労働・同一賃金」を法制化し、広く浸透させる。そうすれば、卒業時に正社員として就職したほうが得というインセンティブが小さくなるから、大学生活に専念しようとする学生は増えるはずである。

もう一つは、雇用の流動化を進めることだ。現状は、特に正社員にとって退社・転職のリスクが高すぎるので雇用が固定化してしまい、企業も個人も活力を失いがちである。学生だってそのリスクを認識しているから、最初に入社する会社の選択に必死にならざるを得ない。能力や適性やキャリア、あるいはそれぞれの事情に応じた転職情報が豊富に提供され、マッチングが行われる大きな労働市場を作る。同時に、解雇の金銭解決ルールの整備、定年退職制度の禁止などで、企業による人材の囲い込みや労働者の会社へのしがみつきを減らしていく。失業期間が生じた場合の保障や教育訓練も整備する。そうして、学生たちが将来的に前向きな転職、転職によるキャリアアップが可能だと思えれば、新卒のときの会社選びに今ほど必死にならなくてもよい。

要するに、就職活動のスケジュールやルールを変えても何の効果もなく、雇用制度改革を進めない限り、就職活動(採用活動)が学生の学業や大学での諸活動の邪魔をし続けるのである。