「週刊文春」の人気連載「阿川佐和子のこの人に会いたい 」に綾瀬はるかさんが初登場。主演映画『ファーストボイス』はハラスメントに声をあげた女性たちの物語。「結婚がぶらさがってると言われた」「大河で燃え尽きて……」。屈託のない笑顔で本音を語り尽くしてくださいました。

【画像】「似合いすぎ…!」真っ赤なスーツに身を包んだ“バブルスタイル”の綾瀬はるかさん

(全2回の1回目/初出:「週刊文春」2026年9月24日・10月1日号)


綾瀬はるかさんと阿川佐和子さん ©文藝春秋

(あやせはるか 1985年、広島県出身。主な出演ドラマに『八重の桜』(2013)、『義母と娘のブルース』(18)、『天国と地獄 ~サイコな2人~』(21)、『元彼の遺言状』(22)など。2026年は主演映画『人はなぜラブレターを書くのか』『箱の中の羊』『ファーストボイス』(10月2日全国公開)の3本が公開される。)

◆◆◆

阿川佐和子さん(以下、阿川) 今年だけで主演映画が3本、映画のお仕事が続いていますね。今回の映画『ファーストボイス』はどのようにしてオファーがきて、やってみようと思ったんですか。

綾瀬はるかさん(以下、綾瀬) 『箱の中の羊』の撮影中で知らない間に出ることが決まっていました。

阿川 決まっていた(笑)。受けたくないって自分から言うことあるの?

綾瀬 あります。でも今回の作品はすごい勉強になりましたし、衣装を通してあの時代の雰囲気を体感できて面白かったです。

時代設定はバブル絶頂期

阿川 映画の時代設定がバブル絶頂期。綾瀬さんは当時、4歳くらいですか。

綾瀬 はい。子供だったからバブル時代をよく知らなくて。あの頃の女性はお化粧が濃いし、すごいミニスカートだったんだなと。

阿川 えっ、ミニスカート時代も知らない?

綾瀬 私が子供の頃って、安室奈美恵さんに憧れたアムラーの皆さんの間でミニスカートと厚底ブーツが流行っていましたね。私はちょっとあとのSPEED世代だったから、短パンにパーカーを合わせるボーイッシュなスタイルが好きだったんです。

阿川 映画の時代を振り返ると、綾瀬さん演じる弁護士の事務所で働く新人弁護士(松本穂香)と私、全く同じ髪型だったんです。ボブヘアにカチューシャを付けていました。

綾瀬 え~! カチューシャ、可愛いですよね。

阿川 まるで自分をみているようでしたよ。時代考証がお見事でした。

綾瀬 あの時代のヘアスタイルを作るのがなかなか大変でした。前髪に大きな動きを出すために、撮影の合間も巻いてキープしようとするんですけど、私の髪質だとすぐ崩れちゃう。前田哲監督から「もっと大きく!」って言われました(笑)。

阿川 綾瀬さんの役はプラス寝癖もつけないといけないしね(笑)。他にも、ファーストサマーウイカさんがミニに肩パッドが入ったボディコンスーツ、チリチリとしたソバージュヘアに変身していましたね。ちょっと前に大きな携帯を持ってバブリーネタでブレイクした平野ノラさんを思い出したけど、まさにあれがバブルの象徴的なスタイルなんですよ。

綾瀬 女性らしくてカッコいいですよね。自立した女性の強さを、お化粧と髪型で強調する時代だったのかなと思いました。

阿川 この映画は、日本で初めてセクシュアルハラスメントを問うた実在の裁判から着想を得たフィクション。ファーストサマーウイカさん演じる女性が職場でハラスメントを受け、挙句、退職を余儀なくされて。それで会社と上司を提訴すると。まだ「ハラスメント」という言葉が定着していなかった時代で100%勝ち目がないと言われる中、綾瀬さん演じる朝日弁護士が奮闘する。弁護士役は初めてでしたか。

3人の子連れは初めて

綾瀬 別の作品であったのですが、3人の子連れは初めてです。抱っこ紐で子どもをあやしながら家事するのは新鮮でした。

阿川 全く家事に関与しない夫(迫田孝也)にも従順でね。

綾瀬 それでいてお仕事と家事を両立していたからすごいですよね。

阿川 あの頃は女性が学校を出て就職すると、3、4年勤めて寿退社することが本人も親も会社も望んでいることだとされていて。私の父も大変な男尊女卑で、お前も幸せになりたかったら真っ当な人のところに嫁いで、専業主婦になって子供を産むのが一番だと、言ってましたもん。バブルの頃から男性社会の中に女性が少しずつ入っていったけど、私自身、よほど優秀でない限り、活躍は難しいと思ってましたよ。

綾瀬 女性は結婚したら家庭に入ることが当たり前の価値観として、多くの人に植え付けられていたんでしょうね。

阿川 就職は一時的な社会経験みたいなもの。就職しても、たいていの女性は、今でこそ死語になっている「お茶くみ・コピー取り」ばかり。25歳を過ぎて結婚していなかったら「売れ残りのクリスマスケーキ」と言われてましたからね。

「29歳のとき、『ぶらさがってる』と…」

綾瀬 でもいまだに「売れ残りだ」みたいなことを言う人はいますよね。私も29歳のとき、「ぶらさがってる」と言われたことがあります。

阿川 ぶらさがってる!?

綾瀬 ある年上の男性から「29歳の女性は結婚がぶらさがっているから、怖くてご飯にも誘えない」と。

阿川 綾瀬さんが30歳までに結婚しようと必死に違いないから、グイグイ迫ってくるんじゃないかと。

綾瀬 待って、全然そんな気ないんだけど! って感じでした(笑)。

阿川 失礼な人だね。頭にきた?

