なぜ人は、人間よりAIに悩みを打ち明けたくなるのか。それはいつも寄り添って、肯定してくれる相手だからだという。しかし、その「優しすぎるAI」に“落とし穴”が--。新著『AIに心を預けて大丈夫か』(Hanada新書)を出版した心療内科医・海原純子氏に取材した。
撮影=今井一詞
心療内科医の海原純子氏 - 撮影=今井一詞

■情報テクノロジー専門家の危機感

「AIの登場で、アメリカは今、大変な状況にある。AIに依存して引きこもりになったり、自死に追い込まれたりして、訴訟問題にまで発展している。日本はどうなの?」

心療内科医の海原純子氏は、アメリカ在住の友人であるラスカウスキー氏から昨年末、そう尋ねられた。ラスカウスキー氏は米国陸軍大尉を経て、ゴールドマン・サックス証券会社、スイス銀行などでIT部門に所属し、システムアナリストから管理職まで歴任した情報テクノロジーの専門家である。

「日本では全然そんな話はない。“チャッピー”とか呼んで、みんな喜んで使っているよ」

と、海原氏は笑って答えた。

「いや、このままではまずい」

なおもラスカウスキー氏は、真剣な口調で語る。

「人の心も、企業のカバナンスも危機にさらされてしまう。あなたは心療内科医として一刻も早くAIのリスクを書いたほうがいいと思う」

けれども海原氏自身はそのとき、さほど興味を抱かなかった。まして「AIとメンタル」について本を書く気など、さらさらなかったという。

海原純子、ラスカウスキー照美『AIに心を預けて大丈夫か 相談・恋愛・ビジネス・教育から見えてきた人間の未来』(Hanada新書)

だが、それからしばらくして、ラスカウスキー氏から「書籍の企画書」が送られてきた時、その内容に心が惹かれた。

「企画書には、人間の医師である私に悩み相談をした場合と、AIに対して相談をした場合の比較をしてはどうか? と記されていたのです。人とAIに相談した場合、答えはどう違うのか? 誰だって面白いと感じるでしょう。私自身もやってみたいと思いました」(海原氏)

月刊Hanada編集長の花田紀凱氏は、海原氏から企画概要を聞くと、「面白い! うちで本にしましょう」と打ち合わせの場で即決。書籍化が決まった。今年2月のことだったという。そして今月25日、『AIに心を預けて大丈夫か』(Hanada新書)を出版した。ちなみに海原氏と、先のラスカウスキー氏との共著である。

■AIを使うのに要注意な人

書籍を執筆する際、海原氏は自身のホームページなどを通じて「AIをどのように使っているか?」をテーマにしたアンケートへの協力を呼びかけた。

「すると、500人近くもの方が答えを寄せてくれて驚きました。しかもイエス・ノーといった簡単な答えではなく、自分がどのようにAIを使っているかという体験談をたくさん書いてくれていたのです。みなさんにとって関心があるテーマなんだなと思うと同時に、回答者のうちの約1割は心療内科医からみて、すでにAIを使うことによるリスクが高いと感じました」

撮影=今井一詞
心療内科医の海原純子氏 - 撮影=今井一詞

海原氏は「特にAI以外に相談相手がいない人は要注意」と指摘する。

「AIと『閉じた関係』になるのが非常に危ないのです。AIは否定されにくく、いつでも応答してくれるため安心感を得やすい。その結果、これで十分だと感じて依存していき、本来必要であった受診を先送りにしてしまったり、自己理解の偏りが強化されたり、あるいは“人に話さなくても良い”と孤独を深めるリスクがあります。自殺念慮や病気の急な悪化のリスクの見逃しにつながります」

AIは「目的」「目標」、あるいは「悩み」に対する「方法を掲示すること」は得意だ。だが、「言葉以外のもの」「書かれていないもの」から何かを察知することはできない。

わかりやすい例を紹介しよう。

■「人間VS AI」の人生相談回答編

例えば同書には、当初の企画案にあったように「人間(海原氏)VS AI」の人生相談回答編というユニークな試みがされている。次のような相談があったら、あなたならどう答えるだろうか。

(相談内容)
息子が幼い子どもを連れて実家に帰ってきた。普段は定年後の自分と妻の二人暮らしだったから単調な生活だったが、孫がいて遊んだりして楽しいし生活が充実した。ただ息子の子育てについて妻も自分も気になっていることがあり、意見を言うと、そんな時代じゃない、とか言われて険悪な雰囲気になる。なにも言わずにいたほうがいいのか、言うべきかまよっている。

