未来を切り拓く次世代ロケット「イプシロン」(5)【テレスコープマガジン】
小惑星探査機「はやぶさ」の活躍はまだ記憶に新しい。そのはやぶさを宇宙に送り届けたのは、日本が誇る固体ロケット「M-V」(ミュー・ファイブ)であった。"世界最高性能"とも呼ばれたこのロケットは、コスト高を理由に2006年に廃止されてしまったのだが、現在、その後継として開発が進められているのが「イプシロン」である。プロジェクトマネージャーとしてイプシロンの開発を率いる宇宙航空研究開発機構(JAXA)の森田泰弘教授に、イプシロンとはどんなロケットなのか、今までのロケットとは何が違うのか、詳しく話を伺った。
──いよいよ打ち上げが今年になりました。ダミーではなく、いきなり本番の衛星を搭載するのが宇宙研らしいですね。
初号機は惑星分光観測衛星「SPRINT-A」を乗せて、今年の夏に打ち上げる予定です。SPRINT-Aは重量が約320kgなので、イプシロンの能力的には余裕がありますが、軌道の投入精度の要求が高いため、PBSも付けたフル装備となります。射場はM-Vと同じ内之浦宇宙空間観測所(鹿児島県肝付町)で、M-V時代の設備を改修して使います。
2号機は、ジオスペース探査衛星「ERG」を搭載して、2015年に打ち上げられることがすでに決まっています。このように、まずは宇宙研の小型科学衛星の打ち上げが中心となりますが、それ以外では、経済産業省主導の地球観測衛星「ASNARO-2」も検討されていて、いま調整しているところです。
[写真] イプシロンの初号機で打ち上げる惑星分光観測衛星「SPRINT-A」。金星、火星、木星などを、極端紫外線(EUV)で観測する。
Credit:JAXA
──いずれ惑星探査も可能になるのでしょうか?
イプシロンの開発は2段階の構想になっています。まず第1段階として初号機を開発し、その後も改良を続け、2017年度には第2段階である低コスト版のイプシロンを実現する予定です。
低コスト化というのは、小型化・軽量化を含んでおり、低コスト化と同時に、打ち上げ能力も向上します。そこに小さなキックモーターを追加すれば、「はやぶさ」ほどの重量になるかどうかは別にしても、十分惑星探査ができるようなロケットになると考えています。低コスト版の機能は一部を前倒しで2号機に搭載して、実証しようとしています。2号機は初号機よりも打ち上げ能力がかなり増えるはずなので、その段階でも惑星探査は十分視野に入ってくると思います。
──高頻度にロケットを打ち上げるためには、まず搭載する衛星がなければ始まりません。科学衛星など官需だけでは数が少なく、民間の衛星打ち上げを受注する必要がありますが、そのためにはコストが重要になってきます。
低コスト版では、打ち上げコストを30億円以下にするつもりです。イプシロン規模のロケットの製造コストを調査すると、30億円くらいが大体よさそうな線になっています。これを切ることができれば、製造コストとしては他のどこにも負けないロケットになります。これが出発点になると考えています。
しかし、世界にはロシアの「ドニエプル」のような廃棄ミサイルを転用したロケットや、欧州の「ベガ」みたいな政府支援があるロケットもあります。"コスト"相手ではなく、政府支援も込みにした"プライス"に対抗するのは正直苦しいですが、例えばSPRINT-Aで構築した標準衛星バス*4とイプシロンをセットにすれば、衛星打ち上げの敷居は大幅に下がります。何かを観測したい人は、衛星全部を作る必要はなく、観測装置だけを作ればいいわけです。単なるコスト競争ではなく、開発の負担を軽くするなど付加価値をつければ、競争力はあると思っています。
──イプシロンには超小型衛星の打ち上げにも期待しています。
そこはもちろん、我々も最も関心がある分野の1つです。超小型衛星をバンバン打ち上げるというのも当然視野に入っていて、マルチ打ち上げ用のアダプタも検討しているところです。軌道にもよりますが、50kgくらいの超小型衛星なら、10機くらいは一度に上げられると思います。
(つづく)
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記事提供:テレスコープマガジン