新規事業に失敗しない方法/小倉 正嗣
新規事業の多くは失敗する。その失敗の原因を経営者のパターンごとに分析し、成功の為の処方箋を書く。

?.新規事業の定義

企業が新規事業を立ち上げる理由としていくつか考えられるが、下記の様なケースが殆んどだろう。

?現状のビジネスの将来性に対して不安がある

?キャッシュが余っているため、将来に対しての投資として新たなビジネスを始める

?現業のマーケットが飽和しているので、次の成長への打ち手として始める。

?財務状況等の様々な理由から業容拡大の必要性があり、新規事業に進出せざるを得ない状況である。

いずれにせよ、すべて将来を見据えるという理由であり、企業活動において非常にポジティブなチャレンジであるといって良い。

しかし極めて残念なことに、新規事業に着手し成功する可能性というのは実に低いと言わざるをえないのが現実だろう。あくまでも推定にすぎないが、新規事業の発案レベルからカウントするならば、新規事業の失敗の確率は95%位なのではないだろうか?理由は様々考えられるが、新規事業が立ち上がり順調に収益を上げ、本業の収益にプラスの寄与をするステージまで持っていける可能性は極めて低いと言わざるをえないだろう。

本コラムにおいては、これから「新規事業に失敗しないために」と題して2回に分け、新規事業の失敗の理由、新事業の立ち上げに関して考えるべきことや注意点などについて書き記していきたいと考えている。

まず最初に考えたいことは、新規事業の定義についてである。世に新規事業と銘打つ事業はたくさんあるが、定義がかなりマチマチであり明確な定義がないように感じている。新規事業を論ずるに際し、仮にとはいえ本コラムにおける新規事業の定義を明確にしておきたい。

一般的に企業の成長戦略を語る際に必ず使われるフレームワークがアンゾフの製品市場マトリックスだろう。



製品と市場の二軸、新規と既存の二軸を元に表を作り各々を「市場浸透」「製品開発」「市場開拓」「多角化」に分類するマトリックス。事業拡大の進むべき方向性を考えるに際して実にシンプルでわかりやすいフレームワークである。

さて、そこで新規事業を考えるのだが、市場浸透戦略のことは当然のことながら新規事業とは言わない。次の製品開発戦略に関しては複数の考え方があるだろう。既存事業のカテゴリー内の新製品開発は、日常から脱した新たなステージとは言わないため、新規事業とは言えないだろう。逆に想定顧客が全く異なる新製品開発は多角化戦略と同義になるのでこれは新規事業と言ってよい。では市場開拓を伴わない新製品開発戦略はどうだろうか。

ここで、アサヒビールを事例として考えてみよう。2007年ころに発売したカゴメとの共同開発商品の「トマーテ」。開発にはかなりの時間を要したとの現場の言もあるが、これは新規事業といえるだろうか?あるいは、先日発売されたスーパードライの黒ビールであるドライブラックを開発したケースはどうだろうか?トマーテの場合は、カゴメとのアライアンスと言う要素、野菜のカクテルというそれまでに手がけていないカテゴリーの製品開発、ターゲットとなる顧客セグメントがビールと大きく異なることを考えると新事業と言ってよいと考える。しかしドライブラックは、従来のスーパードライと比べてターゲットが大きく変わるわけではなく、流通も特に変更なく、他社の協力を仰いだという情報も出ていない。変更点は、素材とプロモーションだけである。従って、新事業というよりやはり新製品開発領域のチャレンジであると考えるのが正解であると考える。

上記アサヒビールの事例から考えると、新事業と考えられる新製品開拓の定義は、従来と異なるアライアンスパートナーとの事業展開、新しいカテゴリーの製品・サービスの開発による新しい顧客ターゲットの開拓、流通経路の大幅な変更を伴う新製品開発を指すと考えて良いのではないだろうか。平たく言うと戦略ドメイン上の「誰に」「何を」「どのように」の複数の要素について新しい取り組みを行う場合に新規事業であると一旦は定義可能であると考える。2つの新しい取り組み、1つの既存リソースであれば、既存シナジー型の新規事業であるし、3つとも新しい取り組みであれば、既存事業とは切り離された、完全なる多角化型新規事業と言える。

