そこで顕微鏡観察と同時に、世界でも数えるほどの台数しかないという、縞分析に適した「蛍光X線(マイクロXRF)スキャナー」による超高分解能元素分析でのカウントも行い、お互いをフォローしながら5万2800年と数え上げたというわけだ(画像13)。

ちなみに、これだけ長期間にわたって1年に1縞の連続的な縞模様が保存されているのは世界でも3例しかなく、さらにいえばここまで研究されているのは水月湖のみだという。

また、海洋堆積物や鍾乳石中などの間接的な炭素14の記録も、実は時間でいうと約5万年前が限界であり、水月湖はそれに追いつき、正確さで大きく勝ったというわけだ。

この水月湖の湖底堆積物による年代目盛りは直接的に大気に由来していることから、現在、最も正確かつ最長の年代目盛りとなる。

もちろん誤差がないわけではないのだが、それも5万2800年でわずかに±169年。

一見すると、結構不正確に感じるかも知れないが、これは1日に直すとどれだけ正確かがわかる。

たったの±4分52秒なのだ。

この数字は、もはや従来の地質学のレベルを超えているといっていい。

さすがに現代の日本で、ここまで不正確な時計でもって生活している人はまずいないだろうが、人間が感覚としてとらえられる時間スケールに入ってきたことは間違いないレベルなのである。

そして今回の研究でのポイントは、ただ水月湖の堆積物で5万2800年遡っただけではない。

それを世界標準とする作業も行ったことである。

それが、堆積物に保存された葉の化石の炭素14を調べたことだ。

その数、実に808点(画像13〜15)。

1つの研究地点から得られたデータとしては、808点という炭素14年代は、中川教授によれば「とてつもなく膨大な数」だそうだ。

808点の葉の化石は、当然、年縞のどこに含まれていたかで、正しい年代がわかる。

こうして組み合わせることで、炭素14年代のキャリブレーション用の参照データとして用いることが可能になるというわけだ。

なぜこれで世界中で使えるかというと、例えばどこかで何かのサンプルを得られたとしよう。

とてもおおざっぱな説明ではあるが、そのサンプルから得られた炭素14年代の結果と、そっくり同じとまではいかないにしても、似ているものを808点の中から探し出せばいいのだ。

808点もあれば、まず似たものは見つかるということで、似たものが見つかってしまえば、その808点はどれをとっても年縞年代がわかっているので、あとはそのサンプルが出土した地域などのデータを考慮することで、従来よりももっと正確なキャリブレーションを行えるというわけだ。

ちなみにこれぐらい正確だと、これまで調べられたさまざまなものの年代測定記録の大きな修正が必要になるのではないかと思う人もいるかも知れない。

さすがに年代が大幅に変更されることまではないというが、例えば考古学では、出土品などが場合によっては数100年単位の修正が生じることもありえるという。

それから、今回の水月湖のデータが、今後の世界中の研究の年代測定においてどのように活かされるのかというと、国際的なワーキンググループ「INTCAL」が選定した、キャリブレーション用のデータセットに組み込まれて使用されることになる。

INTCALのデータセットは、これまでに得られた海洋、鍾乳石、樹木年輪などのさまざまなソースから得られた信頼性の高いデータが組み合わせられており、現在は「INTCAL09」が最新版だ。

ただし、INTCAL09は最終氷期(7万年前に始まり1万年前に終了)の期間は、サンゴや海洋堆積物、鍾乳石などからのデータにさまざまな仮定に基づいた補正を施すことで算出されており、今なお議論の余地が残されているという。