世の中を変えるほどの偉業もあり? 世界に誇れるニッポンの車5選
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日本が世界に誇れるクルマを振り返る
カール・ベンツが内燃機関を搭載した自動車を発明して以来、すでに130年もの歴史が刻まれています。その間、クルマの進化は目覚ましいものがあり、近年は電動車も普及してきたほどです。
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日本でも大正時代に本格的な自動車製造が始まるなど長い歴史があり、第二次大戦後は自動車大国へと成長しました。
【画像】これぞ日本が世界に誇れるクルマだっ! 初代と最新を比べてみる(32枚)
そして、数多くの日本車が誕生し、そのなかには世の中を変えるほどインパクトのあるクルマや、高い技術力によって誕生したクルマも存在。
そこで、世界に誇れるニッポンのクルマを、現在も販売されているモデルから5車種ピックアップして紹介します。
●日産「フェアレディZ」
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日産は1969年に、新時代のスポーツカーとして初代「フェアレディZ」を発売。
それまでオープン2シーターだったダットサン「フェアレディ」の後継車として開発され、外観は古典的なロングノーズ・ショートデッキのフォルムのクローズドボディを採用し、斬新かつスタイリッシュなデザインが高く評価されました。
エンジンは2リッター直列6気筒の「L20型」を基本として、エンジンを含め既存のモデルから主要な部品を流用したことから比較的安価な価格を実現。
日本のみならず、もともと主戦場に想定していたアメリカでも大ヒットを記録し、初代は生産台数の8割がアメリカに輸出されたといわれ、今もアメリカでは高い人気を誇っています。
現行モデルは2008年に登場した6代目で、すでに7代目のプロトタイプが発表されているので、新型のデビューは秒読み段階でしょう。
フェアレディZは日本を代表するスポーツカーに君臨していますが、日本車の本格的な海外進出の礎にもなった1台でもあります。
●マツダ「ロードスター」
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1980年代の終わり頃は、オープン2シーターのライトウエイトスポーツカーにとって世界的に冬の時代でした。
たとえば、イギリスのMGやトライアンフといった老舗スポーツカーメーカーが生産していたコンパクトなオープンカーも、1980年代初頭には激減してしまいました。
そうした状況のなか、1989年にマツダが展開していた5つのブランドのひとつであるユーノスから初代「ロードスター」が誕生。
まさにイギリスのライトウエイトスポーツカーをイメージさせるロードスターは、安価な価格と軽快な走りによって異例のヒット作になりました。
また、オープンカー大国であるアメリカや、同様なモデルが消えかけていた欧州でもヒットを記録するなど、世界的にロードスターは受け入れられました。
初代ロードスターのヒットは世界中のメーカーに多大な影響を与え、各メーカーもコンパクトなオープンカーを次々に発売し、消えかけていたオープン・ライトウエイトスポーツカーの火が再燃したほどです。
現行モデルのロードスターは2015年に登場した4代目で、軽量化とボディやエンジンの小型化をおこなって原点回帰したモデルとして、今も世界中で愛されています。
●トヨタ「プリウス」
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もともと「ハイブリッド」という言葉は主に生物学で用いられていましたが、クルマの場合はエンジンとモーターなど異なるパワーユニットを同時に搭載している場合の総称になります。
エンジンとモーターを搭載したハイブリッド車の歴史は古く、自動車が発明された直後の19世紀にはすでに登場していたといいます。
低燃費化の切り札として世界中のメーカーがハイブリッド車の試作を繰り返しましたが、安定した電池の製造が難しく、希土類を使ったモーターのコスト高や制御技術の難しさにより量産化には至りませんでした。
しかし、トヨタが量産車初のハイブリッド車の開発に成功し、1997年初代「プリウス」を発売。当時としては驚異的な28km/L(10・15モード)という低燃費を実現し、これは従来のガソリンエンジン搭載のAT車に比べ、約2倍の燃費性能であり、CO2の排出量を約2分の1に削減することができたことになります。
