30歳を超えると平均睡眠時間は7時間を切る

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夜なかなか眠れない。眠っているつもりでも実は熟睡できていない……。そのせいで、昼間あくびを連発していませんか。眠くて仕事に支障が出ていたら、すでに危険信号です。

睡眠」に悩む人が増加している。

それに呼応するように、この4月、厚生労働省は2003年に策定した「睡眠指針」を11年ぶりに改定した。新指針では若年・勤労・熟年の3世代別に睡眠の注意点やアドバイスが盛り込まれた。多忙な勤労世代には、「睡眠不足は結果的に仕事の能率を低下させるため、十分な睡眠を」と呼びかけ、「日中の眠気」が睡眠不足のサインだとしている。

近年、「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」が原因とみられる事故が頻繁に報道され、睡眠障害の問題がクローズアップされてきた。SASは特に中高年男性に多いとされ、まさに勤労世代を不安にさせる病である。実際、日中の激しい眠気に悩まされて医療機関を受診し、この病が判明する男性は多いという。

あなたのその眠気の裏に、深刻な病気が隠れている恐れがある。たかが睡眠と片付けず、気になる症状をチェックしてみよう。

睡眠にまつわる研究は、21世紀に入ってどんどん進歩し、睡眠障害の治療法も大きく変わりつつある。睡眠について正しい知識を学び、適切な判断と対処を行えば、「快眠」は必ず訪れるはずだ。

■「不眠大国ニッポン」は本当か?

「わが国の5人に1人は不眠症。日本は不眠大国だ」という文言を、テレビや新聞でよく見聞きする。これは本当なのだろうか。もしそうだとしたら、快眠のためにはどんなことに気をつけるべきなのか。国立精神・神経医療研究センターの三島和夫氏に話を伺った。三島氏によれば、不眠症が増えているとは言い切れないという。

「5人に1人、つまり全国民の20%が不眠症だという数字は、2000年に行われた厚生省(当時)による『保健福祉動向調査』が根拠になっています。これは3万人を対象にした大がかりな調査でしたが、設問が『不眠症状がありますか』というように範囲を広くとったものだったため、実際に不眠症で困っている人の実数より多めに出てしまった可能性があります」

さらに最新の定義では、不眠症状があるだけでは「不眠症」とは言えない。不眠症状に加えて、日中眠くて仕事にならないとかイライラするといった、QOL(生活の質)の低下があって初めて「不眠症」と診断されるのだ。この定義によれば、本当の不眠症は10%程度だという。諸外国の平均は6〜7%なので、やや高いとは言えるが、特に日本人だけに不眠症が多いわけではないようだ。

「ただ不眠症とは異なりますが、日本人の睡眠不足が国際的に見てかなり深刻なのは確かです」

睡眠不足によって高血圧、肥満、糖尿病のリスクが高まるなど、健康に与える悪影響が明らかになってきた。また日中の眠気が原因で、仕事の効率が落ちたり、重大な事故が起こることもある。このような睡眠不足に起因する日本国内の経済損失は、なんと年間3兆5000億円と試算されている。やはり睡眠をおろそかにしてはいけないのだ。

そこで気になるのが、「自分の睡眠は大丈夫か」だが、三島氏は言う。

「『理想的な睡眠時間は何時間だと思いますか』と聞くと、ほとんどの方が8時間と答えます。でもこれにはまったく根拠がないのです」

なぜなら加齢とともに、必要な睡眠時間は減っていくからだ。8時間ぐっすり眠れるのはせいぜい中学生くらいまで。30代ですでに7時間を切るし、70歳近くなれば6時間前後が普通になる。夜中に目が覚める「中途覚醒」も当たり前に起こるようになる。しかも必要な睡眠時間は個人差が大きいため、誰もが1日8時間以上眠らなければいけないというのは間違いなのだ。

