2月3日に行なわれたバイエルン対シャルケ戦の前半17分。バイエルンのセンターバック、ジェローム・ボアテングが、ペナルティエリア内で犯したファウルにより一発退場となった。PKを得たシャルケ。ライン上では両チームの選手たちが位置取りのためにうごめき、審判がそれをコントロールしようとしている。いたってよくあるシーンが繰り広げられていた。

 ふとバイエルンのベンチ前に目をやると、グアルディオラがシュバインシュタイガーを呼び何やら話をしている。一人少なくなった後の戦い方、システムについて話し合いをしていることは想像に難くない。ベンチ前から少し視野を広げると、そこにはPKのプレイに加わらないのであろう、内田篤人が立っていた。

 しばらくすると、内田はゴール前ではなく、バイエルンの話し合いに参加するかのようにそのベンチ前に寄っていった。グアルディオラが「あっちに行け」とばかりに内田の頭をはたく。表情までは見えないが、内田は「てへへ」とでも言いたそうな素振りでその場を去った。ほどなくしてシャルケのチュポモティングが放ったPKは外れた。

 内田がそのときの行動を説明する。

「あそこにいたら、(グアルディオラとシュバインシュタイガーの)話が聞こえてきてさ。4−4−1にしようとか話していた。だからベンチに近づいていったら、監督に『ゴー・ホーム!』って言われたよ」

 相手の作戦会議への参加を試み、追いやられたというわけだ。もちろん、本気でスパイをしようとしたわけではない。

「(グアルディオラは)めっちゃ、笑っていたよ。そういうユーモア、必要でしょ? 日本人にも」

 振り返った内田はとても嬉しそうだった。

 記者席がちょうどバイエルンベンチの真上にあったため、そのシーンをつぶさに見ることができた。他の日本人選手にはちょっと考えられない余裕と図太さ、そして内田が自ら認めたユーモアの精神に遭遇した、珍しい光景だった。

 すっかりシャルケでの、さらにはブンデスリーガでの立ち位置を確保した感のある内田。しかし、だからこそシャルケの現状には不満もある。この日は10人になったバイエルンを相手に勝ちきれなかった。

「1点は取られると思っていたけどね。だって(相手が)10人になっても俺らはボールを回されるし、ゴールの形、シュートまでもって行く形がキレイだもん。すごいなと思う。人数が足りていても、やっぱり守れないと思うもんね」

 早い時間帯に数的優位になりながら、確かに決してラクな試合にはならなかった。だからなのだろうか、結果的に1-1の引き分けには、喜びや安堵の雰囲気が見られた。選手が揃ってシャルケサポーターに挨拶に行く際も、負けたときのものではなく、勝ったときの雰囲気に近かった。内田にとってはそれが不満だった。

「俺、思うんだけど、相手が10人でも引き分けでよしと思っていたら、ずーっとバイエルンには勝てない気がするんだよね。悔しくて、勝たなきゃと思うようになっていかないと、この先も勝てないと思う。バイエルンはいいチームだし強いけど、そこに俺ら、食い込もうよって。ヨーロッパリーグを目指すチーム(リーグ中位という意味)じゃないしね」

 今季の序盤、ホームでバイエルンに1−1と引き分けた際も、内田は話していた。

「これがドルトムントだったら、(バイエルン相手の引き分けを)悔しがるんだろうな......」

 実際には今、「バイエルンを倒す」と現実味をもって語ることはなかなか難しい。チャンピオンズリーグ常連のシャルケでさえそうなのだ。そんな中で内田は、ドローを悪くない結果と捉える雰囲気に、はっきりと違和感を覚えていた。

了戒美子●文 text by Ryokai Yoshiko