『外天楼』石黒正数/講談社

「外天楼」と呼ばれる集合住宅を巡る人たちの物語……と書くと重々しいですが、中身はどこかズレて間抜けな物語の積み重ね。ところがまさかそれらが……!? SFミステリーのとんでもないマンガができてしまった

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「魔法少女まどか☆マギカ」の映画化決まりましたねー。
ニュータイプによると3部作で、総集編前編・後編と新作の三部作だそうです。これは楽しみですね。
冷静に書いていますが、実は僕地面から5mmほど浮遊している程度に浮かれていますヤッター!
さて、そんな乗りに乗っているシャフトと新房昭之監督ですが、先日インタビューをさせていただく機会がありました。その中で監督が絶賛していたのが石黒正数の『外天楼』という作品。
本の帯にも「大絶賛!」と書いてありますが、まさに絶賛でした。
同じ作者石黒正数の『それでも町は廻っている』(以下「それ町」)も新房監督によってアニメ化され、話題になりました。この二人の共通項はミステリー好きというところです。
ではそんな絶賛される『外天楼』とはどんなミステリーなのか!? 怖いの!?
 
なーんて息込んで最初の第一話を読むと、きっと腰が抜けると思います。
仰々しいタイトルなのに、やっていることはなんといかにエロ本を入手するかに主人公の少年アリオたちが全身全霊をかけているという、ほんっとどうでもいい話だからです。
いや、どうでもよくはないね。
エロ本大事だよね! 男の子にはね!
 
世間一般のささいな出来事に対して、観察力と洞察力を総動員して証拠を集め、推理していく。
これは『それ町』でも多く盛り込まれている、極めて身近な「推理」物語の手法です。というか「推理ごっこ」なんです。
この「ごっこ」遊び、探偵の模倣から物語がはじまるオムニバスがこの作品。
第二話では宇宙刑事と悪の秘密結社の戦いの中で、戦闘員の一人が死んだのを推理で解決する、というこれまたトンチキな内容。な、なんだこれ。笑っていいよね?
一応アリオがつなぎとして出てきています。一話から10年たったのが二話。別に物語的につながってません。
これもしょーもない推理ごっこの延長線上。オチもいろいろ予想の斜め上です。
ところが、二話では「戦闘員はみんなロボット」という事実の蓋が開きます。あれ? そういう世界なのここ?

三話では女の子が今よりかっこいいロボットが欲しいと願うだけです。四話では殺人事件が起きて本格的にミステリーっぽくなりますが、もう一人の狂言回しの女刑事、桜場冴子による推理の内容が子供じみていてトンチンカン。
やっているノリは子供の頃エロ本あさりのために必死になったのと何ら変わっていないんです。
この人死にがあろうがなかろうが飄々としているのが石黒正数作品の味。じめっとしておらず、カサカサに乾いたような思考でみんなが割り切っているのがユニークです。
ユニークなんですが、『それ町』の明るいノリと何か違う。アホなことの繰り返しの上で、回を重ねるごとに、背景になっている巨大な謎の蓋が一枚ずつ開いていくのです。読んでいる途中ではそれがなんなのかは全くわからず、別々の話として。

話が怪しさを増し、ついにラストではそのすべてがつながるのです。
すごいですよ、本当に「すべて」なの。
詳しくは当然ミステリーだから書けませんが、どうでもいいような話ですらも伏線なんですよ。
笑いながら読んでいた中身が最終的な事件の一部だと知る時、なかなかゾクっとくるものがあります。
 
タイトルになっている『外天楼』というのは、アリオ達が住んでいる集合住宅です。
元々は普通の集合住宅だったのですが、そこに付け足し付け足しで建物をくっつけたりしているうちに、カオス化した九龍城みたいな建物になりました。
まあ、あそこまでいかないですが、人が死んでも騒ぎにならない程度に混沌とはしています。
それはこの物語の構造にそっくり。一つ一つの事件は小さくて間抜けなんだけれども、ふっと遠くから見た時に巨大な異物になっている。
「エロ本探し」の探偵ごっこが、本格ミステリーと化していくんだからたまげたね……。
 
ただ悩ましいのは、人にこの作品を紹介する時なんと言えばいいか。
一応ここは「エキサイトレビュー」ですから、SFミステリー、と銘打っておきますが、実際にそうなの?と言われるとちょっと困惑するんですよ。
ロボットを中心とした倫理観の問題が中盤から絡んでくるためSFと言って差し支えないでしょう。大友克洋テイストもふんだんに盛り込まれています。
謎解きの連続から、巨大な謎解きにつながる構造はミステリーと言っていいでしょう。
でも本質は、子供時代の「探偵ごっこ」。ミステリーと言ってもシリアスなだけではなくとぼけた人間達のやりとりの中での生死が軸になっているのです。
あえて桜場冴子をシリアスキャラではなく間抜けキャラに据えたあたりが石黒正数の見る人間観。表紙をめくったところの鼻眼鏡とかね。
とぼけた部分があるから「人間」らしい、というのは『それ町』でも描かれているテーマの一つ。
だからこれを「本格SFミステリー」というのはちょっと抵抗あります。全くもってそのとおりなんですが、どっちかというと自分なんかは「とぼけた人間達のねじれて絡まった物語」という感覚です。

個人的には中盤に挟まれた、女性型ロボットや、観賞用人工生命体「フェアリー」の話が恐ろしかったです。
いやあ、それをめぐって規制派と反対派がもめる様子なんかは極めて滑稽で、笑っちゃっていいところなんですが、痛烈すぎるくらい現代の風刺になってますよ。
人の形をしたものだったら観賞用と言って反対するのに、金魚は命としてほっといていいの?と。
どっかで聞いた話ですねえ。うーん難しい……。

一巻完結のトンデモない作品です。これは一巻以上にしてはいけないなってくらいに。
石黒正数の似た様な一巻完結作品に『響子と父さん』『ネムルバカ』がありますが、これららも一巻であることを計算しつくされた傑作。オススメです。
しかしこれだけのミステリー作品だと表紙が全く感じさせない装幀になっているんですが、実は表紙にとあるネタが隠されています。全部読んでから探してみてください。ネットに上がっている書影ではわかりませんよ。
そう、どんな巨大な事件も、推理ごっこの延長線。人間は真剣に考えることの繰り返しでつながってる。

いやはや、新房監督、ANIPLEXさん、これアニメ化してくれませんか?
ミステリーが流行りづらい時代ですが、この作品は様々な問題提起もなされていますし、ミステリーの面白さに発破をかけて穴を開けてくれる作品だと思うんですよぼくは。
(たまごまご)