とはいっても、これまたそう簡単ではない。

条件を満たす湖はそうそうないのだ。

まず河川の流入があって湖底がかき乱されているような湖はダメだ。

また、できた時期が歴史に記されているような新しいものもあまり意味がない(それはそれで欠落なしの年縞があれば情報にはなるので研究されている湖もある)。

さらにいうと、もし年縞があったとしても、欠落のない連続的なものでなければ(技術的に採取するのが難しいこともあれば、大量の火山灰が降り積もった影響でそこから下の年縞が壊れてしまっていたりすることもある)意味がない。

また、湖底が深過ぎて作業が難しいがために対象外となる場合もある。

そうした中で、20年以上前、国際日本文化研究センター(日文研)の安田善憲教授(当時は助教授:画像7)を中心として年縞のある湖沼の探索が始まり、アジアで最初に発見された年縞のある湖が、今回の舞台となった福井県若狭町の水月湖(画像8・9)だったというわけだ(世界的には、ヨーロッパの火山湖などで見つかったのが最初だという)。

水月湖は、2005年よりラムサール条約に基づく登録湿地となっており、同時に鳥獣保護区でもある。

若狭湾国定公園の三方五湖(みかたごこ)の内の1つで、周囲9.85km、面積は416ヘクタールと五湖の内で最も大きい。

湿地タイプとしては潟湖となり、湖水は汽水(淡水と海水が交わった水)だ。

平均深度は3.4mだが、最大深度は34mである。

瀬戸水道でより上流に位置する淡水湖の三方湖とつながっており、また人工開削によってできた浦見川で若狭湾に近い久々子湖に通じているが、直接流れ込む河川は存在しない。

前述した通り、流れ込む河川が存在しないというのは好条件の1つである。

さらに、水月湖の湖底は無酸素状態であるという点も好条件の1つ。

生物が棲めないというのは環境的にはあまりよいイメージではないかも知れないが、堆積物が保存されるという点では、湖底に生物がいないというのはとてもいいことなのである。

そうした条件が重なった結果、毎年毎年、春から夏にかけて繁殖する藻類の「ケイソウ」の死骸(ケイ酸質の殻)の白い層と、秋から冬かけてのは落ち葉や種子なども含んだ粘土鉱物の黒い層が交互に堆積し、そのほかにも花粉や火山灰、黄砂、枝なども含んで湖底できれいな縞模様(画像10)が描かれ、非常に良好な年縞となったというわけだ。

年縞の1つの縞は10分の1mmという厚みしかなく、顕微鏡を用いて数える必要がある(画像11)。

しかし、樹木年輪と同様に補正なしに1年ずつ遡っていける点が非常に優れた点だ。

なお、この1年に1つの縞というのは湖ならではの特徴であり、海洋の場合は堆積速度が遅く、どれだけ分解能を上げても1つの縞が1000年単位になってしまうのだという。

今回の水月湖での堆積物の採取作業は2006年に行われ(1993年に安田教授らが1回目の採取を行った)、4カ所をボーリングした(画像12)。

1993年のコアは「SG93」、今回のコア「SG06」と呼ばれる。

ただし、湖底の堆積物は70m以上もあり、1本の連続した試料として掘り出すことは無理である。

そのため、4カ所の穴からそれぞれ1m程のコアを掘り出した上でパターンマッチングさせて、ほぼ完璧な1本の土の層に復元し、70m強のコアとしているというわけだ。

その70m強の中の縞を数えるのは非常に大変だ。

前述したように顕微鏡で数えるため、1日に5cm程度(約50年)が限界だという。

そのため、70mオーバーの5万年強分の年縞を数えるのに、5年という歳月が費やされた。

なお、最初の1万2200年分は樹木年輪記録との照合が行われ、年代目盛りとしてより正確になっている。

なお、これだけ膨大な年縞カウントするとなると、もちろん、1つの方法で1人が数えたのでは正確さを欠き、数え間違いがありえるのはいうまでもない。