テノール歌手・秋川雅史(まさふみ)さんが歌っている「千の風になって」が、1月22日付けのオリコンチャートで1位になることが話題になっている。クラシックでは初めての快挙。しかも、新登場が100位以下だった曲の1位奪取も、オリコン史上全く初めてのことという。

 実は私も、この曲を初めて聴いたのは昨年大晦日の紅白歌合戦でのことだった。普段はこの番組は見ないのだが、今は義母が同居していることがあり、家族は全員居間で紅白を見る。たまたまそこをのぞいてみたら、この見慣れない歌手が朗朗と歌っていたというわけだ。

 正直、ビックリした。その歌の上手(うま)さに対してである。日本の演歌歌手にも歌の上手い人は何人もいるが、ちょっと比べようもないと思った。ポピュラー歌手の祭典が紅白だと思っていたので、余計に驚いてしまった次第だ。例のDJ OZMA騒ぎもともかく、昨年の紅白出場がこの歌の名声と運命を決めたといって間違いないだろう。

 秋川雅史氏。1967年愛媛県西条市生まれの39歳。国立音大、同大学院卒でイタリア・パルマ留学の経験を持つ。クラシック分野ではまず順当な活躍を遂げており、98年カンツォーネコンクール1位、および日本クラシック音楽コンクール声楽部門最高賞をそれぞれ受賞。セールス面でも01年、日本コロンビアから最年少テノール歌手としてCDデビューしている。そして、話題の「千の風になって」は05年9月、アルバム「威風堂々」に収められたものが昨年5月にシングルカットされ、年末の紅白歌合戦出場となったもの。紅白出場後、今年1月15日付けのオリコンチャートでいきなりベスト10入り(4位)している。

 話題の曲の人気は、秋川氏の歌唱力もさることながら、その歌詞の持つ魅力に負うところが大きいのだろう。同曲の原詩となった「A THOUSAND WINDS」は作者不詳の詩で、英国にその源流があるらしい。アメリカでは9・11テロの犠牲者の追悼式で朗読されたこともあり、さまざまな形で話題になった詩であると聞く。

 その詩に感激した作家の新井満(まん)氏(自身も歌を歌う)が訳詞し、かつ曲を付けたのがこの「千の風になって」というわけだ。その詞にいう。「私のお墓の前で泣かないでください/そこに私はいません/千の風に/千の風になって/あの大きな空を/吹きわたっています/……」。つまり、自分の霊魂や気持ちは墓の中ではなく、この大空の中でたゆたっている。ある時は風になり雪となって、あなたをどこからも見守っています――という意味なのだと思う。実に感動的だ。詞を噛みしめて美しいメロディーを聞くと、やはりあふれてくる涙を抑えることができない。

 実は、この歌のトップ入りの背景には、現在の音楽界事情も反映しているとの解説がされている。つまりは、若い人たちは好みの音楽をタダ(ネットからダウンロード)で手に入れる人がほとんどなので、未だにCDを購入する層はやはり中高年が中心になる。その人たちに受けたこの曲が、はなばなしい躍進劇を遂げたという理屈だ。売り上げ実績の3万枚弱(週間)というのも、「数としては平凡」(業界関係者)との指摘がそれを裏付けている。

 しかし、それにしてもである。ここのところはクラシックCDの売り上げでいくつものヒットが生まれ、ちょっとしたブームを予感させるという。世の中が乱れ、“落ち着いた”雰囲気が壊されている世情は、このブームの背景としてあるのではないだろうか。団塊世代の大量退職を控え、若い頃に十分に楽しめなかった音楽に回帰しようとする層の広がりは、大いに予感できるところだ。

 私的な話になって大変恐縮だが、私の親族の一人も近々に『41歳からのクラシック』(新潮選書)という本を上梓する。手前ミソの話ながら、クラシックの復権は自分たちの生活を見直す、ちょうどいい機会になるのではないかと思っているところだ。クラシック(古典)を理解することは、すべての文化理解の基本であることは疑いがないからである。【了】

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秋川雅史オフィシャルサイト