「王様」という新しいコスト削減手法がある/坂口 孝則
これまで語られることのなかった。「王様」コスト削減。調達・購買の世界に新たな風が吹こうとしている。それはすべてを破壊しつくすコスト削減手法ではあるのだが−−。
むかしむかし、ほんとうにむかしのお話です。
購買王国の王さまは、4月になるとたくさんのサプライヤーを集めては「今年度のテーマは調達改革です」というのでした。毎年ずっと同じことを繰り返すので、サプライヤーのみんなは「あそこの調達改革っていうのはいつ終わるんだろうね」と不思議でした。購買王さまは「生き残りをかけて取り組みます」「おそろしい海外勢とたたかうためです」と何度もいうのでした。サプライヤーのみんなは、口には出せませんが「生き残りをかけるったって、王さまはあと3年で定年じゃないか」と思っていました。
王さまは「もし、ウチのやり方で改善すべきことがあったら、いつでも言ってきてください」とサプライヤーに言いました。すると、サプライヤーのひとりが手をあげました。「この前、王さまの部下である購買平民が、ぼくたちに『1万個発注するから』といったので1万個生産したら、まだ2000個ほどの注文しかなく、在庫がぱんぱんです。どうしたらいいのでしょう」と泣きそうな顔でうったえました。
王さまは腕を組んで、しばらく考えて答えました。「はい……。それは善処しましょう。考えます」。サプライヤーはそれに質問しました。「善処っていうのはどういうことですか?」。すると、その隣のサプライヤーが突然立ち上がり、質問したサプライヤーを怒鳴りはじめました。「購買王さまのいう、『善処』『考える』っていうのは、何もしないってことなんだ! キミは何年サプライヤーをやっているのかね!」。さすが、王さまのサプライヤーは教育が行き届いています。不埒なことをいうサプライヤーは、違うサプライヤーから教育的指導を受けるのです。
さすが、さすが。
まだ購買王さまのスピーチは続きます。「私たちは、運命共同体です。困りごとがあったら、いつでも相談してください」。すると、違うサプライヤーのひとりが手をあげました。「納入製品価格の値上げを許してほしいんですが……。実は、それが一番の困りごとで……」。このサプライヤーも泣きそうな表情でした。
王さまは腕を組んで、しばらく考えて答えました。「なるほど……。それは担当者の購買平民には相談していただけましたか? きっと彼なら親身に相談に乗ってくれるはずです」。すると、サプライヤーは「いや、なかなか話すらできる機会がなくて」と涙目です。すると、今度は違うサプライヤーが立ち上がり、またしても質問したサプライヤーを怒鳴りはじめました。「お前、何を質問しているんだ! 値上げ申請の電話にはそもそも出ないっていうのが、購買担当者さんの価格抑制スキルだろう! キミは何年サプライヤーをやっているのかね!」。さすが、サプライヤー間の教育指導がまたしてもなされました。
ほんとうに、さすがです。
でも、彼の怒りは収まらないようです。「そもそもなあ、値上げしたいときは、購買担当者さんにバレないように、こそっと見積書を書き換えるものなんだ! または、購買担当者さんを居酒屋に誘って、なし崩し的に値上げを認めさせるんだ! そんなことも知らないのかッ!」
そして、まだ購買王さまのスピーチは続きます。「ということでサプライヤーのみなさま、私たちの意気込みがわかっていただけたと思います。これからはスピードの時代です。意思決定も素早くし、サプライヤーのみなさまと時代の変化にスピーディーに対応したいと願っております」。すると、ひとりのサプライヤーが手をあげました。「王さま、そんなことよりも、昨年の巨大案件はどうなったんですか? 担当者さんからは『もうちょっと待って』と言われて半年が過ぎました」。
王さまは、その質問には即答しました。「いや、実はその巨大案件こそ、われわれの調達改革のシンボルなのです。実は、これまでサプライヤーさん決定までに30プロセスを費やしていました。つまり、30人の承認者がいたわけです。しかし、その案件からはなんと29プロセスに減らしました!」。すると、王さまの隣にいた購買家来が、王さまに耳打ちしました。「もう28プロセスまでいっています」。王さまは自信満々に「このスピーディーさ。これをみなさまにも見習っていただきたい」。
すると、こともあろうことか、違うサプライヤーが王さまに怒鳴り声をあげました。「こっちには、『見積りを早く出せ!』っていうくせに、そちらの意思決定はいつまでたってもチンタラしてるじゃないか! 1プロセス減ったくらいで、何がスピーディーだ!」。これは謀反に近い、あってはならないことです。まわりのサプライヤーたちは、その謀反者を非難しはじめました。「王さまがせっかく改革の成果を説明しているのに、お前はなんてことをいうんだ!」「そうだ! どうせ、調達改革なんて、たいしたことないって知ってるくせに、今さら何をいっている!」「この王さまだって、あと3年で定年なんだ! たいしたことができるはずがないだろう! それくらい理解しろよ!」「調達王国が、一つでもプロセスを変えたんだ。それだけでも賞賛ものじゃないか!」。罵声は続きました。
ということで、謀反を起こそうとしたサプライヤーは殴打され、消えていきましたとさ。
めでたし、めでたし。
王さまはスピーチが終わると、ふう、とため息をつきました。
そして、「革新者は理解されない、私のようにね」とつぶやきました。
…………………………………………………………………………………………
