コア・バリュー経営とブランディング/石塚 しのぶ
カッコいいイメージやキャッチーなスローガンだけでは生活者の心を掴めなくなった時代に、「ブランディング」はどうあるべきか。


米国マーケティング協会では、「ブランド」を、「特定の会社の商品やサービスを買い手に認識させ、他の商品やサービスと区別するための名称や象徴やイメージ」と定義しています。なるほど、グーグルの画像検索で「ブランド」とタイプしてみると、コカコーラやグーグル、マクドナルドなど、世界の有名ブランドのロゴ集が出てきます。


しかし上に挙げた定義は多少時代遅れで、「ブランド」とは、「特定の会社の商品やサービスに関して、買い手が頭や心に抱いているイメージや感情であり、個人のあらゆる体験により形づくられるもの」と考えるほうが今日の生活者の感覚にはより近いといえるでしょう。


「ブランド」が、「買い手に特定の商品やサービスを認識させるためのもの」という企業主体で捉えられていた頃には、「ブランディング=広告、宣伝」であり、大金を費やしてTVなどのマス・メディアでよりキャッチーなCMをより頻繁に流し、より多くの人の目に触れさせることだと考えられていました。


これは、「買ってもらうこと」を目的としたブランディングであり、買い手の「購買」というアクションで完結します。極端にいえば、「買ってもらうきっかけ」をつくるメッセージやイメージをつくりあげて、発信すればいいということになります。あとは野となれ山となれ、です。


しかし、先に述べたように、今日では「ブランド」に対する感覚がずいぶん変わり、「ただ認知してもらうための目印」ではなく、生活者の「感情に訴えるもの」、そして、メディアの視聴体験ばかりではなく、購入体験や使用体験、あるいは問題発生時の顧客サービス体験など、「あらゆる体験によって形づくられるもの」として捉えられるようになってきています。


そもそも、私たち自身の日常に照らして考えてみても、今どきTVコマーシャルで見た情報だけをもとに「購買」を決める人なんているでしょうか。ファーストフードなど安価なものならまだしも、ある程度値のはるもの、長く使うものの場合は特に、大半の人が友人や知人などの意見を聞くばかりではなく、ウェブの顧客レビューなどを活用していると思います。


そして、顧客レビューに書かれている内容は、商品の品質や使い心地に限ったことではなく、店舗やコンタクトセンターでのサービス対応にまで及ぶのです。「商品は悪くないが、顧客サービスセンターに問い合わせた際の対応が最悪だった」などというレビューを読んで購入を止めた経験は皆さん身に覚えがあることでしょう。


つまり、「ブランディング活動」という時、「買ってもらった者勝ち」ではなく、「購入後の一連の体験に関与する活動」も極めて重要ということになります。「ブランディング」はもはやマーケティング部門だけの責任ではなく、商品開発から店舗運営、カスタマー・サービスに至るまで、会社に属する一人ひとりがブランディングの一端を担うということになるのです。


そうなると、会社の中の全部門とすべての人を巻き込む「ブランディング活動」の基盤となる何かが必要になります。そしてこれは、かつてのブランディング活動の柱であった広告や宣伝の「かっこよい」イメージや「キャッチーな」スローガンではあり得ません。


会社の中で働くすべての人の志を統一し、心をひとつにした上でブランディング活動に臨めるようにする、その基盤となるのが、「コア・パーパス(社会的存在意義)」であり、「コア・バリュー」であると思うのです。


昨今、ソーシャル・メディアが普及し、そのビジネス活用への注目が高まるにつれ、「従業員ブランディング」ということが言われてきました。しかし、「従業員ブランディング」とは、かつてよく取り沙汰された「軟式アカウント」のように、企業のソーシャル・メディア・アカウントを通じて気の利いた受け答えをする「スター担当者」を祭り上げることを指すのではありません。企業のソーシャル・メディア活動が重要であるのは言うまでもありませんが、「従業員ブランディング」に何よりも大きく貢献するのは、日々、業務の現場で起こる地道かつごく地味な活動の積み重ねなのです。