いよいよ樹木の伐採が始まろうとしていた1月9日。横断幕やプラカードを広げ、抗議活動を行なう地元住民たち。

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東京都中野区にある「平和の森公園」は、東京オリンピック開催を機に市民スポーツ公園に生まれ変わろうとしている。

だが、その整備のために公園内の樹木の3分の2を切り倒し、その予算もいつの間にか当初の倍の約108億円に膨れ上がっている。区民からは「必要ない!」といった反対の声が上がるなか、伐採が始められた!

■公園の約3割がスポーツ施設に

1月9日の午前7時、平和の森公園前には早朝から数十人の市民が集まり、「木を切らないで!」「森を守れ」と書かれたプラカードを掲げ、その日から始まる伐採を止めようとしていた。公園内には約2万5千本(ツツジなどの低木も含む)の樹木があるが、このうち実に1万7814本を伐採するというのだから、住民が必死になるのも無理はない。

この日は、どの木を伐採するかのマーキングや園内設備の解体などに時間がかかるとのことで伐採はなかったが、重機はスタンバイされていた。

そもそも、大量の木を伐採する目的は何か?

「簡単に言えば、たった数週間のオリンピックを口実に、公園に必要のない大工事を誘致するというものです。絶対に認められません」

こう語るのは、抗議行動を起こした市民団体「緑とひろばの平和の森公園を守る会」(以下、守る会)のメンバー、岩村信弘さんだ。

確かに、中野区のホームページにはこう書かれている。

「東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催が決定しました。区はこれを区民の皆さんの健康づくりやスポーツ活動の意欲をさらに高める機会として、(中略)平和の森公園の機能を充実させる再整備を検討しています」

公園は、児童野球場や散策路がある「多目的広場」と、芝生を敷き詰めた「草地広場」とに分かれている。区の計画では野球場の本塁から中堅までの65mを90mに拡幅し、外野側を取り囲む樹木をすべて伐採。成人も使える野球場にする。草地広場には1周300mの陸上トラック6レーンを設置する。そのため広場の半分が潰れ、樹木も伐採されるのだ。また、区が都と賃貸契約を結び、現在の「未開園区域」を公園の一部にして体育館を建設する予定だ。

住民がこの計画を知ったのは2015年3月。田中大輔区長が「平和の森公園に体育館と陸上競技場を新設する」と公表したのだ。計画案では公園の約3割が施設で潰れることになる。大変なことだとの恐れを抱いた住民有志は、6月に「守る会」を結成。まず検証したのは整備される各施設が本当に必要なのかだ。

例えば陸上トラック。建設されるのは1周300mとなっているが、大会などが行なわれる一般的な陸上トラックは1周400mだ。中途半端なトラックでは本格的な練習はできない。それでも区は「区内の中学校の陸上部が使える」と説明するが、守る会は「11ある区立中学校のうち陸上部があるのは3校だけ」(守る会)と反論する。

野球場の拡幅にしても、区は「区内に野球場が足りない」と説明するが、区には野球場が4面あり、平均利用率は60%前後とまだ余裕を残している。しかも、最近になって区がその1面を潰して別の施設を建てることも明らかになり、岩村さんらは「野球場が足りないのではなく別の施設を造りたいから。区は嘘をついた!」と憤りを隠さない。

ほかにも、守る会が不審を抱くのが体育館だ。

「14年、区はJR中野駅前にある老朽化した区役所と隣接する中野サンプラザを解体する計画を立てています。そして、新しい区役所は現在の区役所のはす向かいにある中野体育館の用地での建設が決まり、押し出される形の体育館は近所の旧第九中学校の跡地に建設されるはずでした。ところが、その体育館がいつの間にか平和の森公園の未開園区域に建設されることになったんです」(前出・岩村さん)

なぜ変更されたのか?

筆者は中野区に、「体育館の建設予定地が平和の森公園に変更されたことに関する討議資料を見せてほしい」と要請した。だが2週間待って、区から送られてきた文書に討議資料はなかった。区の海老沢憲一政策室副参事による、「体育館の候補地は3ヵ所あったが、平和の森公園でなら、体育館と屋外スポーツ機能(野球場や陸上競技場)を併せ持つことができるので、オリンピックを機に区民のスポーツ参加を高めることができる」という区議会での結果説明があっただけだ。

■補助金目当てで建設場所を変えた?

