なぜ、売りたいのに、わざわざ売れなくなるような言葉を発してしまうのだろうか。

(「老いの工学研究所」のHPに掲載したコラムを、転載しました。)

高齢者向けの商品を新しく発売することになった会社があり、その話を聴いたが、「高齢者はシニアとかシルバーとは呼ばれたくないので、そのような表現はしないようにしている」そうだ。高齢者市場に注目する会社は増加の一途だが、同じように考える会社は多い。確かに多くの人は30歳代くらいから実際の年齢と自覚している年齢が乖離していく傾向にあって、高齢者も10歳や20歳くらいは若い気分で暮らしている。したがって、年寄扱いされるのを嫌うのは当然で、アンケートをとってみれば「シニア、シルバーと言われたくない」と回答する。だから、そうは呼ばないというのだが、おかしな話だ。

お客様に買って頂くためには、「私には、この商品が必要だ」と自覚してもらわねばならない。売ろうとしている商品が高齢者向けなら、より多くの人に高齢を自覚してもらおうとするのが当然だ。なのに、「まだ、シニアなんていう年齢ではないですよねえ」などと若い者扱いするから、高齢者は「まだ必要ない」と思いこみ、結果としてその商品は売れなくなる。ターゲットが目の前にいるのに、「あなたはタッゲートじゃないですよ」と言っていたら売れるはずがない。ダイエット食品の販売員が、太った人に「スマートな体型で何の問題ありませんよ」と言うようなものであり、塾の講師が、成績のよくない子に「悪い点数をとったくらいで、悩まなくていいよ」と言うのと同じだ。

なぜ、売りたいのに、わざわざ売れなくなるような言葉を発してしまうのだろうか。問題は、売る側がシニアやシルバー、高齢者や老人という言葉にネガティブなイメージを抱いていることにある。「人の欠点を口にするものではない」「人が気にしていることを指摘してはいけない」と教えられて育ったが、年をとったことは欠点でも何でもないし、肉体や感覚が衰えるのも皆が同じように経験する当たり前のことである。それなのに、高齢者や老人を年老いたかわいそうな人たちだと考え、見下す。「弱い者イジメをしてはいけない」というのと、まるで同じ理屈である。高齢者向けの商品の販売に苦戦するのは、高齢者に自分がターゲットだと思ってもらえないからであり、その根本的な原因は、売る側の高齢者に対する視点や考え方にあるということになる。

もちろん、高齢を自覚させ、不安をあおるようにして、いらぬものまで売りつけるような行為はもってのほかであり、そういうやり方を勧めているのではない。また、介護度の進んだ生活弱者や貧困な高齢者がいるのも事実だ。周囲の高齢者もまた、衰えたとか体が痛いなどと口にする。しかし、これらは高齢者の一面でしかない。テレビや新聞はそういう面ばかり報じるから勘違いしてしまうが、現実には高齢者の非常に多くが、お金にも時間にも不自由しておらず、知恵も経験も豊富で、まだまだ判断力も向上心も十分に持つ幸福な人々だ。かわいそうだと考えたり、見下したり保護したりすべき対象だと決めつけるのは早計に過ぎる。

「顧客を育てる」時代である。いいものは、説明せずとも置いておけば売れるという時代ではなく、適切な情報を提供し続け、購入判断ができるようになるまで気付きや成長を促さねばならない。高齢者市場においても同じ。昔に比べれば、肉体的にも精神的にも若くなったと言われる高齢者に、せっかくの商品を買っていただくには、必要と分かるように説明することが重要なのである。それができるかどうかは、高齢者=弱者というパラダイムを転換できるかどうかにかかっている。