日本の常識、世界の常識/野町 直弘
キャッシュ重視の世界の常識と支払条件が所与の条件である日本の常識の違いについて書きます。

先日購買ネットワーク会の分科会に参加した時に興味深い話がありました。所謂「支払条件」のことです。「支払条件」とは「金融条件」とも言いますが、通常モノやサービスが納品、もしくは検収されてから何日以内(支払サイト)にどのような形態で支払を行うか、という条件です。

通常多くの日本企業の購買担当者は意識すらしていないでしょう。何故なら財務・経理部門が「こういう基準でやってください」というのをそのままサプライヤ
に適用させているからです。「支払条件」の支払の形態については伝統的には支払手形を使った支払が一般的でした。しかし、手形取引については「発行費用の削減」や「印紙税の削減」「事務負担の軽減」を目的に大企業を中心に減少傾向にあります。
2007年版の「中小企業白書」を読むと中小企業でも支払手形を減少させる予定である企業が調査対象企業の1/3を超えているようで、この傾向は日本企業全体に言えるようです。手形取引はどこに向かうのでしょうか。まずは現金取引でしょう。大手企業との取引が多い弊社でも取引の99%は現金取引です。(特にお願いはしていませんが)またファクタリングというサービスもあります。これは債権を金融機関が買取り、債権者に代わり回収を行うサービスだそうです。(そうは言ってもバイヤー企業側から依頼されて契約することが多いですが。)サプライヤ側は現金化するためには一定の利息相当分を負担することで現金化することが可能なサービスです。一方で電子債権というサービスも最近立ち上がったサービスです。これは従来の手形取引を電子化したもので電子債権記録機関が電子的な記録を行う取引だそうです。私も専門家ではありませんが、ネットワーク会では最近の傾向としてファクタリング、電子債権取引が増えてきているという話がでてきました。

しかし、これらの支払条件ですが、いずれにしても従来の手形取引に代わるものとしての話であり、多くの企業で支払いサイトなどの変更は自由にはできないというのが、一般的な日本企業の「常識」だと考えます。
手元に2007年度の中小企業白書の写しがありますがここには面白いアンケート結果が出ています。「複数の企業に対して同じ製品等を販売する際に、回収サイトの違いによって異なる価格で販売した経験」がある中小企業が29.2%存在しているのです。中小企業にとって支払いサイトが重要な要素であることが分かります。
また実際にサイトの違いによって異なる価格で販売したことがある企業数を大きく上回る66.6%の企業が「製品等を販売する際に回収サイトの変更に伴って価格を変更することが妥当」と考えている、そうです。つまり良い支払条件、サイトに対しては価格条件を変更(つまり安くする)ことはあり得る、ということなのです。それにも関わらず多くの日本企業の「常識」は支払条件は所与の条件なのです。

一方海外ではどうなのでしょうか。購買ネットワーク会でもこの辺りが話題になりました。中国では全額、もしくは半額、もしくは材料費分は前払いというのが一般的な条件のようです。これは現地企業間でも同様だそうです。一方日本のBtoBの取引で前払いという条件は、買い手企業側にとっては、受容できない条件です。最近では中国企業との取引においてはジャパンプレミアムと言って、日本企業が購買企業の場合にはある程度日本型の後払いでも信用ができてきているのでOKとなっているようですが、これも一般的な条件ではないようです。買い手である日本企業側は前払は基本的にNGです。ですから商社を噛ませたり、色々苦労しながら取引をやられているのが実態のようです。
米国では”2/10 net30”のように30日サイトの売掛金を10日以内に支払えば支払価格を2%割り引くというような企業間信用が一般的に存在するそうです。つまり支払い条件の柔軟な設定をコスト削減などの材料にすることができるのが世界の「常識」なのです。

CCCという言葉を聞かれたことがある方はいらっしゃいますでしょうか。これはキャッシュ・コンバージョン・サイクルの略であり、メーカーであれば材料・部品を掛けで仕入れてから製品を製造し、掛けで販売し、その販売代金を現金回収するまでに要した日数、つまり1回のオペレーションが完了するまでに要した日数をいいます。当然のことながらこの日数が多い企業はその期間分のお金を持っていなければなりません。つまり自分が持っているキャッシュか、金融機関から借り入れたお金で賄うことになります。
欧米の経営者やCFOはCCCをかなり重要な経営指標として捉えています。実はこのメルマガでも何度も登場している米国アップル社ですが、CCCは2011年の数値で-(マイナス)61日になっているそうです。(「事業部門トップになる前に読む会計ブログ」http://blog.livedoor.jp/kaikeiseminar/archives/9047665.htmlより)

これはどういう意味を持っているのでしょうか。CCCがマイナスということは現金回収が先行し、支払が後になる逆のパターンなのです。つまり米国アップル社は製品の販売の61日前に製造に必要な現金を手に入れている(厳密には違いますが・・)ということなのです。驚くべきパフォーマンスです。このようなマイナスのCCCを実現するためには支払サイトは長いことが条件になります。世界の「常識」はこのように「キャッシュ重視」であり「支払サイト重視」経営なのでしょう。日本のシチュエーションとの違いに気が付かされます。

一方で日本企業においても「キャッシュ重視」「支払サイト重視」にならざるを得ない企業があります。中小企業の経営者はそうでしょう。同様に「キャッシュ重視」「支払サイト重視」にならざるを得ない企業は、そう再建途上企業です。私は以前再建途上企業さんの調達部門の支援をする機会がありましたが、ここの調達部門のプライオリティNo1は「前払い」条件の緩和でした。当然と言えば当然ですが、購買企業としての立場が弱いため、サプライヤにしてみると売ってあげている、状況なのです。こういう企業では再建途上の段階でサプライヤの営業部門としてみれば支払い条件を緩和したいが、社内のルールでどうにもならない、という状況も多く見られました。
こういう状況に陥ると否が応でも「世界の常識」に合わさざるを得ないというのは日本企業の信用力のメリットなのでしょうが、逆を返すとそこまで追いつめられないと意識すらしない、という状況が興味深く感じられる今日この頃でした。