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「資産はあるのに、相続税を払う現金がない」──。そう悩んでいたのは、70代のYさんです。自宅や複数のアパート、駐車場など約2億5,000万円の資産を持つ一方、手元の現金はわずか約450万円。このままでは約3,200万円の相続税が見込まれ、3人の娘への分け方にも課題がありました。相続実務士・曽根惠子氏が、借入を増やさず資産を組み替えた実例を解説します。

資産約2億5,000万円でも、手元の現金はわずか450万円

今回の相談者であるYさんは、70代の男性です。自宅のほか、複数の賃貸アパートや駐車場、貸地など、多くの不動産を所有しています。一見すると十分な資産があるように見えますが、Yさんには大きな悩みがありました。

その1つが、手元の現金が約450万円しかないことです。Yさんの資産総額は約2億5,000万円ですが、その大部分を不動産が占めています。このまま相続が発生した場合、相続税は概算で約3,200万円となる見込みでした。

つまり、財産は多くても、その相続税を支払うための現金が足りない状態だったのです。さらに、所有するアパートには築30年以上のものが複数あり、なかには築50年以上の建物もありました。今後、修繕費が増えたり、空室が増えたりする可能性もあります。

もう1つの悩みは、3人の娘に財産をどう分けるかでした。不動産は現金のように簡単に3等分できません。かといって、1つの不動産を3人の共有名義にすれば、将来、売却や修繕をめぐって意見が合わなくなる可能性もあります。

Yさんが希望していたのは、「新たな借金をしてまで土地を残したくない」「妻が安心して暮らせる自宅と生活資金を残したい」「3人の娘が相続で揉めないようにしたい」という3点でした。

不動産が財産の約98%、相続税を払う現金が足りない

Yさんの財産を整理すると、次のような構成になっていました。

【表:資産の内訳(概算評価額)】

総資産は約2億5,000万円。そのうち現預金は約450万円で、全体のわずか1.8%です。

一方、相続税は現時点の試算で約3,200万円。相続が発生すれば、納税資金をどのように確保するかが大きな問題となります。また、築年数の古いアパートを今後も所有し続ければ、大規模修繕や建て替えが必要になる可能性があります。

そこで、主に次の4つの課題を整理しました。

1つ目は、相続税を支払うための現金が不足していること。

2つ目は、老朽化したアパートの修繕費や空室など、賃貸経営のリスクが高まっていること。

3つ目は、建て替える場合、多額の新規借入が必要になること。

4つ目は、不動産中心の財産を3人の娘へどのように分けるかという問題です。

老朽化したアパートを建て替えるか、売却するか

まず検討したのが、老朽化したアパートを建て替えて土地を残す方法です。

土地をそのまま所有し続けられることはメリットですが、試算すると建て替えには約3.5億円の借入が必要でした。年間返済額も約1,280万円となる見込みです。

賃貸経営では、満室状態がずっと続くとは限りません。金利が上昇する可能性もあります。70代のYさんが新たに多額の借入を抱えれば、そのリスクをいずれ妻や娘たちが引き継ぐことになります。

そこで今回は、建て替えて土地を残すのではなく、老朽化したアパートの一部を売却し、資産を組み替える方法を選びました。

築50年以上のアパートを5,500万円で売却

最初に売却したのは、築50年以上が経過していた居宅兼店舗のアパートです。約5,500万円で売却し、諸経費や譲渡所得税などを差し引いた約4,200万円を確保しました。このうち約770万円は自宅のリフォーム費用に充て、残りを今後の生活や相続に備えた現金として残しました。

土地や建物という形で財産を持っているだけでは、急にまとまった資金が必要になったときに使うことができません。老朽化した不動産の一部を現金化することで、Yさん夫妻が今後必要となる生活資金だけでなく、将来の納税資金も確保しやすくなりました。

アパート2棟を売却し、都内の区分マンションへ組み替え

次に、修繕リスクが高まっていた別のアパート2棟も売却しました。売却後の手残りは合計で約8,600万円です。

この資金を使い、都内の駅から徒歩圏内にある築浅の収益用区分マンション2室を購入しました。1室は約4,000万円、もう1室は約3,800万円で、購入総額は諸費用を含めて約7,800万円です。

