『円安シナリオの落とし穴』(日経プレミアム)。為替の値動きの仕組みがわかり易く書かれている解説書。最前線で活躍する著者ならではの臨場感あふれる現場のエピソードも盛り込まれ、どんどん引き込まれる。金融の知識が少しあるビギナーから、為替関連商品を扱うプロにまで役立つ2013年最高の為替の教科書だ

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円安効果による輸出企業の業績回復、円高による輸入エネルギー価格の高騰、FX(外国為替証拠金取引)で大儲け! 日々ニュースなどで耳にする為替の話題。相場の変動によって一喜一憂する人がいることはわかっていても、為替レートを考えるのはせいぜい海外旅行の時で、普段はあまり自分事としては感じないという人がほとんどではないだろうか。

そもそも為替相場は何で決まるのだろう? アベノミクス第1の矢と呼ばれる金融緩和で大幅な円安になったが、金融緩和することによって円安になるのがわかっていたなら、そこに投資して一儲けすることもできたのではないか?話題はよく耳にするのでわかったようなつもりになりがちだけれど、意外とわからない為替。一体、為替ってなんだ?

「為替は通貨の値段です。他のモノの値段と一緒で需要と供給で決まります」

答えてくれたのは野村證券のチーフ為替ストラテジストの池田雄之輔さん。円を欲しがる人が増えれば円高になり、減れば円安になるというのがもっとも単純な基本構造ということだ。

「色々な要素が複雑に絡んできますので、為替の動きをピッタリと当てるのは難しいですが、状況をしっかり分析できればシナリオを作り予測することは可能です」

それではアベノミクスの金融緩和で大幅ただでさえ安い円を予想して大儲けすることもできたと?

実はアベノミクスの金融緩和は、ある意味非常識なことをし、必ずしもうまくいくとは限らないものでした。ただゴルフでバンカーに捕まったときと同じで、キレイなフォームでボールをきちんと捉えようとしてバンカーから出すことが難しいのと同じように、恒常化したデフレから脱却すらためには思い切ったことをする必要があり、それが上手いこと功を奏しつつあるのです」

「そこにはたくさんの幸運が重なっていました。衆院選による政権交代、日銀総裁交代、参院選後のネジレ解消というイベントが次から次へと絶妙な間隔で重なり注目を集めました。その中、日銀がお金を刷れば円安になるんだという説を声高に唱える人がいたので、一種の偽薬効果のように多くの人が円安方向の投資に乗っかっていき易い状況ができたのです」

池田さんによると、いくら金融緩和をしても実際に市中にお金が流れなければ本来は大きく為替相場が影響を受けることはないという。しかし今回は材料が重なり一種の祭り状態になってしまったというのだ。

「プロのヘッジファンドといっても人間ですから、気分によって勢いが出てしまうこともあります。またヨーロッパの国債市場の混乱が収束したタイミングだったので、世界中の投資家が参加して事態を加速させました。そうした数々のラッキーな条件が重なった上での大幅な値動きでしたので、あの円安を完全に予測することは難しかったと思います」

ということはやはり素人が為替取引で儲けようと考えるのは無茶なのだろうか。

「ユーロのファンダメンタルズで勝負しようとしたら無謀かも知れませんね。時差のある17か国のニュースに個人で対応するのは無謀でしょう。でもFXをすることは悪いことばかりではありません。世界のマクロ経済、金融政策 、地政学的リスク、エネルギー価格、ヘッジファンドの心理的動きなど、本当に色々なファクターが絡んできますので、為替の動向を予測することは とても勉強になります」

「私が入社したとき『若いうちはエコノミストとして基礎を固めて景気の動向がわかるようになりなさい』と言われました。『それができるようになったら金利の予想ができるようになる』と。そして『それがマスターできたら為替の予想もできるようになるかも知れません』と言うのです。言わば為替の予測は究極の応用問題と言えなくもないのです。くれぐれも無理をしない範囲内ということを心得た上でFXをすれば、学べることはとても多いはずです」

実際にFX取引をしないまでも、大人の教養としての為替動向を学びたいのであれば、先日池田さんが出版された『円安シナリオの落とし穴』(日経プレミアシリーズ)は最適の教科書だ。為替の動向に関わりのあるすべてのファクターが丁寧にわかり易く解説されている。しかも最近あった記憶に新しい為替動向の事例が色々書かれているので、ニュースを見ながら感じたことなどを思い出しながら読むことができて面白い。

それでは最後に池田さんに2014年のドル円の動向をこっそり聞いてみた。

「2014年は2013年と比べるとわかり易い素直な相場になるでしょう。日本の貿易赤字が続いている限りは大きなトレンドとしては円安。加えて、景気指標を見ながらどこでアメリカの金利が上がっていくのかに注目してみるといいと思います」

このアドバイスを元に、2014年の新しいチャレンジとして為替の勉強を始めるのも悪くないかもしれない。その際はくれぐれも無理のない範囲での投資を!
(鶴賀太郎)