電車内で化粧する女性が増えてきた。ネット上では賛否両論だ(写真:さわだゆたか/PIXTA)

朝の通勤電車。1日の始まりはさわやかな気分でいたい。しかしながら、乗客のマナーの悪さでさわやかな気分が吹き飛んだという経験をした人は多いだろう。ヘッドフォンからの音漏れ、食事のニオイ、騒がしい人たちなど挙げればキリがないのだが、「化粧をする女性」もよく議論されるトピックである。

電車内でメークを濃くする「盛り鉄」女子

カバンの中からポーチを取り出し一心不乱に化粧をする、いわゆる「盛り鉄女子」(もりてつじょし:盛る=メークを濃くする、という若者言葉に引っかけた筆者の造語)。彼女たちに対しては、意見が真っ二つに分かれる。筆者としては、やめていただきたいの一言。理由は、快適な車内空間が侵害されるからである。

「他人の化粧は見たくない」「恥ずかしくないのか?」これが筆者を含む反対派の意見である。素顔から、ファンデーション、アイメーク、ほお紅、口紅を塗りたくり、キレイに出来上がっていくさまは、なぜか見ていて気持ちの良いものではない。不快指数は高く、正体不明の嫌悪感がある。「身だしなみは、自宅など人目を忍んで済ますもの」という意識であるからだ。


東洋経済オンライン「鉄道最前線」は、鉄道にまつわるホットなニュースをタイムリーに配信! 記事一覧はこちら。

対して、盛り鉄女子側の言い分は。よく聞かれるのが「寝坊したからしょうがない」「用意する時間がないほど私は忙しい」とのことである。

確かに気持ちはわかる。化粧をする女性は、朝早く起きなければならない。それに、ただ座っているだけの退屈な時間を有効活用したい、ということなのだろう。しかし、その時間を化粧に充てるのはいかがなものかと、問いたくなる。

また「誰にも迷惑をかけていない」という声もある。はたして真実だろうか。実は毎朝ツイッターでは、盛り鉄女子たちに向けた乗客の心の叫びがつぶやかれている。

たとえば「ニオイがきつい」という指摘。一流の化粧品には香りの強いものがあり、使う側は優雅な気分になる一方で、他人は迷惑に感じてしまう。そのほか「化粧中の女性のひじが当たってくる」「アイメークの筆が目に刺さりやしないかコワイ」などのつぶやきが。筆者も、お粉がこちらに飛んできたり、口紅が服についてしまったりしないかヒヤヒヤする。このように多くの乗客たちは声に出さないだけで、多かれ少なかれ不快な思いを抱いているのだ。


化粧のニオイが苦手な男性もいる(写真:mits / PIXTA)

また車内メークが原因で、乗客同士のトラブルに発展するケースもある。筆者が実際見たのはこんな光景である。

ある日、電車の中で40代と思しき女性がこってりと化粧をしていた。隣にいたオジサンが「こんなとこで化粧するな!」と注意。すると一瞬の間を置いて、「うるせ〜んだよ、ジジイ!」と甲高い声で威嚇し始めたのである。うわ、始まったな……と、周囲の乗客は気まずそうに目をそらし、耳だけで聞いている。

2人の口論は続き、「化粧品がくさいんだよ」というオジサンの意見に対しては、「お前の体臭のほうがくせえんだよ、ジジイ!」とのお言葉である。「化粧がくさい」「体臭のほうがくさい」という水掛け論の結果、オジサンのほうが根負けして、別の車両に移ってしまった。オジサンの名誉のために言っておくが、私は彼の隣に座っており、体臭は無臭であった。

女性の口の悪さに失望したのもさることながら、論点をすり替えて他人をたたくのは、盛り鉄女子の習性とも言える。彼女たちは「じゃあ前で足を開いて座っているオジサンはいいんですか」「じゃあヘッドフォンから音楽が漏れている人はいいんですか」と反論してくるのだが、どれも同類のマナー違反である。

