2026年8月に、プレジデントオンラインで反響の大きかった人気記事ベスト3をお送りします。PI部門の第3位は--。

▼第1位 軒先に「おうち」ができた…最速1時間、全額寄付で完成する「1棟50万円」の簡易住宅が熊本地震で大活躍のワケ
▼第2位 5年間誰も住まなかった→入居率100%に…築65年、ボロボロの元市営団地が年5000万円の家賃収入を生むワケ
▼第3位 従業員50人中49人が去った…浜松の老舗レストラン立て直した6代目が主力の「婚礼7割」を捨てて始めた"新事業"

明治元年創業の鳥善は、浜松でレストランと結婚式場を運営する老舗だ。6代目社長の伊達善隆さんが入社した12年前は店舗にクモの巣がはり、業績は右肩下がりだったという。社員のモチベーションも低下する中、事業をどう立て直したのか。ライターの天白あきえさんが取材した--。

■初代は徳川家にも仕えた歴史ある企業

静岡県浜松駅から車で約15分。まちの一角に突如緑が生い茂る場所が現れ、ゆるやかなカーブを描いた坂道を登っていくと、南国を思わせる植物に囲まれた豪華な建物が見えた。1868年(明治元年)創業の鳥善が運営するレストラン「ジ・オリエンタルテラス」だ。

撮影=天白あきえ
南国風の植物に囲まれたジ・オリエンタルテラスの正面玄関 - 撮影=天白あきえ

初代は徳川家にも仕えた歴史を持つ企業「鳥善」は、日本料理店として始まり、現在は洋食レストランやウェディング事業を展開している。自動車メーカーのスズキからの要望でインドベジタリアン食の開発から始まり、商品化したレトルトカレーのヒット、社員食堂事業の拡大、そしてJALの機内食に採用という躍進を続けてきた。

写真提供=スズキ
スズキで提供しているベジタリアン料理 - 写真提供=スズキ

これらを主導してきたのが、6代目社長の伊達善隆さんだ。新事業が好調で注目を集める鳥善だが、伊達さんが入社したときは業績が悪く、約50人いた社員のモチベーションも低かったという。「店内にクモの巣が張っていた」という状態から、どうやってスズキとコラボレーションするまでになったのだろうか。

■「このままでは会社の未来はない」

1995年、浜松出身の伊達さんは子どもの頃から運動が好きだった。高校で器械体操を始め、進学した早稲田大学では、当時珍しかった男子チアリーディング部の初期メンバーとして参加した。

「器械体操を始めたのは、サッカーじゃ一番になれないけど、これだったら勝負できるかなと思ったからです。誰もやってないことや新しいことをやるのが、昔から好きだったんですよね」

撮影=天白あきえ
子ども時代を振り返る鳥善6代目社長の伊達善隆さん - 撮影=天白あきえ

大学在学中は、両親の勧めもあり1年間アメリカに留学した。大学時代に「圧倒的に世界が広がった」という伊達さん。人と関わるなかで、「人を元気にしたり、人の可能性を引き出したりすることができたら」という思いが芽生えた。就職活動をするなかで「それは家業の鳥善でもできる」と気づき、いずれは会社を継ぐことを決心した。

家業に戻っても役に立つことを考え、コンサルティング企業に就職。その後、ウェディング事業の経験を積むために、ブライダルやホテルを手がける株式会社Plan・Do・Seeに転職し、店舗マネジメントや老舗旅館の再生などを担当した。

2014年に鳥善に入社した時、会社の状況は芳しくなかった。5代目として会社を率いる父親を含めて経営はトップダウン型で、自ら考えて行動する人は少なかった。社内の雰囲気は暗く、売り上げは下降線をたどっていた。

店内の窓や隅にはクモの巣が張っていた。「お客さんには見えているのに、スタッフには見えていない。この状況を変えなければ、会社の未来はない」と思った伊達さんは、ひとりで清掃を始めた。

■立て直しで過去最高の売り上げに

伊達さんは他にも手を加えた。投資できる余裕はないので、お金を使わずにできることを探す。

引き出物などの商品は、新しいものを追加するのではなく、自分たちが心からおすすめできるものだけに絞った。「この商材は鳥善だからこそ提案できるものだ」と言えるものを少しずつ増やしていった。

