©相田みつを美術館

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お気に入りの美術館、というのをお持ちだろうか。

もしお持ちだったら、そこにどれくらいのペースで通っているだろうか。年に4回?

月にいちどというひとがいたら、それはかなりの美術ファンだろう。

東京有楽町・国際フォーラムの地下にある『相田みつを美術館』には、毎月でも毎週でもなく、毎日通ってくるひとがいるという。そんな頻繁に展示替えがあるわけでもないのに、毎日入場料を払って美術館に足を運ぶのは、作品を鑑賞するのが半分、あとの半分は訪れたお客さんが残した感想ノートを読みに来るんです、と相田みつをの息子で館長の相田一人さんは教えてくれた。

作品を見て、その感想を書き置いていくひとがいて、それをまた読むひとがいて、またそれに書き足すひとがいて……それは見知らぬ人間どうしの、ツイッターのようなコミュニケーションが、美術館という特定の場で日々展開しているということだ。それも電子世界上ではなく、美術館のロビーというリアルな場所で。ペンとノートという筆跡も筆圧も、感情の起伏さえも読み取れるリアルな装置によって。

いちどでも相田みつを美術館に行ったことのあるひとならば、そこが“ふつうの美術館”といかにちがっているか、すぐに体感できるはずだ。「1人になれる、2人になれる、3人になれる、あなたの人生の2時間を過ごす場所」というコンセプトから生まれたこの美術館は、ひとり静かに作品と対話したいひとも、カップルでおしゃべりしながら作品を見て歩きたいひとも、バスで押し寄せる慌ただしい団体客にも満足してもらえるような、ぜいたくな造りになっている。

おしゃべりしていてもここでは怒られないし、だいいち怒るようなあの、美術館の部屋の隅でパイプ椅子に腰かけている監視員がいない。展示室内は撮影禁止だが、記念写真を撮りたいひとのために、作品と一緒に写真を撮れるコーナーが設けられている。そして「感動を消化できる時間」をゆっくり取ってもらえるように、ふつうの美術館では考えられないほどのスペースを、休憩場所に割いている。

公共の大美術館が集客に苦労する時代にあって、相田みつを美術館には年間で40万人以上のお客さんが訪れている。はとバスのツアーにも組み込まれているし、休日を利用してやってくるお客さんのために大晦日も元日も、お盆もドアを開けている。そしてこれだけメジャーなミュージアムでありながら、美術雑誌に取り上げられることも、「文学散歩」みたいなマップに載ることも、まったくない。

相田みつをの名を世に知らしめた『にんげんだもの』は累計250万部を超え、作品集やその他関連書籍だけで総合実売数750万部以上、91年に刊行された日めくりカレンダーが500万部を売り上げる、ようするに日本でいちばんメジャーな詩人であり、書家である相田みつをが、文壇でも書の世界でも、まったく無視され続けている状況と、相田みつを美術館の「これだけ流行ってるのにだれも書かない」状況は、みごとにリンクしている。

だれもが愛しているのに、プロだけが愛さないもの。その代表格が相田みつをだとすれば、僕らは“プロ”と、“プロ以外のみんな”の、どちらにつくべきだろうか。どちらについたら楽しくて、どちらについたら見栄でなく本気で作品を好きになれるだろうか。

「便所と病室がよく似合う」と言われる相田みつを。でも、ものを書く仕事をしている人間としては、これ以上の褒め言葉はない。立派な掛け軸になって茶室に収まるのではなく、糞尿や芳香剤や消毒薬の匂いがしみついた場所。だれもがひとりになって自分と向きあわざるをえない場所。そういう場所で輝く言葉を、僕もいつか書くことができたらと思う。

※すべて雑誌掲載当時