過疎の町にIT企業やクリエイティブ企業が次々に集結する理由/小槻 博文
<地域再生・地域活性化事例>


【取材企画・実施】 「広報スタートアップのススメ」編集部


(運営会社:合同会社VentunicatioN)


高度経済成長期以降、地方から都市部への一極集中傾向が進んだ結果、現在地方では過疎化や限界集落化などの問題が顕在化している。そして少子化や高齢化、また全体人口や生産年齢人口の減少など日本全体が抱える課題をいち早く経験してきたのもこうした過疎地域や限界集落だった。


そうしたなかでこれら課題が山積する“課題先進地域”にて課題解決に取り組むことで、今後の日本、さらには世界の課題解決に役立てようと地域再生・地域活性化に取り組む動きが加速している。


そこで今回は徳島県海部郡の美波町の取り組みを紹介したい。

■海・川・山が凝縮した自然豊かなエリアに襲う時代の波

四国は全国の中でも課題が先進している地方で、特に徳島県は限界集落率が2010年時点で全国平均15.5%に対して20%も高い35.5%(総務省・国土交通省「過疎地域等における集落の状況に関するアンケート調査」)、高齢化率も現在36.1%で2040年には40%(国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口」)を超えると言われているほど深刻化している。


そこで徳島県では各市町村と連携して過疎化対策を進めており、山間部に位置する上勝町や神山町の取り組みがよく取り上げられるが、地域再生に向けた動きが急加速しようとしているのが徳島県南部に位置する美波町だ。





太平洋に面し国の天然記念物であるアカウミガメの産卵上陸も見られる海岸、渓流魚踊る清流、常緑照葉樹にあふれた山など、海・川・山に囲まれた自然豊かな美波町は、2010年に放映されたNHK朝の連続テレビ小説「ウェルかめ」の舞台になるほか、四国遍路の巡礼地「薬王寺」が町中心部に位置するなど、古くから漁業・農業・観光で栄えてきた。


一方1970年には約13,000人いた人口は2013年には約7,700人と半減するとともに、若年層の都市部への人口流出により、生産年齢人口の割合は49.8%(全国平均63.7%)、また高齢者人口の割合も41.1%(同23.1%)と、典型的な地方の課題を抱えた地域である。(※町人口は2012年6月現在、生産年齢人口・高齢者人口は2010年国勢調査から)




■クリエイティビティを発揮するのに最高の環境

そんな地域に2012年に突如IT企業のサテライトオフィスが開設された。開設したのは著作権保護や機密情報の漏洩対策などセキュリティ製品を手掛けるサイファー・テック。同社代表の吉田基晴氏は元々美波町の出身だったが、大学進学をきっかけに郷里を離れ、2003年にサイファー・テックを創業して東京を拠点に事業展開してきた。そんなある日徳島県が企業誘致事業として「とくしまサテライトオフィスプロジェクト」を進めていることを知り、生まれ故郷にサテライトオフィスを開設するに至った。





「私たちが提供するセキュリティ事業は、クライアント企業の課題を解決するビジネスです。そして課題解決に向けて最も必要なことは、顧客が何を考えていて、何を求めているのかを想像して、そしてそれを上回るものを提供する、つまり“クリエイティビティ”です。」(吉田氏)


「一方で、ただ口で『価値創造を!』とか『クリエイティビティを養え!』などと言ったところで、そうそうたやすくクリエイティビティを身につけることは出来ません。人間はどのように働き、どのように暮らすか、つまり自分の生き方を自らデザインする時に最もクリエイティビティを発揮すると思います。そこで生活と業務をどう両立するかを考える環境として、自然に囲まれた美波町にサテライトオフィスを設けることにしました。」(同)


それを端的に表現したのが、同社が提唱する「半×半IT」というワークライフバランスの考え方だ。“×”には社員一人ひとりの趣味を充て、サーフィンを趣味とする社員は「半波半IT」、狩猟を趣味とする社員は「半猟半IT」など、個人の趣味と業務の両立を試みる。


ちなみにサーフィンを趣味とするのは住吉二郎氏。元々住吉氏は埼玉県出身で、東京のIT企業に勤務していたが、サーフィンと仕事を両立できる環境を求めていた時に同社のサテライトオフィス開設のニュースを聞きつけて応募した。





「首都圏で勤務していたころは毎日往復3時間かけて通勤していて、趣味のサーフィンは週末に行くくらいでした。それも自宅から海までは片道2,3時間かかるなど、生活の大半は移動時間と仕事と言っても過言ではありませんでした。」(住吉氏)


