9月18日に脚本家の倉本聰さんが死去した。生前、倉本さんは同世代に向けて「貧幸に戻ろう」と呼びかけていた(掲載:文藝春秋2022年6月号)。

【画像】雪下ろしをする倉本聰さん

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「老人諸氏に一つの提案がある」

 目前に迫った環境危機に対し、日本の危機意識はどうかしている。世界各国が目を醒まし始めたのに、この極東の、何の資源もない島国だけが、他人事のように平和呆けして豊饒の中でのんびり眠っている。


9月18日に死去した脚本家の倉本聰さん ©文藝春秋

 世界の人々の目を醒まさせたのは、当時18歳のスウェーデンの少女グレタ・トゥンベリさんという若い活動家である。そして日本でも漸く若者たちが危機感をもって声を上げ始めた。だが肝腎の日本政府は若者たちの声に耳を貸そうとしない。我々の乗っている地球の危機がすぐ目前に迫っているというのに、今日の経済、明日の景気ばかり考えて目の見えなくなっているこの国の「大人」は一向眠りから醒める気配がない。果してこんなことで良いのだろうか。

 老人諸氏に一つの提案がある。

 眠り呆けている壮年は放っといて、朝早くから目の醒めてしまう老人たちへの提案である。若者たちに応えてやろうではないか。声を上げ始めた若者たちに、賛意の旗を振ってやろうではないか。一緒に声を上げようではないか!

 実際問題我々老人には、こゝ何十年地球を痛めつけ、こゝまでの環境危機を招いてしまったその犯人たる責任がある。古いアメリカの先住民の言葉に「地球は子孫から借りているもの」というものがあるが、我々老人はその大切な借り物を、汚し、傷つけ、めちゃくちゃにしてしまった。それをそのまゝ子孫に渡すことは大いなる恥だと考えねばいけない。我々には贖罪する義務がある。それを老後の、最後の我々の仕事にしないか。

 NASAが宇宙衛星から撮った夜の地球の写真がある。この写真を見ると愕然とする。地球の陸地の大部分は暗黒だが、わずかに都市部だけが光り輝いている。北朝鮮は全き闇である。それに対して日本列島。恥ずかしい程の光の洪水である。列島全てが輝いてしまっている。

「その時代に帰るのはいやですか?」

 僕は現在87歳。77年前、生きて暮していた敗戦直後の日本列島は、宇宙から見たなら恐らく今の北朝鮮と同じ漆黒の闇に包まれていたにちがいない。60年前、1960年前後はどうだったか。まだまだ光量は少なかっただろう。50年前、1970年代。今程の光はなかったにちがいない。

 50年前あなたはいくつだったか。20代だったか、30代だったか。少なくともあなたはその時代を生き、その時代の光量が当り前だった筈だ。その光量の中であなたは恋をし、家庭を持ち、倖せの中で自立して行った筈だ。

 その時代に帰るのはいやですか?

 耐えられないと思いますか?

*

 カーボンニュートラルだ、グレートリセットだ。今識者たちの考える環境対策への思考の方角は、いかに新しい技術をもって新しいエネルギーを生み出すか、その方向へのみ向けられている気がしてならない。使うエネルギーを減らす方法を、誰か真剣に模索しているのだろうか。

 人類は全ての動物と同じく、元々自分の体内のエネルギーだけで生きてきた。脳が肥大化してサボルことをおぼえた。自分の体内のエネルギー消費をおさえること。その為に家畜を使い奴隷を使い、産業革命以来それが化石燃料に替った。5メートル歩けばテレビのボタンを押せるのに5メートル歩くエネルギーを節約しようとリモコンというものを発明した。そうしたサボリのことを「便利」と呼んだ。そして今筋肉を使わなくなり、それを補う為に何の生産性もなく重いものを上げたり下げたり、或いは何処にも行きつかない自転車のペダルを真剣な顔で漕いだりしている。

 人がサボルことは代替エネルギーを使うことだ。そしてその小さな代替エネルギーの蓄積が地球の環境をおかしくしている。

※この続きでは、「貧幸」の実践方法を倉本聰さんが力説しています。約1万2000字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア『文藝春秋PLUS』に掲載されています(倉本聰「老人よ、電気を消して『貧幸』に戻ろう!」)。

※「倉本聰 選・構成 『私の貧幸生活』読者投稿」もあわせてご覧ください。

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(倉本 聰/文藝春秋 2022年6月号)