なぜミランだったのだろうか。本田は現在27歳。ミランで2シーズン半過ごせば30歳。マーケットの常識に従えば栄転は難しい。すなわちミランは本田にとって、選手キャリアのピークを迎える場所になる。

 そう考えると、あまり喜ぶ気にはなれない。行き先は他になかったのだろうか。CSKAモスクワに支払う移籍金という名の違約金はゼロ。他のクラブが獲得に名乗りを挙げることは十分にできたはずだ。

 実際にはいくつかあったのだろう。その中から本田のお眼鏡に叶ったクラブがミランだったということなのだろうが、だとすれば、それ以上のクラブからオファーはなかったということになる。

 6、7年前ならそれ以上のクラブは限られていた。せいぜい5、6チームしか存在しなかった。ミランは欧州のトップクラブの座に君臨していた。それはいまや昔話といいたくなるほど、いまのミランはひどいサッカーをしている。現在の順位は11位。先日、アタランタに勝利して、降格候補からひとまず脱出したが、上位をうかがう勢いはない。往年の姿は見る影もない。ここ数年で最も凋落したクラブ。そういっても言いすぎではない。

 かつては、どんなに悪くても、欧州のトップ8の枠内からアブれることはなかった。常に、イタリアのチームらしい抜け目のなさを備え、内容的に押されても、最後に笑ってみせる勝負根性を見せた。欧州サッカー界のド真ん中で長年、二つとない特別な役回りを演じてきた。バルサの天敵のような存在だった。

 それがいまや欧州で15番目に入るかどうかといったところだ。CLでは、優勝した06〜07シーズン以降、5シーズン本選に進んでいるが、最高位はベスト8止まり。残る4シーズンはベスト16で終わっている。

 今季もグループリーグでアヤックスを際どくかわし、なんとか面目は保ったが、いまの調子では、勝ち目は薄いといわざるを得ない。しかし、そのピッチに本田は登場することができない。今季、CSKAの一員として本選のピッチに立ってしまったからだ。
 
 ミランはなぜ本田をシーズン始めに獲得しなかったのだろうか。移籍金と称される違約金は3〜4億円程度だったという。決して大きな金額ではない。そのタイミングで移籍していれば、CLに出場できたことになる。

 そもそもミランに、CLで上位進出を狙う気概はあったのか。本田を重要な戦力と見なし、上位進出するために欠かせない選手だと、シーズン当初に判断していれば、3、4億円をケチることはなかったのではないか。計算を誤ったといわざるを得ない。セリエAで現在11位に低迷している原因といわれても仕方がない。

 あるいは本田の実力をあまり買っていなかったのか。本当にお金がなかったのか。

 ミラノ入りした本田は、さっそく多くの地元メディアに囲まれた。ニュースで流れたその映像は、救世主を迎えるような歓待ぶりを伝えていた。日本人にとってそれはいささか、誇らしい話ではある。

「あのミランで、日本人選手が10番を付ける時代になった。これはすごいことです」。テレビの解説者はそう言った。巷でも、そうした声を耳にする。だが、「あのミラン」と現在のミランとの間には、現実問題として著しい隔たりがある。その点を指摘する人は、ほとんどいない。本田の10番は、低迷するミランを象徴するような話だと、お祭りムードに水を差すような人は。

 いまのミランで、キャリアのピークを迎えようとする一流選手はいない。市場原理に則れば、彼らにとってミランはステップの場。冒頭で述べたように、そうした視点に立てば、あまり喜ぶ気にはなれない。

 しかし、本田が加入したことにより、ミランの成績がV字回復すれば話は別だ。本田が文字通り救世主となれば、欧州市場の常識も変わる。ミランで選手キャリアのピークを過ごすことが一流選手の証となれば、これは本田にとってもミランにとっても、日本人にとっても、喜ばしい話になる。

 本田はミランでどれほどやるのか。順応力の高いユーティリティな選手なので、チームにすぐにはまると思う。「ミランで本田は通用するのか?」。これまた巷で話題になっている疑問には、イエスと答えたい。間違っても、マンUにおける香川のようなことはないと思う。

 だが、問題の核心はそこにはない。本田の加入でミランの成績はどれほど上がるか。失われたクラブのカリスマ性は蘇るのか。注目すべきはこちらだ。本田に問われている10番に相応しいプレイとは、チーム内における評価ではない。レベルダウン著しい、イタリア国内に限った話でもない。ミランの相手はあくまでも欧州。名門復活は、CLでどこまで上位に行くかに懸かっている。欧州クラブランキングを押し上げてなんぼ。欧州での市場価値を上昇させなければ、一流選手の証を手に入れることはできないのだ。本田が二流チームで終焉を迎えないことに期待したい。