基本的には新規事業と言う存在は、その企業内のリーダーが新たな事業を興すと決めた時に発生し、企業内部で新規事業と定義づけられるため定義は主観的且つマチマチであると言わざるをえない。従って上記の新規事業の定義はあくまで当コラムの内部における筆者の定義と考えて頂きたい旨を最初に断っておく。

?.新規事業を失敗させる罠

筆者は、今までいくつかの新しい事業の立ち上げを経験した。また、経営コンサルタントとして起業に関与した数も相応にある。その中で感じているのは起業に比べて新規事業のほうが圧倒的に有利な条件でスタートできるにも関わらず、失敗するケースが多いということだ。

新事業の立ち上げが起業に比べて有利であることは言うまでもない。新規事業はあくまでも企業内部の存在である。バックボーンとなる企業があり、まずは借入金ではなく出資という形で始められる。企業内の一部署としてスタートした場合などには、従来のプロセスと同じ予算取り方法を踏襲するため、必要な資金を得ることにそれ程の苦労は要らない。金融機関を駆けずり回り、親族一族に頭を下げ、事業計画書にダメ出しをされ、失望と希望の間で揺れる起業時の資金調達に比べてどれだけ恵まれていることか。

人材に関しても、一定レベル以上の人物をアサインさせてもらえることが多い。経営者自らが旗を振って始める新規事業の場合、社内でもトップレベルのパフォーマンスを出すプレイヤーのアサインメントや、社外から新規事業担当として優秀な人物を招致することも可能である。

もちろん執務スペースも起業に比べると圧倒的に有利な状況であることは言うまでもない。事務用品や消耗品などは言うまでもなく、倉庫や共有スペース、社員食堂なども完備された既存企業から流用することが出来る。自宅の一室からスタートするケースや、インキュベーション施設の一室からスタートするスタートアップ時とは比較のしようもない状況である。

ヒト・モノ・カネすべての要素で企業内の新規事業の方がスタートアップよりも有利であることはこれ以上述べるまでもないだろう。

新規事業の立ち上げに成功し、スピンアウトで起業するという形は、従業員側から考えてみると理想的な自己実現方法といえるかもしれない。何よりも自らの生活の悪化というリスクが殆どの場合考えにくいからだ。ただ、この環境自体が落とし穴であることはこれまでの文脈から捉えて頂くことが出来ただろう。

新規事業であれ、スタートアップであれ、ゼロをイチに変えるという非常に大きなエネルギーが必要である。そのエネルギーがどこから捻り出されるかというと、スタートアップの場合は非常にわかりやすく、夢や理念、そしてリスクへの抵抗だ。企業内の新規事業の場合はどうだろうか?もし、自らが発案した事業の実行を任された場合にはまだ夢や理念が明確にあるかもしれない。しかし、社命により新規事業を任された人物にはそれすら無い。その上、リスクへの抵抗というハングリーさが環境上全く得られないのである。

また、責任者となる人物の性質にも大きな差がある。起業家は起業した時点でリスクテイカーであり、自らの理念と生活の安定を天秤にかけて、理念である自らの「WANT」を重視する人物である。一方で新規事業の担当者は多くの場合会社員である。ハイインセンティブな企業の所属であれば一定のリスクテイクへの気概はあるものの、多くの日本企業の場合そのような環境すら極めて稀である。人生を賭してまでやりたい自らの「WANT」は持ち合わせていないケースが多い。リスクへの抵抗をする以前に、リスクにチャレンジをしないのである。

新規事業の立ち上げに際しては、スタート時のエネルギーをどのようにして捻り出すのかが最も重要なファクターであり、如何に最大エネルギーを発揮できるインセンティブを与えるかが成功への分かれ目となる。スタートアップにおける夢や理念、リスクと同等のエネルギーを生み出すインセンティブを会社員に与えるのが容易でないことが、新規事業の失敗率の高さを物語っているのだろう。

むろん、人による素養の違いがあることは否定出来ない。任せる人を間違えた場合には悲劇である。夢々学歴や既存事業の実績などで新規事業責任者を決めてはいけないのである。