「しかし現在は近隣に数多くのサーフポイントがありますので、通勤にかけていた時間をそのままサーフィンに充てるなど、週に2,3回は楽しむことが出来、早朝にサーフィンしてから出社することもあります。また趣味が充実できることで、業務においても集中力が高まったり時間配分を意識したりするなど、相乗効果が出ていると思います。」(同)


また社員たちはオフィスの隣に併設された水田で稲作に励んだりするほか、地元の中学校でのIT授業や消防団活動、また地域のお祭りなど、地元の活動にも積極的に取り組むことで、次第に地元の人からも受け入れられるようになり、色々な誘いに声をかけられるようになった。


一方で地元に溶け込むと、次第に地元の人たちも腹を割って話すようになり、色々と地元の人が抱える課題や悩みを聞くことも多くなっていった。そんな声を聴くにつれて「何か自分たちが役に立てることはないだろうかと考えるようになった」と吉田氏は言う。


そして「一過性のボランティアではなく、持続的に支援するためには収益事業として行うのがベストなのでは」と考えて、吉田氏は地域支援事業を手掛ける株式会社あわえを2013年6月に立ち上げた。

■地域再生に向けて「コト・ヒト・カネ」を活性化

よく企業における経営資源として「ヒト・モノ・カネ」が挙げられるが、あわえでは「コト・ヒト・カネ」を地域資源として捉え、「文化資産(コト)」「地域産業(カネ)」「地域コミュニティ(ヒト)」をそれぞれ保護・振興しながら継承していくための事業を計画している。


現在の美波町は、18歳前後を境に郷里を離れて都市部などへ流出する傾向が高く、そのため生産年齢人口は減少の一途をたどり、高齢者が4割以上を占める状況に陥っている。そこで特に「地域コミュニティ」に力を入れ、企業誘致や起業支援、またそれに伴う移住を促進しながら都市部から若年層を呼び込むとともに住環境・職環境を整備することで、単なる人口増を狙うのではなく「年齢人口構成」の最適化を図るという。そして地域経済を域内・域外の両面から活性化させることで「自立的に持続可能な地域づくり」を実現したいとしている。








(※町人口は2012年6月現在、生産年齢人口・高齢者人口は2010年国勢調査)


「日本全体の人口減少が進行しているなかで、地方の人口減少を食い止めることは正直難しいと思います。したがって単にボリュームを増やすのではなく、若年層を中心に生産年齢人口を増やし、地域運営に最適な年齢人口構成にすることで、地域を再生させたいと考えています。」(吉田氏)


その成果は既に少しずつ現れ始めており、吉田氏の志に共感した経営者たちが次々と美波町への進出を決断している。その一社が、首都圏に拠点を置くデザイン会社・兵頭デザインだ。


兵頭デザインは、フォントデザインやロゴデザインを主要分野としたデザイン会社で、大手メーカーのフォントデザインやロゴデザインを手掛けてきた。その一環としてサイファー・テックの「美波Lab(みなみらぼ)」のロゴデザイン制作を通じて美波町と関わることにより、次第に美波町進出の想いを強め、最終的にサテライトオフィスと新会社を2013年夏に設立するに至った。


デザイン業務は、デザイナー一人ひとりの感性が重要な経営資源と言えるが、「大自然に囲まれた美波町は、デザイナーの感性を刺激し、そして一人ひとりの力を最大限に発揮するのに最適な環境」(兵頭デザイン取締役兵頭将勝氏)と判断してサテライトオフィスを開設。その一方、典型的な過疎地域である美波町の実情を目の当たりにし、「今まで培ったブランディングのノウハウを活用しながら、地域課題の解決に向けて現況に適応した地域づくりに挑戦したい」(同)という想いが湧き上がり、サテライトオフィスとは別に、地域ブランディング事業を手掛ける新会社「Studio23」を立ち上げた。


また兵頭氏は、美波町や周辺地域の若年層に対してインターンやセミナー・ワークショップなどを開催し、地方にいながらにしてクリエイティブ分野に触れる機会を創りだすなど、次世代のクリエイティブ人材の育成にも取り組んでいきたいという。


さらにITや写真を活用して地域の課題解決や魅力発信のためのコンテンツ企画・制作を展開する企業が設立されるなど、首都圏の経営者たちが地域活性化に向けて英知を結集すべく次々に美波町で起業する動きが出てきており、今後各社は連携しながら地域活性化に取り組んでいくとしている。


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人口流出や産業衰退、高齢化・過疎化など地方の問題が叫ばれて久しい。しかしこうした課題先進地域である地方に英知を結集して課題解決を図ることにより、ひいては日本全体の再生につながるとともに、さらには同様の問題が顕在化してくる世界各国に対して発信できる先進事例となるうる可能性を秘めていると言えよう。そんな期待を込めながら、今後も同町の取り組みに注目していきたい。