『くるみのき!』青木俊直/新潮社
著者の青木俊直は、漫画家になる前には『ウゴウゴルーガ』や『おかあさんといっしょ』などの幼児番組でキャラクターデザインをしていたり、アニメーションの制作をしていたという経歴の持ち主。本作の隅々にはそのあたりの経験も生かされているようだ。
そういえば、漫画家をしながら着ぐるみ俳優も兼業している破李拳竜という人もいるね。あの方は特撮ヒーローや怪獣方面の着ぐるみに深い愛情を持った作家だけど、青木俊直はそれとは正反対に、可愛い女の子を描くことに定評がある。
それから、この作者の絵柄の特徴のひとつに女の子の胴が長いというのがある。これがまたいいんだよねー。新ジャンル“胴長萌え”の人たちにもぜひお薦めしたい

写真拡大

見た目は50過ぎのおじさんだけど、それはあくまでも着ぐるみで、中身はショートカットのメガネっ娘らしいという噂の漫画家、青木俊直の新刊『くるみのき!』がおもしろい。

主人公、野木くるみは、冴えない挫折型非モテ女子だ。ダサいメガネをかけ、前髪を下ろしたままうつむき加減で表情を隠す。おまけにいつもヘッドホンをかけて周囲から心を閉ざしている。ふつうの乙女なら、かっこいい彼氏をつかまえるためにお洒落やメイクに心血を注ぐ年頃なのに、くるみはそうしたステージから早々に降りてしまっている。

そんな彼女の心を唯一癒してくれるのは、着ぐるみが唄い踊る幼児番組「ウキウキいっちぃはっちぃ」だ。すでに終わってしまった番組だけど、録画したビデオを繰り返し見ては、“いっちぃ”と“はっちぃ”の踊りに胸をときめかせている。出掛けるときは、いつもヘッドホンで番組のCDを聴いている。このヘッドホンは、彼女にとって外界をシャットアウトするための胡桃の殻だ。とても硬くて、なかなか割ることができない。

ある日のこと。町を歩きながらいつもの癖でヘッドホンの音楽に合わせて踊っていると、突然、何者かに抱きかかえられ、ワゴン車に押し込められてしまう。わけもわからず混乱するくるみだが、落ち着いて事情を把握してみると、それは弱小着ぐるみ劇団「くるみの木」の車だった。「くるみの木」は、幼稚園での着ぐるみ劇の仕事が入ったにもかかわらず、急な欠員が出たために、土壇場でくるみをスカウトしたのだ。

生まれて初めて着ぐるみの中に入ったくるみは、不思議な安心感を覚える。それは着ぐるみという殻の中が、いつもヘッドホンで閉じこもっていた胡桃の殻と同じ居心地のよさを感じさせてくれたからだ。
そうして、劇団くるみの木と運命的な出会いを果たした野木くるみは、変わり者ぞろいの劇団員たちとの活動の中で、着ぐるみ仕事の魅力に目覚めながら、少しずつ心を開いていくのだった──。

と、自分で1巻のあらすじをまとめていても、うっとりしちゃってまた読み返したくなるな。題材がなんであれ、氷が溶けていく様子を描いた漫画がつまらないわけがない。
偶然出会ったハンサムくん、前髪を上げると実は美人、くるみの意外な魅力にときめくバイト先の店長などなど、サブエピソードに恋の予感も散りばめつつ、本作は少女の成長物語として名作が生まれつつある予感に満ちている。

周囲を固める脇役陣のキャラクター造形もいいよ。くるみが心を開くきっかけとなるエピソードのひとつに、劇団の先輩こずえとみどりと3人で弁当を食べる場面がある。「劇団員は同じ釜の飯を食う」とか、「みんなで食べるとうまいよね」とか、クッサいセリフなんだけど、じーんときちゃうんだよぉ。こういうの大事。
青木俊直は変化球を頻繁に投げてくる作家だけど、要所要所で本気の球を投げ込んでくるから油断できないのだ。

巻末には、制作過程の裏話をつづったあとがき漫画も載っているので、ジャッキー映画のように最後までたっぷりたのしめる。
(とみさわ昭仁)