撮影=天白あきえ
プールの奥には佐鳴湖が見渡せる。きれいな夕陽が見えるという - 撮影=天白あきえ

「結婚式という形がないものなので、ウェディングプランナー自身が『ここは本当にいいものが届けられる場所だ』と思えないと、お客様にも伝わりません。式は人生一度きりのことで、それを提供する“人”にかかっています。だから、まずはスタッフの自信を取り戻さなきゃという気持ちでした」

前職時代に店舗の開発や立て直しを経験していた伊達さん。その知見を活かしながら「気づいたら日付をまたいでいるような毎日でした」と言うほど、誰よりもがむしゃらに働いた。

その成果が表れ、伊達さんの入社以来、業績は右肩上がり。2018年には過去最高の年商14.3億円を達成した。しかし、この4年間で従業員50人中49人が会社を去ってしまった。

■正しいことをやっているはずなのに…

業績は順調に上がっていた。しかし、給与など職場の環境改善に回せるまでにはどうしてもタイムラグがある。

前職で成果を上げていた伊達さんには、よくなる未来が明確に見えていた。どれくらいのスピード感でどれくらいのパフォーマンスをすればうまくいく、という実体験に基づく自信があったのだ。それを従業員にも伝えているつもりだったが、伝わり切っていなかった。

従業員にとっては、単にそれまでの2倍の仕事量を求められたように感じた人もいただろう。やることがどんどん変わり、客数が増えるという成果と同時に、負荷もかかっていた。伊達さんは、従業員から「お金の亡者だ」と陰口を言われることもあったという。

「お客様のために正しいと信じてやっていることなのに、伝わらないんだという悔しさや失望感がありました」

伊達さんは、なんとか従業員のカバーをしようと、レストランでのサービスからウェディングまで、人の1.5倍は働いた。同時にトップダウンではなくボトムアップの体制を目指した。一人ひとりがやりたいことができる環境になれば、自然とそれぞれが工夫して仕事をするだろう。そういう組織が理想的だと考えていた。

撮影=天白あきえ
店内には歴史を感じさせる写真が飾ってある - 撮影=天白あきえ

去っていくメンバーがいるなかでも新規の採用は続き、伊達さんが苦しかった時期に入社したメンバーは今ではマネージャーとなり、安心して任せられる人材に育っている。

■「コロナは幸運だった」

2019年に社長に就任。その直後の2020年、コロナ禍でピンチを迎える。感染拡大防止のための自粛要請が広まるなか、ウェディング事業が主力だった鳥善は大打撃を受け、半年間で約1億円の赤字を出した。

しかし、意外なことに伊達さんは「自分にとってコロナは幸運だった」と振り返る。これまで忙しく走り抜けてきたが、コロナで一度強制的に立ち止まったことで、0から見直す時間ができた。たとえば、支出に関してどんな意味があるのか、ひとつずつ考え直した。

撮影=天白あきえ
苦しい時の出来事も淡々と語る伊達さん - 撮影=天白あきえ

さらに、伊達さんは「人って、うまくいってる時はあまり成長しないんですよね」と付け加える。

「入社してからの5~6年は前職で学んだことを吐き出していただけで、成功はしていたけど、自分は成長していませんでした。人はしんどいときに考えて動くから成長するんだと思うんです。コロナになった時、自分のなかから湧き上がる事業アイデアがなにもないことに初めて気づき、非常に焦りました」

伊達さんは社外にヒントを求め、いくつかの講座に参加した。そのひとつが、浜松で開催された企業版リノベーションスクールだ。学生時代に「人の可能性を見い出すことが大事」だと感じていた伊達さんは「人の集合は街だ」と考え、まちづくりにも関心を持っていた。さまざまな業種の参加者たちと語り合い、遊休不動産の再生などのプロジェクトにも取り組んだ。

「普段とは違う世界の人と交流することは、自分にとって他流試合みたいなものでした。考え方や仕事の進め方が異なる人たちとの触れ合いは、すごく発見が多かったです」

■会員企業が40社にのぼる「街食堂」

以後、伊達さんは浜松のまちづくりに積極的に関わるようになる。スクールで出会った不動産業の高林健太さん、材木店の鈴木信吾さんという別領域の仲間とともに株式会社HACKを立ち上げ、浜松市中心部にある「新川モール」の指定管理を受託して整備に着手した。

新川モールは高架下の細長く広い空間で、以前は薄暗く、あまり歩きたい雰囲気ではなかった。ここを日常的に滞在できる場所にしようと、ベンチやテーブル、コーヒースタンドを設置した。