初代プリウスは215万円(消費税含まず)と、同クラスのクルマよりも50万円ほど高価だったことからヒット作にはなりませんでしたが、他メーカーも次々とハイブリッド車の開発に成功。
プリウスもさらに進化した2代目から爆発的なヒットを記録し、現在は2015年に登場した4代目で、いまも燃費性能は世界トップクラスに君臨しています。
もしプリウスが誕生していなければ、今の世界的な電動車の普及はもっと遅れていたかもしれません。
日本が世界に誇るスポーティカーの2台とは
●ホンダ「シビック タイプR」
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1972年にホンダは次世代のFFコンパクトカーとして初代「シビック」を発売。日本だけでなくアメリカでもヒットしたことで、ホンダは世界的にも本格的な自動車メーカーとして認知される存在になりました。
そして、1980年代からシビックは高性能なグレードを展開し、その究極の姿といえるのが1997年に6代目シビックをベースにした初代「シビック タイプR」です。
「NSX」「インテグラ」に続く第3のタイプRとして開発された初代シビック タイプRは、最高出力185馬力を8200rpmという量産車として類まれな高回転で発揮する1.6リッター直列4気筒エンジンを搭載。
さらに、サーキット走行を想定してハードに強化されたサスペンションや、制動力と耐フェード性を向上させたブレーキ、ボディ剛性のアップ、徹底した軽量化などが図られています。
その後、シビック タイプRはシリーズ化し、現行モデルは2017年に登場した5代目で、残念ながらすでに完売しています。
4代目からはターボエンジンとなりましたが駆動方式はFFのままで、トランスミッションも6速MTのみです。
単にサーキットでのスピードのみを競うのであれば4WD化やDCTを搭載した方が有利なはずですが、FFとMTへのこだわりはホンダ流の哲学なのかもしれません。
世界的にもシビック タイプRのライバルは存在しますが、生い立ちやコンセプトからすると唯一無二の存在ではないでしょうか。
●スズキ「アルトワークス」
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現在、日本の自動車市場でもっとも販売台数が多いのは軽自動車ですが、今の軽自動車の基礎をつくったのは、1955年に誕生したスズキ初の4輪自動車「スズライト」といわれています。
その後、庶民の足として普及した軽自動車は、1980年代の初頭からターボエンジンが搭載されるようになり高性能化が図られました。
各メーカー間でパワー競争が繰り広げられましたが、このパワー競争に終止符を打ったのが1987年に発売されたスズキ初代「アルトワークス」です。
アルトワークスは3代目アルトをベースに開発され、550cc直列3気筒DOHCターボエンジンを搭載して64馬力を発揮し、以降は64馬力が軽自動車の馬力自主規制上限値となります。
さらにビスカスカップリングを用いたフルタイム4WD車も設定されました。わずか550ccのエンジンでDOHC+ターボ、しかも駆動方式に4WDを採用するなど、まさに日本ならではのクルマといえます。
当然ながら軽自動車は日本独自の規格ですが、同等なサイズのクルマは海外でも展開されており、ここまでハイスペックなモデルは存在しません。
アルトワークスは軽自動車規格が変わっても継続して代を重ねましたが、ニーズの変化から一旦販売を終了。
そして、2015年に5代目で現行モデルのアルトワークスが15年ぶりに復活を遂げ、最高出力64馬力に変わりありませんが専用のターボチャージャーを搭載し、伝統の4WDモデルも設定されています。
現在、スタンダードなアルトは、日本と同じボディに660ccエンジンのまま海外でも販売されていますが、アルトワークスは日本でのみ販売されている門外不出のモデルです。
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プリウスは間違いなくエポックメイキングなクルマですが、誕生までには途方もなく長い年月がかかっています。
トヨタはハイブリッド車の開発を1969年にスタート。レシプロエンジン+モーターのハイブリッド車の開発は1980年代の初頭からで、市販に向けて開発がスタートしたのは1993年といわれています。
それだけ長い期間をかけて開発されたプリウスだけあって、初代から現在までハイブリッドシステムの基本的な構造は変わっていません。
つまり、それほどまでに初代プリウスのシステムは完成されていたということです。