急増するインバウンドへの通信サービスについて考えてみた!

今年1月、27年ぶりとなる新しい税が導入されました。出国税です。筆者は旅行でも仕事でも一切日本から出たことがないため、今のところ何の影響もない税制ですが、誰もが気軽に海外へ遊びに行く昨今、筆者のような人はもはや珍しい部類でしょう。

JATA(日本旅行業協会)の統計によれば、2017年の海外旅行者数は約1789万人、訪日外国人旅行者(インバウンド)数は約2869万人となっており、合計で約4658万人もの人々が日本から出国しています。出国税は1人あたり一律1000円となっており、海外旅行者やインバウンドの数は現在も増加し続けているため、その税収は年間で軽く500億円を超えるものになると予想されます。

出国税は観光立国を目指す日本がインバウンドのための施設や案内を整備するために使用されるそうですが、こういったインバウンド向けの施策で頭を悩ませているのは政府や航空・旅行業界ばかりではありません。通信業界もまた、急増するインバウンドへの対応をさまざまに模索しているのです。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する「Arcaic Singularity」。今回は通信業界におけるインバウンド向け施策について考察します。


インバウンドは増え続ける。その時日本はどこまで対応できるのか


■静かな戦いが繰り広げられるプリペイドSIM
通信業界のインバウンド向け施策として真っ先に挙げられるのはプリペイドSIMです。一定期間だけ利用できる買い切り型(多くの場合追加課金も可能)のスマートフォン(スマホ)用USIMカードで、日本国内で購入できるだけではなく、海外からもオンラインで予約・購入し、日本に到着すると同時に使用できるようなサービスを提供しているところもあります。

インバウンド向けプリペイドSIMは、2016年ごろまではU-mobileやb-mobileといった仮想移動体通信事業者(MVNO)サービスが中心でした。1日に利用できる通信容量や通信速度に大きな制約があるものの、1日〜1週間単位で安価に購入可能な点が短期旅行者には非常に向いており、MVNOの重要な市場でもありました。

ここへ移動体通信事業者(MNO)であるNTTドコモが殴り込みをかけてきたのが2017年です。「Japan Welcome SIM」として基本料金が無料のプランも用意され、広告視聴による高速通信の無料チャージやAPN設定無しで利用できる簡単さなどもあり、そのシェアを一気に拡げました。


NTTドコモのJapan Welcome SIM。実は日本人でも普通に買える


NTTドコモがインバウンド向けSIMに力を入れ始めた背景には、当然ながらインバウンドの急増があります。

東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年にはインバウンド数は4000万人に達すると予想されており、短期的なビジネスとしての観点以上に、インバウンド向けの通信環境を整備しなければ、観光立国としての日本の今後の評価にも影響が出るという懸念もあったものと考えられます。


旅行者にとって、初めて行く国や観光地の情報を現地ですぐに手に入れられるかどうかはとても重要だ


■急増する外国人宿泊者への対応を急ぐホテル業界
通信環境の整備ばかりが通信業界のインバウンド施策ではありません。旅行者は常にどこかへ宿泊します。ソフトバンクグループのように、その宿泊施設の需要と通信需要の関連性に目をつけた企業もあります。

ホテル宿泊者向けの無料レンタルスマホ事業「handy」を展開していたhandy Japan(現・hi Japan)は2018年にソフトバンクとの資本業務提携を発表し、国内の主要ホテルや旅館への事業展開を加速させました。

レンタルスマホは自前のスマホへ入れて使用するプリペイドSIMと違い、設定やSIMの入れ替え作業などの手間がかからず、しかも安心して高速通信を利用できるというメリットがあります。

宿泊施設の事業者側としては、顧客利便性としてアピールすることができ、またレンタルスマホへあらかじめ観光施設や飲食店情報を掲載しておけるため、広告事業としても非常に効率の良い手法と言えます。


レンタルスマホを単なる情報端末ではなくIoTデバイスとして位置付けることで、慢性化するホテル業界の人材不足を解消したり、多言語対応させることも目的の1つだ


またプリペイドSIMサービスでもレンタルスマホでも、広域無線通信網とともに整備を急いでいるのがWi-Fi通信網です。長距離の通信には向かないWi-Fi通信ですが、設置が容易でなおかつ別途契約手続きを必要としない点が海外からの旅行者に好評です。

Wi-Fi通信はホテルや飲食店などで個別に提供される以外にも、プリペイドSIMサービスやレンタルスマホサービスに付帯させて提供されることが多く、通信速度に制限が付きやすい広域無線通信網のオフロード環境として用意されていることがほとんどです。

ホテル内ではWi-Fiを使い、観光先ではLTE回線を利用する。そんな使い方が浸透しつつあります。


and factoryが展開する宿泊施設事業「&AND HOSTEL」では、施設全体をIoT化し低コストで安全・快適な宿泊施設を提供している


■観光立国を支える「情報通信立国」を目指して
オンラインサービス全盛の今、通信環境は旅行先でも必須であるにもかかわらず、その環境整備や自分の通信環境にコストをかけようという意識が事業者側にもユーザー側にも薄いのが実状です。

そのような中で、日本国内に数十万も存在する宿泊施設・飲食店の事業者や、年間数千万人に達するインバウンドへ、事前に通信に関するリテラシー向上のための啓蒙活動を行って状況の解決を図ることは、あまりにも現実的ではありません。

国内のサービス産業やホテル産業における慢性的な人材不足の状況を鑑みても、スマホを活用したIoTサービスや広告・宣伝事業を積極的に取り入れていく以外に、インバウンド需要の急増に対処する策はないと考えます。


観光客は東京や京都など一部の都市に集中する。その過度な需要にどう対応するか


日本の通信インフラ環境の素晴らしさは世界に知れ渡っているところでもあり、事実として日本ほど国土の隅々まで無線通信インフラが行き届いた国は非常に稀です。その通信環境の良さもまた、日本の観光資源だとは考えられないでしょうか。

空港に降り立ち入国ゲートをくぐるとすぐにスマホが使える。もしくはホテルに着いたらすぐに無料でスマホが使える。そんな快適な世界を目指し、通信キャリアは着々と整備を進めています。

日本のここ10年余りの科学技術立国としての凋落ぶりは非常に残念ですが、これからは観光立国として奮起しなければいけない時代です。人が動き、外貨獲得によって経済が活性化すれば、活路もきっと見出だせます。

通信業界を外側から眺めるばかりの筆者ですが、その模索と目まぐるしい変革の様子を取材するたびに、「情報通信立国」としての成功も見えてくるのではないか、と感じるのです。


スマホが全てのサービスのポータルとなる。そんな未来はもう遠くない


記事執筆:秋吉 健


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