綾瀬 いや、古い考えの人なんだなって。男性はそういう考えの人、今もけっこういるんじゃないですかね。

阿川 映画に出てくる、ファーストサマーウイカさんの上司(水川かたまり)や取引先の人(工藤阿須加)といった被告側は判で押したようなデリカシーのない男たちでしたね。

綾瀬 あんなに意地悪な人いたんですか(笑)。ビックリですよね。

阿川 私が仕事を始めたのが1983年。それから6年間は『情報デスクToday』(TBS)でアシスタントを務めていたんですが、「無能な頷き役」というあだ名をつけられました。

綾瀬 え~酷い。

阿川 まぁ、本当に無能だったからね。あと、飲み会に誘われて行ったらお酌要員だったとかね。お偉いさんの隣に座ってニコニコしながら話を聞いてお酌しろと。そういう役回りを差配する人たちも悪気はなかったんでしょうけど。家でも職場でも、映画の中での男性の女性への扱いは「あったあった」と頷きながら拝見しました。

亭主関白だった父、家事を1人で担っていた母

綾瀬 私の母も、誰よりも先に気を利かせて家族にお茶をいれていましたね。父が割と亭主関白だったので。

阿川 広島の男の人って心根は優しいんだけど、亭主関白な人、多いよね。

綾瀬 はい、優しくて武士みたいな感じというか。母がご飯から何から家事は全部ひとりでしていました。今、兄は逆に奥さんにビールを注いだり料理も作ったりしているんです。人によるのかもしれないですが、世代によって違うんだなと。

阿川 そんなお父さまが2019年にお亡くなりになって、今、お母さまはおひとり?

綾瀬 祖母と住んでいたんですけど、祖母は7月に99歳で老衰のため亡くなったんです。

阿川 そうでしたか。お母さまはお元気なんですか。お父さまは会社を辞めたのを機に農作業を始められて。お母さまも一緒にトマトやキュウリにブドウまで作っていたとか。

綾瀬 農作業は今もやっています。野菜もフルーツも作るのが好きだし「毎日楽しい」と、元気そうではありますね。母は誰かに何かをしてあげることが好きだから、父や祖母の面倒をずっとみていたんです。だから2人がいなくなって寂しいんじゃないかなと、ちょっと心配で。でも母は朝日先生みたいなところがあって「大丈夫よ、ひとりの時間ができたけえね」と、いつだってプラス思考なんですよ。

広島で戦争を体験した祖母の話

阿川 ステキ! 綾瀬さんはおばあさまとも仲が良かったんですか。

綾瀬 はい、広島に帰ったらしょっちゅうおしゃべりしていました。お母さんと3人で女子会みたいでしたね。

阿川 すごい三世代だな。そのおばあさまに原爆の話を聞いたことがあったんですよね。

綾瀬 20歳のときにTBSの戦後60年特番に出演して以来、『news23』の戦争特集で筑紫哲也さんとご一緒させていただいて、戦争を体験した方にお話を聞く活動をしています。その番組の中で、私のおばあちゃんにも原爆の話を聞いたんですけど、亡くなる前もお嫁に行ったときのことや、人生で何がいちばん楽しかったか、色々聞きましたね。

阿川 例えば、どんな話が心に残っていますか。

綾瀬 嫁いだときは苦労が多かったみたいで。おばあちゃんのお姉ちゃん、私の大伯母さんを原爆で亡くしているんです。おじいちゃんはそのお姉ちゃんの旦那さんだったんです。

阿川 昔はそういうこと多かったみたいですね。

綾瀬 大伯母は、8月6日に建物疎開(空襲の火災延焼を防ぐため建物を取り壊す作業)の当番で市街地へ出ていて、亡くなったんです。

阿川 亡くなった姉さんの旦那さんと結婚するとか、亡くなった兄さんの奥さんと弟が一緒になるとかね。

綾瀬 そうなんです。おばあちゃんは8人兄弟の末っ子で、おじいちゃんと17歳年が離れているんです。おじいちゃんと大伯母の間に2人子どもがいたし、兄妹はお嫁に行くことに全員反対していたと。結局、お父さんやお母さんから、お姉ちゃんの嫁入り道具の洋服ダンスを使えばいいからと言われ、嫁ぐことになったそうで。結婚して子どもが2人できたけど、自分よりも早く娘を亡くしたりして大変だったと思います。

阿川 ご苦労なさったんですね。私も父が広島出身なんで、子どもの頃からちょくちょく広島に通ってたけど、当時は原爆ドームをみるのがこわかった。

綾瀬 初めて目にしたときは強烈でしたね。向かいにある原爆資料館へ行くと、以前は皮膚が焼けただれた人形とかが展示されていたんですけど、今はなくなったんですよ。

阿川 刺激が強いからかな。おばあさまは戦中戦後を懸命に生きてお子さんを育てたんですね。そしてそのおばあさまの息子さんのところにお嫁さんがきて、生まれたのが綾瀬さん。2000年に芸能界デビューされて、以前、『サワコの朝』(TBS)に出てくださったときにおっしゃっていた話がおかしかった。友達が受けるホリプロタレントスカウトキャラバンについて行ったら、受かっちゃったんですよね。(後編につづく)

〈ヘアメイク〉井手真紗子
〈スタイリスト〉西 真由美
〈衣装〉Plan C、GIA STUDIOS、AURALEE、KAJA BIJOUX、MARIA BLACK

〈綾瀬はるか、引退を考えた?「やり尽くしたからもういいかなと…」大河主演後の“燃え尽き”から抜け出したキッカケ《映画『ファーストボイス』主演》〉へ続く

(阿川 佐和子,「週刊文春」編集部/週刊文春 2026年9月24日・10月1日号)