『采配』落合博満/ダイヤモンド社
1章 「自分で育つ人」になる/2章 勝つということ/3章 どうやって才能を育て、伸ばすのか/4章 本物のリーダーとは/5章 常勝チームの作り方/6章 次世代リーダーの見つけ方、育て方 の6章構成。落合監督の背番号にちなみ「66」の至言が語られている

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中日ドラゴンズが、落合博満監督が敗れた。
本来ならソフトバンクホークスが勝った! と書くべきなのはわかっているのだが、今年の日本シリーズは常に落合監督がどんな采配をするのかが注目される戦いだった。特になかなか得点の奪えないドラゴンズ打線に話題が集まることが多かったが、打線が点を取れない状況で落合監督はチームにどんな叱咤激励を飛ばしていたのだろうか。このほど出版された本を読むと、落合監督なら打てない打線ではなく、打たれた投手陣を叱咤激励していただろうということが想像される。
「打線が援護できないのに、なぜ点を取られるんだ。おまえたちが0点に抑えてくれれば、打てなくても0対0の引き分けになる。勝てない時は負けない努力をするんだ」
シリーズに敗れはしたものの、全ての試合で見事な投手戦を演じたこの日本シリーズは、まさに落合采配の真骨頂だったことが見えてくる。
こんな落合監督の采配の考え方、実際に語った言葉が出し惜しみされるすることなく解説・紹介されているのが、落合氏自身による書き下ろし著作『采配』である。

本書は前作『コーチング』以来、落合博満氏自身による10年ぶりの書き下ろしだ。語らなかった指揮官・落合が存分に語ってくれている、それだけでもこの本の持つ価値は大きい。ドラゴンズでの実際の采配を元に語られているエピソードが多いが、監督として組織をどうマネジメントしていくか、という部分ではビジネス書・マネジメント読本としての側面も持っているだろう。
この本、プロ野球に興味がない、落合は嫌いなんだよね。で読まないのはもったいない!反対に、野球は好きだけどビジネス書っぽいのはちょっと…、といって敬遠するのも間違いだ。そこで、シチュエーション別・本書で押さえるべきポイントを紹介したい。


【野球ファン、落合ファンならここがオススメ】
なぜ、ドラゴンズが常勝チームになれたのか。なぜ、選手としても監督としても結果が出せたのか。それらが具体的なエピソードを元に綴られている。
例えば…
・就任元年、3年間登板のなかった川崎憲次郎を開幕投手に起用した舞台裏
・日本一の二遊間・アライバコンビ、コンバートの真相
・今シーズン、森野と和田の打撃が不振だった理由
・日本中に物議を醸した2007年日本シリーズにおける山井交代の裏側 etc.
これまでなかなかメディアで語られなかった真相が存分に語られている。投手起用に関しては森投手コーチに全権委任していたというエピソードにおいて、「ドラゴンズの先発投手は読みにくいと嘆いていたスポーツ紙の記者もいたようだが、監督さえ知らない情報が漏れるはずもないだろう」と堂々と語る部分では思わず笑ってしまった。
また、ドラゴンズのことに限らず、野球界への提言やエピソードトークも面白い。
・監督・落合博満からみたミスタープロ野球・長嶋茂雄監督評
・WBCでの代表監督要請&辞退、そして選手派遣に関する考え
・プロ野球コミッショーナーとはどうあるべきか
・外角打ちの名人、という落合伝説の間違い etc.

プロ野球ファンを名乗るならば、今、この本を読まなければモグリになるだろう。希代の野球人・落合博満の言葉をぜひ一読していただきたい。


【組織のリーダー、部下を持つ上司ならここがオススメ】
本書はただの野球本ではなく、優れたビジネス書として読むこともできる。特に「上に立つ者の心構え」という部分においては業種・職種に限らず参考になりそうなメッセージが多い。いくつか抜粋してみたい。

■コーチにすべてを任せ切る。しかしすべての責任を負うのは、監督である。それが私の仕事だ
→責任の所在を明確にしてくれる人、責任を取ってくれる上司。そんな人のもとで働きたいし、自分もそうありたいと素直に思ってしまう。

■最初に部下に示すのは、「やればできるんだ」という成果
→ドラゴンズ8年間の成功は1年目に優勝できたことが大きいと語る落合氏。成果が自信を生み出し、自信が次の成果を生み出してくれたのだ。