新たな借入はしていません。また、売却による手残り約8,600万円と購入額約7,800万円の差額となる約800万円は、現金として残すことができました。

こうして、築年数が経過し、今後大きな修繕費がかかる可能性のあったアパートを、比較的新しく、分けやすい区分マンションへと組み替えたのです。

「節税」だけではなく、3人の娘が分けやすい財産へ

今回、資産を組み替えた理由は、収益性や相続税対策だけではありません。

Yさんには3人の娘がいます。たとえば、大きなアパート1棟を3人で相続すれば共有になります。売却するにも、大規模修繕をするにも、原則として共有者同士の調整が必要です。一方、区分マンションであれば、1室ごとに所有者を分けることができます。

相続では、財産の総額だけをそろえればいいとは限りません。誰がどの財産を取得するのか、その後も管理しやすいのかまで考えておく必要があります。

そこでYさんの場合は、一次相続と、その後に妻が亡くなった際の二次相続まで見据えて、財産の分け方を考えました。

まずは妻の生活を守り、その後3人の娘へ

Yさんが先に亡くなった場合は、まず妻の生活基盤を確保することを優先します。

自宅や駐車場、既存のアパート、都内の区分マンションなどを妻が取得することを想定し、配偶者の税額軽減を活用した場合の相続税も試算しました。

配偶者の税額軽減では、配偶者が実際に取得した遺産について、「1億6,000万円」または「法定相続分相当額」のいずれか多い金額まで、配偶者に相続税がかからない仕組みがあります。

今回の試算では、この制度などを利用することで、一次相続時の妻の相続税負担を抑える設計としました。

さらに、妻が亡くなったあとの二次相続では、3人の娘へ財産を分けやすくしておきます。

具体的には、長女には自宅と駐車場、次女には既存の収益アパート、三女には都内の区分マンション2室と金融資産というように、不動産の価値などを確認しながら、現金も使って調整する方法を検討しました。

大切なのは、「不動産を3人で共有させない」ことです。それぞれが単独で所有できる資産を用意しておけば、相続後に売却や管理について姉妹で毎回話し合う必要も少なくなります。

手元の現金は450万円から4,680万円へ

資産の組み替えによって、Yさんの財産構成は大きく変わりました。

【表:対策前後の比較】

特に大きく変化したのが、手元の現金です。対策前は約450万円でしたが、不動産の売却と組み替えを進めた結果、約4,680万円を確保できる見込みとなりました。約10.4倍です。しかも、新たな借入はしていません。

一方、年間の家賃収入は約1,600万円から約820万円へ減少する試算となりました。ここだけを見ると収入が大きく減ったように思えるかもしれません。しかし、築年数の古いアパートは、今後まとまった修繕費が必要になったり、空室率が上がったりする可能性があります。

そのため、家賃収入の額だけでなく、修繕費や将来の維持管理費、借入返済などを含めて、手元にどれだけ残るのかを見ることも重要です。

「土地を残すこと」が家族のためになるとは限らない

相続対策というと、「できるだけ土地を売らずに残したい」と考える方も少なくありません。先祖から受け継いだ土地であれば、なおさらでしょう。

しかし、土地を残すために多額の借入をしてアパートを建て替えれば、その借入も次の世代へ引き継がれることになります。

また、築年数の古い不動産をそのまま残せば、子どもたちは相続した直後から、修繕や入居者対応、建て替えなどの問題に直面するかもしれません。

今回のYさんも、土地をすべて残すことにはこだわりませんでした。老朽化した不動産の一部を売却し、現金と比較的新しい区分マンションへ組み替える。

その結果、今後の生活や納税に使える現金を確保しながら、3人の娘へ分けやすい財産にすることができました。

相続対策では、相続税を減らすことだけを目的にするのではなく、「残された家族がその財産を無理なく引き継げるか」という視点も欠かせません。

土地を残すことが目的なのか。それとも、家族の暮らしやすさや財産の価値を残すことが目的なのか。資産の内容を定期的に見直し、必要であれば不動産を売却したり組み替えたりして、次の世代が引き継ぎやすい形にしておくことも相続対策の1つです。

曽根 惠子
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
相続実務士®

株式会社夢相続 代表取締役

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。