もちろん、上記は架空の国での出来事である。ところで、意外に知られていないことだが、小泉元首相が有名にした「構造改革」という言葉は、実はほとんどの首相の所信表明演説で使われてきた。日本は(もちろん皮肉だけど)構造改革ばかりだったということになる。構造改革を叫ぶのは良い。ただ、構造改革を実施する素地があまりに杜撰だったら、その言葉はなかなかサプライヤーに響かないだろう。もちろん、私は真剣に調達・購買改革に取り組んでいる企業をたくさん知っている。ただ、改革を叫ぶそばで、サプライヤーから冷ややかな目で見られていないことを祈る。
むかしむかし、ほんとうにむかしのお話です。
購買王国の王さまは、4月になるとたくさんのサプライヤーを集めては「今年度のテーマは調達改革です」というのでした。毎年ずっと同じことを繰り返すので、サプライヤーのみんなは「あそこの調達改革っていうのはいつ終わるんだろうね」と不思議でした。購買王さまは「生き残りをかけて取り組みます」「おそろしい海外勢とたたかうためです」と何度もいうのでした。サプライヤーのみんなは、口には出せませんが「生き残りをかけるったって、王さまはあと3年で定年じゃないか」と思っていました。
王さまは腕を組んで、しばらく考えて答えました。「はい……。それは善処しましょう。考えます」。サプライヤーはそれに質問しました。「善処っていうのはどういうことですか?」。すると、その隣のサプライヤーが突然立ち上がり、質問したサプライヤーを怒鳴りはじめました。「購買王さまのいう、『善処』『考える』っていうのは、何もしないってことなんだ! キミは何年サプライヤーをやっているのかね!」。さすが、王さまのサプライヤーは教育が行き届いています。不埒なことをいうサプライヤーは、違うサプライヤーから教育的指導を受けるのです。
さすが、さすが。
まだ購買王さまのスピーチは続きます。「私たちは、運命共同体です。困りごとがあったら、いつでも相談してください」。すると、違うサプライヤーのひとりが手をあげました。「納入製品価格の値上げを許してほしいんですが……。実は、それが一番の困りごとで……」。このサプライヤーも泣きそうな表情でした。
王さまは腕を組んで、しばらく考えて答えました。「なるほど……。それは担当者の購買平民には相談していただけましたか? きっと彼なら親身に相談に乗ってくれるはずです」。すると、サプライヤーは「いや、なかなか話すらできる機会がなくて」と涙目です。すると、今度は違うサプライヤーが立ち上がり、またしても質問したサプライヤーを怒鳴りはじめました。「お前、何を質問しているんだ! 値上げ申請の電話にはそもそも出ないっていうのが、購買担当者さんの価格抑制スキルだろう! キミは何年サプライヤーをやっているのかね!」。さすが、サプライヤー間の教育指導がまたしてもなされました。
ほんとうに、さすがです。
でも、彼の怒りは収まらないようです。「そもそもなあ、値上げしたいときは、購買担当者さんにバレないように、こそっと見積書を書き換えるものなんだ! または、購買担当者さんを居酒屋に誘って、なし崩し的に値上げを認めさせるんだ! そんなことも知らないのかッ!」
そして、まだ購買王さまのスピーチは続きます。「ということでサプライヤーのみなさま、私たちの意気込みがわかっていただけたと思います。これからはスピードの時代です。意思決定も素早くし、サプライヤーのみなさまと時代の変化にスピーディーに対応したいと願っております」。すると、ひとりのサプライヤーが手をあげました。「王さま、そんなことよりも、昨年の巨大案件はどうなったんですか? 担当者さんからは『もうちょっと待って』と言われて半年が過ぎました」。
王さまは、その質問には即答しました。「いや、実はその巨大案件こそ、われわれの調達改革のシンボルなのです。実は、これまでサプライヤーさん決定までに30プロセスを費やしていました。つまり、30人の承認者がいたわけです。しかし、その案件からはなんと29プロセスに減らしました!」。すると、王さまの隣にいた購買家来が、王さまに耳打ちしました。「もう28プロセスまでいっています」。王さまは自信満々に「このスピーディーさ。これをみなさまにも見習っていただきたい」。
すると、こともあろうことか、違うサプライヤーが王さまに怒鳴り声をあげました。「こっちには、『見積りを早く出せ!』っていうくせに、そちらの意思決定はいつまでたってもチンタラしてるじゃないか! 1プロセス減ったくらいで、何がスピーディーだ!」。これは謀反に近い、あってはならないことです。まわりのサプライヤーたちは、その謀反者を非難しはじめました。「王さまがせっかく改革の成果を説明しているのに、お前はなんてことをいうんだ!」「そうだ! どうせ、調達改革なんて、たいしたことないって知ってるくせに、今さら何をいっている!」「この王さまだって、あと3年で定年なんだ! たいしたことができるはずがないだろう! それくらい理解しろよ!」「調達王国が、一つでもプロセスを変えたんだ。それだけでも賞賛ものじゃないか!」。罵声は続きました。
ということで、謀反を起こそうとしたサプライヤーは殴打され、消えていきましたとさ。
めでたし、めでたし。
王さまはスピーチが終わると、ふう、とため息をつきました。
そして、「革新者は理解されない、私のようにね」とつぶやきました。
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もちろん、上記は架空の国での出来事である。ところで、意外に知られていないことだが、小泉元首相が有名にした「構造改革」という言葉は、実はほとんどの首相の所信表明演説で使われてきた。日本は(もちろん皮肉だけど)構造改革ばかりだったということになる。構造改革を叫ぶのは良い。ただ、構造改革を実施する素地があまりに杜撰だったら、その言葉はなかなかサプライヤーに響かないだろう。もちろん、私は真剣に調達・購買改革に取り組んでいる企業をたくさん知っている。ただ、改革を叫ぶそばで、サプライヤーから冷ややかな目で見られていないことを祈る。