「十分な睡眠をとっているかどうかは、時間の長短ではなく、昼間の眠気や倦怠感のあるなしで判断すべきです」

若いころのように7〜8時間連続で眠れなくなったことで、「眠れない」という焦りを抱いてしまう人は多い。このような人は、「眠くなくても暗闇で横になっていれば、いずれ眠くなる」と考え、早めに布団に入る。ところがこれが、不眠の原因になってしまうという。

「本当に必要な睡眠時間はほぼ足りているうえに、眠ることに緊張や不安を持っているから、なかなか寝つけない。そのうち、『寝室=眠れない場所』という条件づけをしてしまうのです」

この悪循環を断ち切る方法は単純で、「本当に眠くなるまで布団に入らない」こと。10分たっても眠れない場合は寝室から出て、ほかのことをする。次の日は寝不足になるだろうが、それでも決まった時間に起床し、昼寝はしない。そうすれば人間の体は必ず睡眠不足を取り戻そうとするから、だんだんと夜眠れるようになっていく。同時に自分で日記や表に睡眠の記録をつけていくと、「意外と眠っている」「これくらいの睡眠時間でもけっこう大丈夫」と自覚できるようになっていく。

この治療法は「認知行動療法」と呼ばれ、欧米では20年以上前から行われ、日本でもこの数年で急速に広まってきた。この方法で不眠に対する緊張感や不安感、長年の誤った習慣などが取れると、過剰な覚醒が治まっていくことが実証されている。

「この治療法を続けていくと、自分で不安を緩和できるという『自己効力感』が持てるようになります。その時点ですでに、不眠症治療は8合目を迎えている。つまり不眠症というのは、睡眠がセルフコントロールできない不安感から不眠恐怖が強まる、とても主観的な病気なのです」

だがその一方で、不眠をあなどってもいけない。倦怠感や集中力低下など、日中の問題が週3回以上、かつ4週間以上続くようなら、受診を躊躇しないほうがいい。なぜならそれくらい不眠が続くと、自然に治る可能性は極めて低くなるからだ。たとえば精神的なショックが原因で、一晩中眠れなかったというようなケースでも、だいたい数日から2週間程度で自然と治ることが多い。だがそれ以上長く続くと、体の中で変化が起こってくる。

■「心の問題」が「体の病気」に移行

「健康な人は眠る2時間くらい前からメラトニンという眠りを誘うホルモンが分泌され、副交感神経が優位になり、手足の血管が拡張して体の熱を逃がし、脳の温度が下がります。これと並行して、覚醒を維持する副腎皮質ホルモンの分泌が少なくなり、眠る準備が整う。ところが慢性不眠の人を調べてみると、夜間の脳の温度や覚醒ホルモンの分泌もなかなか落ちない。こうなるともとの不眠の原因が解決しても、体の覚醒度が高まっているため不眠は改善しにくくなります」

つまり最初はストレスなど「心の問題」だったのが、不眠が続くうちに「体の病気」に移行していってしまう。図は厚生労働省精神・神経疾患研究委託費研究班が作成した睡眠問題があるときの鑑別診断のフローチャート。これを参考にセルフチェックをし、該当するものがあれば医療機関を受診すべきだ。

「治療においては薬を使ってでも、とにかく眠るという経験をするのが大事。睡眠薬は必要なときに適切に使って、治ったら減薬・休薬するのが基本。実際、睡眠薬を服用した8割以上の人が1年以内に、7割が3カ月以内に治療が終わっています。特に新しいタイプの睡眠薬は依存リスクも少なく過剰に心配する必要はありません」

不眠は神経質になってもダメ、甘く見てもダメ。最新の知識をもとに、上手につきあってほしい。

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国立精神・神経医療研究センター部長 三島和夫
ヒトの睡眠・体内時計の調節メカニズムや睡眠覚醒障害の病態生理と診断治療法の開発を専門とする、睡眠のスペシャリスト。不眠症の診療ガイドラインの作成や厚生労働省の研究班などのスタッフとしても活躍。著書に『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人共著)

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(長山清子=文 澁谷高晴=撮影)