だから中国は侮れない。トランプの態度を一転させた懐柔作戦の全容
昨年12月、台湾の蔡英文総統と前例破りの電話会談を行い中国を激怒させたトランプ大統領。反中の姿勢を貫くかに思えましたが、その後の習近平国家主席との電話会談であっさりと「一つの中国」を尊重する意を表明し関係諸国を唖然とさせました。無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者・北野幸伯さんは、中国の「トランプ懐柔作戦」が早くも実を結んだと記しています。
トランプ・クーデター〜中国は、いかにトランプを懐柔したのか?
トランプ大統領の大戦略は、「ロシアと和解し、中国に勝つ」です。ところが、大統領就任後わずかな期間で、トランプは、「ロシアには、より厳しく、中国には、より優しく」なっているのが、誰の目にも明らか。
トランプさん、昨年12月時点では、「『一つの中国』の原則を認めるかどうかは、ディール次第」といっていた。ところが、安倍総理と会談した前日の2月9日、一転「『一つの中国』の原則を尊重する!」と習近平に電話で伝えた。
一方、ロシアはどうでしょうか? ロシアでの「トランプ支持率」は、ほぼ100%だろうと思います。皆、「親ロシアのトランプなら、制裁を解除してくれるだろう」と期待している。
しかし、ロシア国民の期待は、徐々に幻滅に変わりつつあります。まず2月2日、ヘイリー新国連大使は、こんなことをいいました。
モスクワはおそらく、トランプ大統領とその政権によって近いうちに金融経済制裁が撤廃されるのではないかという幻覚からついに目を覚ました。2月2日にニッキー・ヘイリー米国国連大使が行った最近の声明は、このことを明確にした。
「クリミアはウクライナ領の一部です」。ヘイリー大使は国連安全保障理事会を前に、就任後初となる公式の場での発言で、このように宣言した。「クリミアをめぐり我が国が科した制裁は、ロシアが同半島の統治権をウクライナに返すまで継続するでしょう」
(ロシアNOW 2月13日)
ロシアは、クリミアを「永遠に返さない」でしょう。つまり、ヘイリーさんの発言は、「制裁は永遠に続く」という意味である。次、2月13日、「親ロシア」で知られるフリン大統領補佐官が辞任した。これもロシアには痛手ですね。
というわけで、トランプ政権は、「ロシアには、より厳しく、中国には、より優しく」なっている。問題は、この現象が「自動的に起こっているわけではない」ということ。明白に「中国の工作によって」起こっている。中国は、トランプの中国への「敵意を弱め」、一方でロシアへの「敵意を強める」ことで、自国を救おうとしているのです。
「トンデモ、トンデモ、トンデモ〜〜〜〜〜〜〜!!」
新しい読者さんからの叫び声が聞こえてきます。これ、私だけがいっているのではありません。BBCが報じているのです。
中国は、いかにトランプを懐柔したか?
BBC News2月27日付で、キャリー・グレイシー中国編集長は、「中国は、どうやってトランプの反中を変えたのか?」について、「7つの理由」をあげています。長い記事ですので、要約してみましょう。興味深いところは、引用します。そして、原文アドレスを最後に貼り付けておきます。興味がある方は、全文読んでみてください。
中国が、トランプの反中を軟化できた1つ目の理由は?
1.家族や友人を取り込む中国は、トランプの家族を取り込むことにしました。家族とは具体的に、娘のイヴァンカさん、彼女の夫クシュナーさん、もう一人の娘ティファニーさんです。
駐米中国大使の崔天凱氏は、トランプ大統領の娘イバンカさんに巧みに手を差し伸べた。ワシントンの中国大使館で行われた春節の祝宴にイバンカさんが出席した姿は広く報道され、イバンカさんは両政府の分断に橋を渡した。イバンカさんの夫、ジャレッド・クシュナー氏もまた、中国事業のパートナーを通じて中国政府につてを持っている。さらに、トランプ大統領のもう1人の娘ティファニーさんは、ニューヨーク・ファッション・ウィークで中国人デザイナー、タオ・レイ・ウォン氏のショーをあえて最前列で鑑賞した。
そして、共産党の指令を受けた中国企業群も、一斉に「アメリカに投資し、トランプさんを助けます!」と宣言しました。
トランプ氏の私的な人脈を強化するため、中国で最も著名な起業家のジャック・マー氏はトランプ氏と会談し、自身が所有する電子商取引サイト、アリババで米国の商品を販売し米国に100万人規模の雇用を創出すると約束した。中国では民間企業にさえ共産党の末端組織が存在しており、国家の戦略的利益となると政府の命令に従うよう求められる。ジャック・マー氏は任務を背負っており、政府の方針にも沿っていた。ニューヨークのタイムズ・スクエアの屋外広告に、トランプ氏への春節の挨拶を掲載するため資金を提供した他の中国系企業100社も同様だった。
(同上)
中国では民間企業にさえ共産党の末端組織が存在しており、国家の戦略的利益となると政府の命令に従うよう求められる。
この部分、非常に大事ですね。中国では、どんな巨大企業のトップでも、習近平の命令にはさからえない。
2番目の理由は。
2.贈り物をするこれは、何でしょうか?