■できる・できないが両方わかるリーダーになれ
→「名選手、名監督にあらず」という格言がなぜ生まれるのか。ロッテの2軍からスター選手に登りつめ、名監督になった落合氏のリーダー論は興味深い。

■世の中がどんなにスピーディになっても、後進や部下の育成は守るべき順序を守り、必要な時間はかけなければならない
→即戦力ばかりを安易に求める社会に警鐘をならしている。成長速度には個人差がある、ということを理解してくれる上司、ありがたい。

上司・落合にとって根底にある考えは、プロフェッショナルは「実力」と「結果」が全てである、というシンプルな発想だ。目的がシンプルなだけでなく、打撃技術をいかにシンプルにするかを心がけた現役時代と同様その方法論もとにかくシンプルを目指している。それが後々「つまらない野球」と周囲から言われることになった一因だと考えるとなんとも皮肉だ。
まだまだ説得力のある名言は尽きないが、ぜひ本書を読んで確かめて欲しい。


【まだ結果が出せていない新人、若手社員ならここを読むべし!】
「人生はどこでチャンスが訪れたり、自分を生かせる仕事と巡り会えるかわからない。そう考えれば、仕事で思い通りの実績を上げられなかったり、希望の職種ではなかなか採用してくれなかったり、志望校に合格できず浪人している人たちも、決して「負け組」ではなく、勝利を目指す道の途中にいる人だ」

この文章を読むだけで勇気づけられる人も多いのではないだろうか。落合が何を言っているんだ?と思う人もいるかもしれないが、甲子園にも出られず、大学も中退し、プロボウラーを目指すも断念し、社会人野球からレギュラーの保証もなくプロに入団し、そこから努力で三冠王にまで登りつめた男の言葉である。人生紆余曲折しながらも頂点を極めたその言葉は、説得力に満ちあふれている。
だが、一見チャンスを広く与えてくれるナイス上司のように感じても、前述の通り誰よりも実力主義なのもまた落合イズムだ。監督1年目、補強をせずに現有戦力の底上げと意識改革で見事優勝を果たした落合ドラゴンズ。しかし、優勝したにも関わらず翌年に向けては18人もの選手の入れ替えを断行したのもまた落合監督である。結果を出し続けるためには変わらなければならない。自分で考え、動き、成長しなければならない。そのことを学ぶことができるのではないだろうか。

もちろん、その方法論についてもいくつかレクチャーしてくれている。
■向上心より野心を抱け
→ただ努力をするだけではダメ。今、何が求められているのか、自分が上手くなってもライバルがもっと上手くなったらば意味がない。相手を蹴落とすために「今」何をすべきか。客観性を持つことが求められる。

■前向きにもがき苦しめ
→入団間もない頃、結果が出なかったらスイッチヒッターも視野に入れていた、など、驚きのエピソードとともに紹介されている。「人生にはさまざまな道がある。どうせ歩むなら、逃げ道を後ずさりしていくよりも、栄光の道を、模索しながら、泥だけになりながらでもいいから、一歩ずつ前進していきたいものだ。」という落合氏の名言にも注目したい。

■自分がいる世界や組織の歴史を学べ
→「歴史を学ぶことは、同じような失敗を繰り返さないことにもつながる」と語る落合氏。異端者、革命者のイメージが世間的には強いが、別な章でも“模倣が一流になるための第一歩だ”と説くことからも、実は誰よりも先人からの教えを守る必要性を感じ、プロ野球界への造形と愛情が深いことがわかる。



このように野球ファン、組織のリーダー、若手ビジネスマンといった全方位に向けてのメッセージになり得るのは、本書が「人生そのものの采配」を根底に語られているからだ。

■ただひたすら勝利を目指していくこと。そのプロセスが人生というものなのだろう。
■自分の人生を采配できるのは、ほかならぬ自分だけであり、そこに第三者が介入する余地はない。ならば、一度きりの人生に悔いのない采配を振るべきではないか。

落合博満の人生論を噛み締めながら日本シリーズを振り返ると、また違った味わいを感じることができるだろう。そして、常に自分の進むべき道を探し求め、その時々に最善だと思う道を選択してきた落合氏が、これからどんな「人生の采配」を見せてくれるのかにも、我々は引き続き注目しなければならないのだ。
(オグマナオト)