これに対してAIの回答は、まずは相談者が感じる戸惑いへの共感、そして相談者の息子に対する具体的な声のかけ方を示し、最後は〈何も言わずに我慢する必要はありません。ただ、「教える」より「支える」、「正す」より「寄り添う」。その姿勢が、これからの穏やかな同居の鍵になるでしょう〉と結ばれ、模範的な回答である(実はざっと1200字程度書かれていて、ここで全てを抜粋するには長いので詳しくは同書を参照してほしい)。

一方で海原氏は、相談文を読んで「息子が2歳の子どもを連れて実家に帰ってきた」という事実の重さに目を向けた、という。息子の妻はどうしているのか、離婚か病気か、別の事情か。孫はそれをどのように受け止めているのか、養育にかかる経済的負担はどのように分担しているのか--。それらの疑問をもちつつ、自分なら回答文に次のような言葉を補う、と同書に記している。

ご相談文には明記されていませんが、息子さんがお一人で子育てを担っておられる場合、そのご負担やストレスが気になるところです。また、お孫さんへの影響についてご心配があれば、その点は子育ての方法とは別の次元の問題として、落ち着いて話し合う機会を持たれてもよいかもしれません

■一番のストレス要因は

個人的にはなるほど、と思った。私ならやはりAIのように、相談者の息子への「声のかけ方」ばかり提案してしまうだろうと思う。

「書きたくても書けない、あえて触れない部分にこそ、その人にとって一番のストレス要因があることが多い」と、海原氏が説明する。

「臨床の現場でよくあるのは『妹のことなんですけど……』と話しつつ、本当は本人が抱える問題であるケース。自分のことだと言えないのです。なぜ隠すのか、そこに問題の核心があるかもしれない、と臨床医なら考えますが、AIは文章のまま受け取ってしまうのです」

だから「AIに相談してはダメ」というのではない。人に相談することに抵抗がある人が、最初の一歩として使えば有効であるという。

「自分の状態や気持ちを整理する場として、あるいはどういう風に人に切り出したらいいか、対話の練習相手としてAIはすごく役に立ちます」

つまり、AIとの関係が終着点ではない、誰かとの“橋渡し”としてAIを利用することを海原氏は勧めているのだ。

■フィリピンでは「AIより人」

もしかすると日本人はAIに依存しやすい社会環境なのかもしれない、と海原氏は考えている。同書では海原氏の友人である、フィリピン大学で心理学講師を務める松隈信一郎博士に依頼し、学生を対象としたアンケート結果が発表されているが、フィリピンでは日本とは正反対に「AIより人」が選ばれている。

「フィリピン社会では、家族や恋人に悩みを打ち明けている人が多いのです。『AIに悩みを相談して違和感を覚える』と答えた人は9割を超え、若い世代であってもAIは悩み相談の相手ではなく、あくまで学習や情報検索のためのツールとして利用されています。それは誰かが仕事で『大変だ』と言った時に、それがたとえ大して働いていない人であっても『そうだよね』と共感してくれる環境があるからではないかと考えます。

対して日本では、家族や周囲に何かを相談しても『あなたが選んだことでしょう』『もっと大変な人がいる』などと感情を否定されたり、『自分の若い頃はもっと大変だった』『あなたは恵まれている』などと比較されたり、『努力が足りない』『甘えだ』と説教をされることが多いのではないでしょうか。そうして人に相談して傷ついた経験をもつ人がAIに相談するのです」

確かにその通りで、自分自身、誰かから相談を受けた際にそのようなリアクションをしたことを反省させられる。

「だから誰にも言えなくて、一人で抱え込んで、鬱になって……AIに依存していく。またSNSで鬱憤を晴らす。日本には気分のいい人が少ないのです。ものすごく危ない社会になっていると感じます」

■AIがどれほど進化しても

AIは敵ではないし、有能な道具だ。けれども人の人生を豊かにするのは、最後まで人と人のつながりだ、と海原氏は強調する。

同書の「おわりに」に書かれたメッセージが心に響いたので紹介したい。

AIがどれほど進化しても、人は人との関わりの中で笑い、迷い、傷つき、そして成長していく。その営みは、これからも変わらないだろう。AIの進歩を恐れる必要はない。ただ、その便利さに人間らしさを預けてしまわないことが、AIを良いパートナーにする第一歩なのではないだろうか

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ノンフィクション作家、ジャーナリスト
1978年生まれ。本名・梨本恵里子「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)、『老けない最強食』(文春新書)など。新著に『国民健康保険料が高すぎる! 保険料を下げる10のこと』(中公新書ラクレ)がある。
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(ノンフィクション作家、ジャーナリスト 笹井 恵里子)