?.経営者のパターン別新規事業の注意点

さて、前回までで、新規事業の失敗理由の多くが任せられる人の問題である点を提起した。起業家に比べ圧倒的に有利な条件のもとで進められる新規事業であるにもかかわらず、うまくいかないのは新規事業責任者の熱意の欠如と甘えが最も大きな理由であるといって良いだろう。

もう一つ考えられるのは、経営者側の問題である。まず、経営者のバックボーンには3種類あると考えていい。自らが創業社長であり、ビジネスの立ち上げ時の厳しさを社内で最もよく知っている人物である場合が1つ目、自らは後継経営者であり先代から引き継がれる内容のキャッチアップを行なってきた場合が2つ目、3つ目はサラリーマン社長の場合である。ここにもう2つのファクターを加えるとするならば、上場非上場の区分と企業規模による区分があるが、これに関しては今回は深くは言及しない。 三者三様の立場の違いは、新規事業の立ち上げの際に最も影響のあるファクターであると言えるだろう。各々の立場による新規事業立ち上げの失敗事例を考えてみたい。

?創業社長の企業における新規事業の立ち上げの場合

この場合、創業社長自らが陣頭指揮を取るのが最も好ましいだろう。ソフトバンクの孫社長やファーストリテイリングの柳井社長がその好例といえる。(柳井社長は厳密には創業社長ではないが、現在のユニクロの基盤を作ったと言う意味では創業社長と考えることにする。)創業者が既存事業に成功している場合、明確に創業者が社内で最も優秀なビジネスマンであり、その人物が新規事業の陣頭指揮を取るのが言うまでもなく成功確率を最も高くする手法である。その場合であったとしても、必ずしも成功するとは限らないが創業者自らのチャレンジであるならば可能性が高いことは言うまでもない。問題は、創業社長が既存事業に多くの時間を割かざるをえない場合、社内の別の人物に新規事業を任せるケースである。あるいは新規事業の領域について創業社長があまり詳しくない場合などにも任せるケースは考えられる。

このような場合、創業社長が自らの成功体験に引きずられるあまり、垂直立ち上げや1年以内の黒字化などを要求する場合がある。自らが創業した際には、ヒト・モノ・カネ全てが足りない中でのスタートアップであったことから、少なくともその全てが一定水準で満たされている新規事業がうまくいかないはずがないと言うのがその根底となる理屈である。 しかし、残念ながら素直に二匹目のどじょうが釣れてくれることは極めて稀だ。本人の力量や執念もあるだろうが、同時に時流と運、そして周辺環境というものも重要な要素であったはずである。任せた人物が思うような結果を出せず歯噛みをするシーンも多いことだろう。

失敗への序章は、任せた新規事業責任者の飾り立てた報告から始まる。事業責任者とその周りを取り囲む参謀は、垂直立ち上げへのプレッシャーに苛まれ、失敗した場合の自らの立場を鑑み、少しでも事業がうまくいっている様に数々の言い訳と飾り立てた報告書を上げてくることになるだろう。 事業計画書などは、正直な所数字のお遊びにすぎない。砂上の楼閣である売上と利益により、数年で投資に対しての回収が可能となる絵となっているはずである。 そのうち徐々に徐々に計画書との乖離が見え始めるが、責任者は様々な他責の理由をつけて計画書を後ろ倒しの方向にリバイスしてくるだろう。そうなったら、結末までは申し上げる必要はない。

経営者は、現実を知らぬまま新規事業からの撤退を宣告せざるを得ないのである。 ここまでわかりやすくダメな失敗事例になることは少ないだろうが、多かれ少なかれこのような状況に陥る新規事業は多いのが現実だ。 原因は明確に経営者にある。経営者が起こす過ちは以下の点である。 1)過去の成功体験から派生する、成功への過度の盲信 2)事業計画書レベルでのコミュニケーションに終始し、KPIレベルにまで落としたコミュニケーションが出来ていない(あるいは出来ない) 3)現実的な計画より、耳心地のよい垂直立ち上げ計画を好む。

これでは任せた方以上に、任されたほうが不幸である。

<下巻>に続く