「THE ART OF LAPUTA(ジ・アート・オブ・ラピュタ」アニメージュ編集部編/徳間書店
「天空の城ラピュタ」のメイキングアートブック。イメージボード、初期設定、キャラクターなどファン必見の情報が満載。メモは宮崎駿監督の手によるもので、若かりし頃の女海賊ドーラ船長のイラストとか、ドーラ船長の設定が50歳だとか、裏設定もふんだんに盛り込まれています。

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今夜はみんなで「バルス祭り」! 
数ある映画作品の中でもとりわけ有名な「天空の城ラピュタ」のエンディング。でも、その反面オープニングがどんなだったかって憶えていますか? ドーラ一家の襲撃に遭遇し、逃亡劇の末に飛行船から地上に落ちて行くシータ… そこからオープニングクレジットが始まるのですが、実はオープニング曲がエンディングで流れるテーマ曲「君をのせて」と同じメロディだったりとか、意外と気づいてない方も多いのではないでしょうか。詳しくは今夜の金曜ロードショーでぜひ確かめていただきたいのですが、そのオープニングで描かれているのが「風車と共に歩んだラピュタ王国の歴史」なんです。
本編放送を前にをちょっとご紹介したいと思います。

荘厳な叙事詩を想起させるオープニングでまず登場するのが「チャスカー風車」と呼ばれる小さな風車。草思社編『風車』によると、チャスカー風車とは1634年にオランダに住むシモン・フルスボスという人が特許をとった簡易排水風車。世間的にイメージするタワー型の巨大風車とは異なりますが、ヨーロッパではその簡単な作りから広く普及していたようです。このシーンでは煙りが出ていることから“風車による工場作業用の動力”として使われていることがわかります。
次のカットでは羽の枚数も5枚に増え、より複雑に大きなチカラを生み出す動力源として風車が使われ、その力によって人類は大地を掘り進めます。そして大地の富を奪い取り火も自由に操れる様になると風を使わない風車を生み出します。以降、風車は風を受ける存在からプロペラとして自ら回転してエネルギーを生み出す存在になり、飛行機を発明した人類は空へと向かい遂に「ラピュタ王国」を形成します。しかし、天の怒りか人々の争いか、空の城は次々に落ち、人類は地上へと戻ってくるのです。地面に追突し折れ曲がる風車の羽の痛々しい描写とともに、地上へと戻ってきた人類が散り散りに各々の土地に移り住み、ラピュタ本編の時代へと繋がっていくことがわかります。オープニングの最後に登場するのがまたチャスカー風車。そのチャスカー風車のそばに立つシータと牛。この光景から、工業用ではなく排水用の動力として風車が使われていることがわかります。そして恐らくこの直後、ムスカにさらわれたのではないでしょうか。

わずか90秒ほどのオープニングで「ラピュタ王国の誕生から崩壊」までが描かれ、その過程において風車がどう変貌を遂げてきたのかが描かれているのです。アニメージュ編集部編による『THE ART OF LAPUTA』という本の中でこのオープニングに関しての記述があるのですが、「これは風で回る風車から、風がなくても回る風車になり、プロペラへと続いているんです。クルクルと回るものから、エンジンへというイメージですね」という宮崎駿監督による解説が描かれていることからも推察されます。

「天空の城ラピュタ」に限らず、ジブリ作品の中では“風車”がときに効果的に、魅力溢れる舞台装置として描かれています。風車マニアのライターがご紹介する、風車視点で見るジブリ作品! 駆け足でいくつかご紹介しましょう。


■風の谷のナウシカ
風車といってまず思い浮かべるのはやっぱり「風の谷のナウシカ」。風の谷では、海から吹き付ける海風を動力に風車を動かし、地下深く(500メルテ)からキレイな水をくみ上げていました。これらは「塔型風車」と呼ばれるもので、本来は風車の中で作業ができたり工場そのものになっていたりするのですが、風の谷では住居そのものとしても活用されていることから、暮らしの中でいかに風車のウェイトが大きいかがわかります。風の谷の風車は、屋根の先端が尖った形から推察するにフランスで19世紀に活躍した塔型風車「幸運」を模していると思われるのですが、物語世界の中で数少ない幸せな生活を営んでいた風の谷に相応しい風車と言えるかもしれません。
また、映画の中ではなく原作の漫画版・最終7巻、終結の地・墓所近くの「庭」と呼ばれる場所でとても古い型の風車が描かれています。現在ではなかなかお目にかかれない「横型風車」で、古代ペルシア(現在のアフガニスタン)などで使われていたものがモデルになっていると思われます。ひとつの作品の中で時代の異なる風車を描くことで、流れる時間軸のズレ・悠久の時かけて実行される人類浄化、というストーリーを見事に演出しています。

■未来少年コナン
ジブリ作品とは言えないかもしれませんが、宮崎駿監督がシリーズ構成・監督を務めたTVアニメ「未来少年コナン」でも風車は大きな存在感を放っています。人間が制御できないほどの科学力が生み出した悲惨な未来、地震と大津波で失われた大地、太陽光エネルギーを奪い合う大人たち…という、不思議と今の日本が直面する混沌とした状況とシンクロする部分が多くまさに今こそ見直すべき名作だと思うのですが、その物語の中で生き残った人々が糧とするエネルギー源が「風車」なんです。
ヒロインの少女ラナの故郷・ハイハーバーにある村の名がまさに“風車村”! 村人たちはこの大きな風車に寄り添い、収穫した麦を製粉し、火をおこし、パンを焼いたり鍛冶の動力として活用していました。まさにコミュニティの中心として風車が存在します。

■魔女の宅急便
「魔女の宅急便」のオープニング曲に「ルージュの伝言」が使われていることを不思議に思ったことはありませんか? 浮気をした夫について歌った歌詞をBGMに旅立ちをする13歳の少女… うーん、ミスマッチ! ところがです。空で出会った先輩魔女に「ラジオ消してくださらない?」と言われてオープニングが終わるのですが、そこから先輩魔女が向かった先にあるのが赤く光った風車が回る街。映画にもなった「ムーラン・ルージュ」の舞台となったパリの街にも似ています。「ルージュの伝言」と「ムーラン・ルージュ」のまさかのルージュ・クロスフェイド! 公開当時のパンフレットを見ると「作業中にBGMとして松任谷由実さんの曲を聴いていたから劇中曲にした」という宮崎監督のコメントもあるのですが、この“ルージュ繋がり”も採用理由のひとつになっているのではないでしょうか。
また、この映画ではもうひとつ風車が登場します。それはトンボの家に設置されている手作りと思われる風速計(風速計も立派な風車のひとつなんですよ)。キキとトンボがはじめて「友達」として出会うこのシーン。クルクルと勢いよく回る風速計が描かれたすぐ後にトンボが作った自転車飛行機が登場するのですが、トンボもキキ同様に「風を愛する人間」であることが予見される象徴として風車が描かれているのです。


いかがでしょうか。
風車ひとつとっても時代考証も含め深く掘り下げられているのがジブリ作品、というか宮崎駿監督のやっぱり凄いところ! だって、「チャスカー風車」「横型風車」とか風車マニアの私でもジブリ作品を見るまで存在も知らなかったほどのマニアックさです。
今夜の金曜ロードショーは「バルス」だけじゃなく、背景に忍ばせられた風車をはじめとする美しい風景や深い設定まで楽しみませんか?
(オグマナオト)