トランプ氏の企業帝国は物議を醸しているが、中国ではトランプ氏の商標に関する裁判が複数、棚上げ状態になっている。中国政府は、裁判所が共産党の影響下にあるという事実をはばからずに認めている。
(中略)
トランプ氏の商標登録の場合、必要な手続きは昨秋、派手な告知もなく迅速に行われ、裁判はトランプ氏の勝利で先週、集結した。
(同上)
習近平は、裁判所を動かして、トランプの司法問題を解決し、喜ばせたと。さすがは「人治国家」中国。
3つ目の理由は、
3.必要な時まで声は荒げずこれは、何でしょうか? トランプさんは、明らかに中国を挑発していました。しかし、中国は、挑発に乗らなかった。
大統領選挙活動中ずっと、中国を泥棒だとか貿易の強姦魔だと呼び、台湾について中国が頑なに守り続けてきた立場に挑み、中国を侮辱し、脅し続けたのだ。政府関係者はまた、南シナ海での取り組みを強化すると警告もしていた。しかしその間中ずっと、中国政府は鉄の如き自制心と抑制力を見せていた。
(同上)
中国政府は鉄の如き自制心と抑制力を見せていた。
実に立派です。これぞ「老子の戦略」ですね。
4番目の理由。
4.台本に納得するまでは語らずこれは、トランプが「『一つの中国』の原則」を認める状況になるまで習近平は登場しないということ。
ついにトランプ大統領と習国家主席との電話会談が実現した時、中国は自国が大切にしてきた「一つの中国」政策への米国の支持をあらためて取り付け、2人の出会いを尊厳あるものにもできた。習国家主席が決然とした忍耐強い役者であるという評判は、より一層高まった。トランプ大統領は、台湾について新しい立場を取ると話していたが、そのような発言は控えるに至った。
(同上)
5番目の理由。
5. 甘い言葉は効果があるところでこれは、「協力できるところから、協力関係を深めていこう」ということ。アメリカと中国が協力できるのは、もちろん「金」がらみ。ターゲットは、親中「財務省」、フラフラ「国務省」です。
この電話会談以降、米中政府間では活発なやり取りが行われている。新たに財務長官に就任したスティーブン・ムニューチン氏は、中国の主要人物複数と経済政策について協議しており、ティラーソン氏も中国の外相である王毅外交部長や上級外交官の楊潔? と会談を行っている。中国政府は、「習主席とトランプ大統領の間で達した合意」、つまり「不衝突、不対抗、相互尊重、相互利益への協力」を特徴とした関係の実現について協議を始めている。
(同上)
6番目の理由。
6. 可能なものを与えよこれは、「口で言うだけでなく、実際にアメリカに与える」と。
実際面では、相互利益というのはつまり、可能な際は常に譲歩や協力をするということだと中国は理解している。そして米国が懸念するある領域において、中国は協力する意思をすでに示している。北朝鮮からの石炭を輸入停止にすることによってだ。
(同上)
ホントに輸入を停止しているか、大いに疑問ですが…。少なくともトランプ政権は、信じているのですね。
7番目の理由。
7. 相手の弱みを自分の強みにこれは、何でしょうか? RPEでも何度か触れましたが、「評判の悪いトランプさんと『逆』のことをする」。具体的には? トランプは、「ナショナリスト」なので、習近平は「私はグローバリストです!」と宣言する。「中国の夢!」(=ナショナリズム)は、どこにいっちゃったのでしょう?
世界の舞台では、習主席は、自分がドナルド・トランプとは違うということを巧みに示した。ダボスでの世界経済フォーラムで、習主席がグローバル化と自由貿易を擁護したのは有名な話だ。
(同上)
というわけで、習近平政権は、トランプが大統領になってから、「国をあげて」アメリカ新政権「懐柔」に奔走してきました。そして、大成功をおさめた。BBC、キャリー・グレイシー中国編集長は、「中国の勝利」と断言しています。
こうした戦術でこれまで上げてきた効果について、中国政府は非常に満足だろう。しかしこれは複数参加型の多面的なゲームで、長期的には多くの危険や罠が存在する。中国は、危険をうまく中和し、トランプ大統領就任1ヶ月目という機会を巧みに利用した。第一ラウンドは中国が勝利した。
(同上)
しかし、キャリー・グレイシーさんは、「戦術」的勝利とはっきり書いています。中国は、依然としてアメリカの戦略上「最大の敵」であることに変わりありません。ですから、米中関係の平穏は長続きしないでしょう。
日本外交は、常に慎重に
というわけで、トランプの厳しい反中姿勢を軟化させた中国外交について見てきました。トランプを軟化させるために、「国をあげて」取り組む姿勢は、実に見事です。
日本では、「習近平は、バカだ!」「中国は、もうすぐ崩壊する!」「中国は、民度が低い!」」などといった話が喜ばれます。しかし、実状を知っている人は、「まったく侮れない」ことを理解しています。正直、外交力、工作力、諜報力で、日本は中国の足元にもおよびません。
「プーチンを悪魔化させ、米ロ関係を破壊する。トランプの身内を懐柔し、米中関係を改善させる。結果、米ロを戦わせ、中国は漁夫の利を得る」という中国の作戦は、現状成功しています。日本は、アメリカとの関係をさらに改善し続け、ロシアと和解し、中ロを分断し、その上で、中国を挑発しないよう、常に慎重であるべきです。
※ 出所はこちら
→中国の対トランプ戦術、実際の効果のほどは?
image by: Albert H. Teich / Shutterstock.com
『ロシア政治経済ジャーナル』
著者/北野幸伯(記事一覧/メルマガ)
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出典元:まぐまぐニュース!