こうした乗客同士のトラブルは、決して気持ちの良いものではない。快適な車内が一変、車両の隅々に気まずさ、不快感、恐怖、嫌悪感が充満する。遭遇してしまったら「早く目的地に着かないかな」と念仏を唱えるのみである。

鉄道会社は、実害を及ぼす行為であると警笛を鳴らす

物議を醸す盛り鉄女子たち。これに対して、鉄道会社はなにか策を講じているのだろうか。化粧を含めあらゆる「車内マナー向上」のため、広告やアナウンスでの呼びかけを行う東急電鉄に話を聞いた。

「車内での化粧は、なるべく控えていただきたい行為ですが、お客様の良心と判断に任せています」とする一方で、「化粧は、ほかの乗客に『実害』を及ぼす可能性がある行為であると認識してほしい」という。

「化粧品のにおいで気分が悪くなる人が出たり、周囲の人の洋服が汚れたりするおそれもある。電車の揺れで、化粧品や鏡が手を離れて飛んでいってしまったら、ケガをさせるおそれもある。こうした『実害』があることを理解していただきたい。また、トラブルが起きてしまった場合、電車が止まり、ダイヤ乱れの原因にもなります。当社としては、すべてのお客様に快適に過ごしてほしいという思いがあります。マナー向上の、ご協力をお願いします」とのことだった。

今回の車内メークの問題を、法的な観点から見るとどうなのか。弁護士法人サリュの籔之内寛弁護士に話を聞いた。

「法律や鉄道会社の約款で、『電車で化粧をしてはいけない』と定めるものはないので、法的に電車内での化粧を禁じることは厳しいでしょう。あくまでマナーの問題」とする一方で、トラブルが生じた場合、慰謝料等の訴訟問題に発展する可能性もあるという。

「化粧に関連する行為により第三者に損害が生じた場合は、化粧していた人が責任を負う場合が観念的には否定できません。たとえば、化粧中に電車が大きく揺れて鏡が割れて人にケガをさせた場合などは、電車の揺れを生じさせる原因を作った者(線路に立ち入り電車を急停車させた人、電車を異常な速度で走行させる運転士等)がメインで責任を負うでしょう。

しかし、化粧をしていた人が自身の過失により手元を滑らせたことが原因であれば、賠償の責任を負う可能性があります。たとえば、隣の乗客の顔に線状の傷を生じさせ、3cm以上の後遺障害が残ってしまった場合、後遺障害慰謝料として290万円程度の支払義務が生じることがあります」とのこと。

化粧をして、トラブルはおろか周囲にケガを負わせてしまったらどうにもならない。盛り鉄女子たちには、こうした危険性があることもぜひ理解してほしい。

公共の場としての「電車」とどう向き合うか

今回の件について取材を進めるうちに、「特に気にならない」という意見も多く出くわした。気にならないと発言するのは男性が多い感覚である。一方で筆者のような盛り鉄反対派は、女性が多い。ある種、同族嫌悪のようなものを感じているだけだろうか。また「私たちは早く起きて、化粧をすませてから電車に乗っているのにズルい!」という本音も、嫌悪感を増幅させている気がする。

もしかすると、これは校則を破る不良生徒vs.風紀委員の構図に似ているのかもしれない。「校則守りなさいよ!」とキーキー訴える風紀委員に対して、「校則なんて破ったもん勝ち」と言わんばかりの不良生徒。残念ながら両者がわかり合うことはないだろう。

電車は、公共の場である。実にさまざまな人がいる。自分の想像を超えた珍妙な行動を取る人もいる。さまざまな価値観を持つ人が集うパブリックスペースであるだけに、ある程度は目をつぶるべきなのかもしれない。筆者は盛り鉄女子に出くわすと、視界に入らぬようにそっと目を閉じるようにしている。

すべての乗客にとって快適な車内空間になるよう、マナーの向上を心から願うばかりだ。