――安倍さんは、小泉純一郎総理の訪朝に同行していますが、亡くなった金正日総書記にはどういう印象を持っていますか。

安倍 日朝首脳会談での金総書記は冗談を言うなど気さくな印象を演出していました。でも本人は緊張していました。

金総書記の採用した北朝鮮の政策はまったく間違ったものでしたが、金総書記は比較的合理的な判断のできる人物だったと思います。その面では行動を予測しやすいところもありました。暴発する可能性はないと判断しました。

――安倍さんは、金総書記の死去と、新しい金正恩体制の出現が北朝鮮の政策の転換期になる可能性をおっしゃってますよね。

安倍 一部のバカな政治家や評論家は、拉致問題よりも核問題のほうが重要だと言いますが、核問題は日本だけでなくアメリカをはじめとした多くの国が取り組むわけです。だから日本は、拉致問題を最初に掲げないといけないわけです。日本が訴えないと前進しませんから。でもその現実を知らない人がいる。それは、外務省の中にも一部います。彼らは、核問題のほうが高尚な問題であるかのような錯覚をしているんですね。

――今後、拉致問題を進展させていくには、どういう視点の外交が必要になってきますか。

安倍 日本人拉致には、亡くなった金正日総書記が関わっていたわけです。

 平成14年9月の訪朝時、北朝鮮は「5人生存、8人死亡」と発表したわけですが、その情報を当事者でもある金正日総書記に覆させるのは難しかった。実は8人の方々は、死亡というカテゴリーに入れられてしまいましたが、実際に死亡したという事実はまったく確認されていないんですね。

 だから、生存ということを前提に考えるのは、当然だと私は思っていますし、実際、その可能性はあります。例えば、北朝鮮政府は、昭和62年に起きた大韓航空機爆破事件との関わりを公式に一切認めていません。

 実行犯の1人である金賢姫については、存在そのものすら否定しているわけです。拉致被害者の1人、田口八重子さんは死亡していると北朝鮮は発表していますが、これは田口さんが金賢姫との接触があったからですし、横田めぐみさんもそうです。田口さんを日本に帰したら、金賢姫の存在や大韓航空機爆破事件についても明らかになりますからね。

 また、よど号乗っ取り犯の拉致問題への関与もすでに明らかになっていますが、北朝鮮政府は、彼らの関与を否定しています。

――北朝鮮は、よど号乗っ取り犯に拉致された有本恵子さん、石岡亨さん、松木薫さんも死亡したと発表していますね。

安倍 これも、よど号乗っ取り犯の関与が明らかになるのを認めないからです。金総書記本人が関与し、死亡したとの発表にまで関わっているわけですから、この発表を覆すのはそう簡単なことではないんです。だから、対話路線で誠心誠意で話をして間違いを認めてくれ、と訴えたところで、覆りませんよ。

 私は、だからこそ北朝鮮に圧力をかけて、今の状態では自分たちの国の存立が揺るがされると危機感を抱かせなければ、何も姿勢は変わらないと主張してきました。彼らを厳しい情勢に追い込み、政策変更以外の策がないと判断させる以外にないわけです。だから、拉致問題の解決は、残念ながら、国際社会の一致した厳しい制裁とそれに軸足を置いた圧力、そして、そののちに最後に行われる対話にしか道はないんです。

――金正日の死去がそのきっかけになればいいですね。

安倍 金正日体制のままでは、これまでの北朝鮮の判断を変更させることは並大抵ではなかったでしょう。みずからの基盤を揺るがす行為になるわけですからね。

 しかし、新しい指導者である金正恩体制ならば、政策転換する大義名分もできます。一つのチャンスです。後継者の金正恩は、拉致問題にも、日朝首脳会談にも関わっていません。ただ、自分の父親の業績、政策を否定しなくてはいけませんし、父親時代からの側近も政権中枢にいます。これまでの路線を否定することが、権力闘争に発展する可能性もあるわけですしね。

 日本政府はこの機会にこそ、政策転換すれば、北朝鮮にとってもメリットがあることを訴えなければいけません。それと同時に、それ以外に北朝鮮の生き残りの道はないという強い姿勢も示さなくてはいけない。