(※写真はイメージです/PIXTA)

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高所得世帯の家計を大きく圧迫するのが、教育費や住居費といった固定費です。高所得世帯であっても、家計破綻と隣り合わせとなってしまう原因とは。事例を見ていきましょう。※事例の人物名はすべて仮名です。

華やかな暮らしの裏で進んでいた深刻な事態

大手製薬会社で事業部長を務めるサダハルさん(60歳)は、年収2,200万円を誇る高額所得者です。妻のケイコさん(55歳)は専業主婦として家庭を守ってきました。都内のタワーマンションで羨まれるような暮らしを送ってきたサダハルさん一家。

サダハルさんとケイコさんのあいだには、長女のリノさん(23歳)、双子のイトさんとオトさん(19歳)という3人の娘がいます。娘たちは全員、幼稚園から大学まで一貫して「オール私立」。現在は3人とも都内の有名私立大学に通い、長女のリノさんは有名私立大学から理系学部で同じ大学の大学院へ進学、双子のイトさんとオトさん(大学2年生)もそれぞれの専門分野で勉学に励んでいました。

世間から見れば何不自由ないエリートファミリーでしたが、サダハルさんの60歳という節目の時期を迎え、恐ろしい現実に直面することになります。

「年収2,200万円」とはいっても、高額所得者ゆえに税金や社会保険料の負担は重く、手取り額は年間1,400万円ほど。そこから毎月35万円におよぶタワマンの住宅ローン返済(年間420万円)や管理費、そして年間600万円近くに達する3姉妹の私立大学の学費が引かれます。さらに、家族揃っての毎年の海外旅行や週一回の外食といった高水準な生活費が重なり、毎年手元に残る貯蓄はほとんど「ゼロ」に近い状態が続いていたのです。

「定年時には退職金が約3,000万円入るし、定年後も役員再雇用で残って働き続ければなんとかなる」

サダハルさんはそう考えていたものの、60歳を前にして住宅ローンの残高がまだ2,000万円以上残っていることに懸念があります。退職金の大半をローンの完済に充てれば、ほかの株式や貯蓄といった金融資産を考慮しても老後資金は心許ないのが現実です。

そこへ追い打ちをかけたのが、妻ケイコさんの病気でした。だるさが続くなか、当初は更年期障害かと思い、病院へは行っていなかったのですが、長引く体調不良から検査を受けたところ、手術と長期的な通院治療が必要な疾病が見つかったのです。

「年収2,000万円以上もあるんだから、月数千円の民間医療保険に入るなんて無駄。なにかあっても貯金と高額療養費制度で十分賄える」と高をくくり、10年以上前に医療保険を解約していたことが、裏目に出ました。公的保険が適用されない個室代(差額ベッド代)や病院へのタクシー代、自己負担となる特殊な検査費用などが重なり、毎月数十万円単位の現金が削られていったのです。

資金繰りに窮したサダハルさんは、ニュースで耳にした「多子世帯の大学無償化」を思い出して調べました。しかし、判明した現実は甘くなく……。

長女のリノさんは大学院生なので、そもそも制度の対象外。学部生の双子についても、私立大学の減免上限は年間70万円までとなっており、実際の授業料との差額は自己負担として残ります。さらに、長女のリノさんが大学院修了後に就職して親の扶養を外れた瞬間、扶養する子どもが2人に減るため「同時扶養3人」の要件から外れ、下の子たちへの支援もすべて打ち切られる仕組みになっていたのです。

「このままでは、老後資金どころか娘たちの今後の学費すら払えなくなる……」

追い詰められたサダハルさんは週末、リビングに妻と3人の娘たちを集めました。そして、これまで一度も口にしたことのなかった「家計事情」を打ち明けたのです。

「リノ、イト、オト、許してくれ……。うちはいま、お前たちが思っているほどお金がないんだ」

驚きで言葉を失う3姉妹に対し、サダハルさんは頭を下げ、奨学金の活用やアルバイトでの生活費負担について相談させてほしいと頼みます。華やかなタワマン生活の裏側で、我が家が破綻寸前だったという真実を知り、家族の空気は凍りつきました。

高所得世帯の「固定費の重圧」と老後資金のリスク

高額所得者であっても、住居費や教育費の重圧は家計を直接圧迫します。

住宅ローンの負担感

都内のタワーマンション等を1億円前後で購入した場合(借り入れ8,000万~9,000万円・35年ローン)、毎月の返済額は30万~35万円(年間360万~420万円)規模となり、管理費・修繕積立金を合わせると住居維持費だけで年間500万円近くに達します。

私立大学の教育費水準

文部科学省の「私立大学等の令和5年度入学者に係る学生納付金等調査結果」によると、私立大学の授業料平均は年間約96万円ですが、理系学部や有名私立大学では年間130万~180万円に達することも珍しくありません。3人の子どもが同時に通学する場合、学費だけで年間400万~500万円、通学費や教材費等を含めると年間600万円規模の現金支出となり、固定費として重い負担となります。

さらに、年収2,000万円を超えると累進課税によって所得税・住民税の負担率が跳ね上がるため、手取り率は低下します。「高収入だから大丈夫」という過信から生活水準を上げてしまうと、年間を通じて高額な収入がありながら貯蓄が増えない構造に陥ります。

また、サダハルさんのように子どもが3人いる場合、期待されるのが、2025年4月から拡充された「高等教育の修学支援新制度(多子世帯の大学無償化)」でしょう。しかし、実際の運用にあたっては複数の構造的な制約が存在します。

第一に、本制度の対象は大学(学部)、短期大学、高等専門学校、専門学校に限定されており、大学院の授業料減免は含まれません。

第二に、私立大学の授業料減免には年間約70万円(入学金上限26万円)という規定の上限が設けられており、実際の高額な授業料との差額は自己負担となります。

そして第三に、本制度には「親が子どもを3人以上同時に扶養していること」という厳格な要件が存在します。第1子が大学院修了や就職によって親の税制上の扶養から外れると、扶養する子どもが2人に減るため、在学中である第2子・第3子も多子世帯の支援対象から自動的に外れる仕組みになっています。きょうだい間に年齢差があるほど、最も教育費が重なる時期に支援が切れてしまうという逆説的な構造が生じるのです。

OECD『Education at a Glance 2024』によると、日本の高等教育における家計負担率は約51%(OECD加盟国第2位)に達し、OECD平均(約22%)の倍以上となっています。GDP比の公的教育支出も3.9%(OECD平均4.7%)と最低水準にあり、日本の高等教育は長年にわたり個々の家計の自己負担に依存してきた背景があります。

さらに家計破綻の引き金となるのが、健康リスクと無保険状態です。厚生労働省『令和4年度 国民医療費の概況』によると、1人あたりの年間医療費は50代・60代を境に急増します。「高額所得だから貯蓄で賄える」「公的な高額療養費制度があるから民間の医療保険は不要」と判断して無保険を選択するケースもありますが、公的制度の対象外となる差額ベッド代や先進医療費、通院交通費などは全額自己負担となります。固定費によって手元の貯蓄余力が削られている状況で突発的な病気に直面した場合、予期せぬスピードで手元資金が枯渇していくことになります。

世帯の収入水準に関わらず、早期に住宅ローンや教育費といった固定費の上限を見極め、ライフプランを可視化しておくことが不可欠です。公的支援制度の正確な条件や構造的限界を正しく把握したうえで、万が一の事態に備えて親子で現実的な経済状況を共有し、奨学金や社会制度を適切に活用しながら持続可能な家計運営を目指す姿勢こそが、老後破綻を防ぐ現実に即した鍵となります。