区は、公園整備に関する住民説明会を数回行なっている。16年2月に行なわれた際には、市民スポーツの振興を目指し、指導者の育成、国や地方自治体に環境整備などを提案する「新日本スポーツ連盟中野区連盟」の小澤哲雄理事長が参加していた。同連盟はこの公園整備計画について、「住民合意がないまま進めている。見直しを」との要望書を15年8月に田中区長宛てに送っていた。

その小澤理事長は説明会で、「旧第九中学校跡地の決定が変更された検討資料を公開せよ」と求めた。

ところが区職員は「われわれもそれがあるかわからない。この件には関知しません」と回答。それに対して小澤理事長は、「そんなバカな話はない。われわれの税金を使うんですよ!」と返した。

こうしたやりとりに、説明会場にいた参加者の誰もが怒っていたという。「守る会」が16年5月に実施したアンケート調査でも、区民1605人の回答者の約9割が計画に反対。計画に同意する地元住民は極めて少数だ。

だが、住民の驚きと怒りはここからが本番だった。

まず予算だ。16年4月時点で区が公表した総事業費は約55億円。ところが4ヵ月後の8月24日、区は区議会に概算整備費として倍の108億円を報告した。その内訳を見ると、51億円だった新体育館建設費が約86億円に、5億円だった公園整備費が約22億円になっていたのだ。

同日、守る会は区に予算倍増の理由を問いただしたが明確な回答は得られなかった。「必要な施設ですから」という説明に終始したという。



この予算倍増に対して、「根拠があいまいだ。計算をやり直せ」と区議会で声を上げたのが共産党の浦野さとみ議員(当時)だ。浦野氏はその後、増額された新体育館建設の35億円が、下水道処理施設など下部構造建設、床面積の追加、耐震性強化などに使われることを突き止めた。



また浦野氏は、この新体育館建設には国や都からの補助金も投入されると説明する。



「新体育館には国土交通省の『社会資本整備総合交付金』から、少なくとも約25億円の補助金が出ると区は見込んでいるようです。この補助金は、新体育館が『公園施設』の一部になることで拠出が可能なのです。区が当初予定していた中学校跡地での建設だったら、補助金は出なかったということです」

つまり、補助金をもらうため公園に体育館を持ってきたのか? 筆者はこの点を区に尋ねた。回答は、「公園整備と一体で補助金申請しております」というものだった。

また、体育館の建設目的を尋ねると、「オリンピック・パラリンピック選手の練習に充ててもらいたい」と回答した。その目的があるからだろう、この公園整備には都の「東京オリンピック・パラリンピック競技大会等施設整備助成」からも上限1億円の拠出が見込まれている。

そして次に住民が驚いたのが、公園整備で伐採される樹木の本数だ。16年10月の住民説明会で守る会が「樹木は何本伐採されるか」と尋ねると、区は「1.5m以上の中高木226本」と回答し、うち41本のケヤキは公園内の別の場所に移植すると伝えられた。

ところが、だ。中低木も切られるのではないかと考えた守る会が、情報公開制度で11月に再整備計画書を入手すると公園全体の樹木の3分の2、1万7814本が伐採対象であると判明したのだ!

この情報がSNSで拡散されると「とんでもないことだ!」と声を上げる人が増え、守る会の伐採中止を求める署名は1万を超えた。そして昨年12月、守る会は計画の見直しと中止を求めて住民監査請求を区に提出した。



そして、公園の伐採がついに1月15日から始まった。また、「監査の対象にならない事案」との理由で監査請求が拒否された。だが岩村さんはそれは想定済みで「次の目的がある」と話す。

「請求が拒否されたら、その30日以内に住民訴訟を起こせます。すでに弁護士とも話がついていますが、争点は『区の財産である樹木などの損失』を防ぐことです。国や都からの補助金を得たとしても、残る整備費は80億円以上。区民の望まない事業に多額の税金が使われるのは看過できません。公園の破壊事業がなぜ誘致されたかを裁判で明らかにしたい」(岩村さん)

いよいよ訴訟が避けられない事態になったが、区は今回の整備計画がどのように進められてきたのか、法廷の場で住民に明らかにすべきだ。

(取材・文・撮影/樫田秀樹)