写真提供=鳥善
新川モールではイベントも開催し、人で賑わうようになった - 写真提供=鳥善

■「JAL機内食」への採用はここから始まった

この新川モールで、2024年からインドはままつフェスティバルを行い、のちにJALの機内食に採用されるきっかけを生み出す場所となったのだ。

さらに、伊達さんは新川モールのすぐ近くで2023年から「街食堂」を始めた。これは浜松で人気の飲食店が週替わりで料理を出し、会員企業の社員は割引価格で飲食できる新スタイルの食堂だ。

撮影=天白あきえ
看板に「今週の出店者」が書かれている - 撮影=天白あきえ

毎週水曜日には、“誰かの話をつまみにお酒を飲む”イベント「水曜日のヨル喫茶」を開催している。会社や属性を超えて人と出会うきっかけとして、地域の交流の場を生み出している。スズキやヤマハ、遠州鉄道など、浜松ゆかりの約40社が会員企業として登録し、3年間で160回の「ヨル喫茶」を開催した。

筆者も、この街食堂に行ってみたところ、まだ昼の12時半にもかかわらず外の看板にはなんと「SOLD OUT」の文字が。口コミを見てみると「売り切れてしまうから早めに行くこと」とあり、先にチェックしておかなかった自分を悔やんだ。

2日後、気合を入れて開店直後の11時過ぎに訪ねると、無事に入店できた。その後も続々と客が入ってきて、店員との会話から常連が多いことが伺えた。責任者に話を聞くと、完売になってしまう日が少なくないという。

撮影=天白あきえ
キッチンで忙しそうに動き回るスタッフたち - 撮影=天白あきえ
撮影=天白あきえ
2種類のメニューから、豚肩ロースと牛すじを煮込んだスパイスカレーをチョイス。肉がほろほろ! - 撮影=天白あきえ

■ブライダル一辺倒から多角化へ

日本料理から始まった鳥善は、ブライダル事業に進出し、食事や空間、おもてなしを含めて「食で人々を幸せにする場」を届けてきた。近年では、ブライダル事業が売り上げの7割を占め、「鳥善といえば結婚式場」というイメージも定着していた。

しかし、コロナで大打撃を受けたうえに今は結婚式を挙げない層も増えている。少子高齢化の影響もあり、日本全体でマーケットは毎年縮小している。このような社会変化のなかで、伊達さんは以前より「ウェディング以外の事業に取り組むこと」の必要性を感じていたのだ。

スズキと組んだベジタリアン食やまちづくりに挑戦したことで、鳥善の事業バランスは大きく変わった。コロナ前は7割を占めていたウェディング事業が約4割に減り、ベジタリアン食は1割を超え、売り上げも1億円以上に成長した。現在の会社全体の年商は13億円と、コロナ前の売り上げまでもう少しのところまで戻している。

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スズキの社食でベジタリアン料理を受け取るインド人従業員 - 撮影=天白あきえ

■ベジタリアン食にポテンシャルあり

結婚式やレストランといったBtoC事業が多くを占めていたのが、新たにベジタリアン食に挑戦したことで、社員食堂や機内食というBtoBが増えた。BtoCのみだと有事の際はどうしても弱くなる。実際、鳥善もコロナで苦しんだ。

「事業のバランスがよくなってきている」と手ごたえを感じている伊達さんは、「今後はさらにベジタリアン食に力を入れていきたい」と語った。

日本ではまだ未成熟ながら市場としてポテンシャルを感じているベジタリアン食を広めるために、緑のマークの普及にも取り組んでいく。インドには、ベジタリアンは緑、ノンベジタリアンは赤の丸いマークがあり、食品のパッケージやレストランのメニューで日常的に目にする。このマークを普及しようと、農林水産省などと話を進めているところだ。

撮影=天白あきえ
スズキと共同開発したレトルト商品にも緑色のベジマークがついている - 撮影=天白あきえ

少年時代から、誰もやってないことや新しいことをやるのが好きだった伊達さんは「人がやっていないニッチな領域だからおもしろいし、情熱が湧くっていう部分は変わらないですね」と言って笑った。

(初公開日:2026年8月31日)

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天白 あきえ(てんぱく・あきえ)
インタビューライター
名古屋市在住。インドでの就業や事務職などを経て、2021年よりライターとして活動。経営者インタビューや地方創生、地域企業の挑戦をテーマに取材を重ねている。熱意を持って行動する人々の物語を発信し、社会をよりよくするヒントを届けることを目指す。インドダンスのパフォーマーとしても活動中。
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(インタビューライター 天白 あきえ)