友人同士が繋がる幸せな時間(著者撮影)

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 2024年7月に膵臓がんの告知を受けたY・Jさん。その事実を友人たちに伝えるために頭を悩ませた時期がありました。そうしたなか、彼はこれまで意識してこなかったことに気づかされます。【Y・J/大学教員、映像作家】

(全2回の第2回)

第1回【“余命宣告を受けたがん患者”が本格的な治療を前に「友だちと宴会を開いた」納得の理由…「結果的には正解でした」】からの続き。

※個人情報およびプライバシーに配慮し、内容の趣旨を違えない範囲で一部の表現を変更しています。

【写真を見る】親しいからこそ言いにくいこともある…がん患者という“新しい世界”を生きる筆者の近影

 もう一つ、この時期に気がついたことがあった。

 周囲の人たちの雑談が、妙によく耳に入ってくるようになったことだ。私は以前から喫茶店で仕事をすることが多かった。だが、それまでは周囲の席でどんな会話がなされているのか、あまり気にしたことはなかった。

友人同士が繋がる幸せな時間(著者撮影)

 ところが、自分が「がん世界」の住人になってから、耳に入ってくる言葉に対する感度が明らかに変わった。

 ちょっとした気候の変化による体調不良。長年患っている持病の状態。病院や薬の話。リタイア後と思われるおじさんやおばさんたちの会合で話されていることは、感覚的には八割方が体調に関することだった。

 そして、これはどちらかというと女性同士の会話だったが、友人や夫、両親など身近な人ががんになり、そのことを気にかけているという話が驚くほど頻繁に交わされていた。電車の中でも同じだった。

 世の中では、こんなにも自分自身や親しい人の体調が雑談のテーマになっているのか。

 それまでの私は、そのことにまったく気がついていなかった。

 2025年に出版された『イン・ザ・メガチャーチ』は、“推し活”をテーマの一つとした小説で、2026年には本屋大賞を受賞し、50万部を超える大ヒットとなった。

 この作品の中で、実は「雑談」というものが重要な意味を持つ場面がある。

※以下、作品の内容に触れるため、いわゆるネタバレを含むことになる。また、作品についての解釈は、あくまで私個人の見解であることをあらかじめお断りしておく。

雑談を通じて情報を教え合う

 登場人物の一人は四十代後半の男性だが、ある場面で、デビュー前の男性アイドルから、男性は雑談が苦手だと指摘される。

 何ということもない会話によってその場の雰囲気をつくっていくことは、概して女性が担ってきた。一方、男性、とりわけ社会人になった男性は、仕事のことやテーマがはっきりした話題であれば自分の見解を述べることができる。しかし、何を目的としているのかもはっきりしない会話を続け、それによって場を盛り上げていくことが苦手だというのだ。

 その男性アイドルは、アイドルグループに入ったことで、男性同士で会話をする機会が増えた。そして、その経験を通して、女性たちが日常的にしている「雑談」が、単なる意味のないおしゃべりではないことに気がついたという。

 女性たちは、雑談を通じて互いにさまざまな情報を教え合っている。

 しかも、その情報の多くは、自分自身が決して強い存在ではないことを前提としている。身体の調子が悪いときにどうするのか。心が疲れたときにどうするのか。誰かとの関係で困ったときにどうするのか。自分自身や周囲の人間をどのようにケアするのか。

 そうした情報が日常的な会話の中で交換されている。

 そして、自分や他人をケアするための会話を続けることが、結果として、その場の空気そのものをケアすることにもつながっている。

 男性アイドルはそのことに気づき、自分はそのような会話ができない男性にはなりたくなかった、という趣旨のことを話す。

 この場面を読んで、「自分のことだ」と思わない男性は少ないのではないかと思う。私もその一人だ。友人は多いなどと偉そうなことを言ったものの、では、そうした場をつくる会話を自分ができていたのかと問われると、そういうわけではない。聞き手としては存在価値があったかもしれないが、連載第1回にも書いた通り、もともと自分語りが得意ではない。まして、自らの弱さをさりげなく会話に盛り込むなどできるわけはなかった。

“時間の流れ”の変化

 さらにもう一つ、この時期に感じていたことがある。

 自分を取り巻く「流れ」のようなものを、以前よりも強く感じるようになったことだ。例えば、時間の流れ。情報の流れ。他者とのやり取りによって生まれたり、逆に失われたりするエネルギーのようなもの。うまく言葉にはできないのだが、そうした物理的な何かが自分の周囲を流れていることを、ふとした瞬間に感じるようになった。

 決してスピリチュアルな意味で言っているわけではない。むしろ、それまでなら存在していることさえ意識しなかった摩擦のようなものを、実際に身体で感じるようになった、と言ったほうが近い。

 例えば時間である。

 これまでの私であれば、誰かから誘いを受けたとき、数十秒で返信することも珍しくなかった。スケジュールアプリを開き、その日が空いているかどうかを確認する。それだけで「行ける」「行けない」を判断することができた。

 ところが、がんになってからはそうはいかない。

 治療のスケジュールを確認する。その日の前後に抗がん剤治療が入っていないかを考える。さらに、その時期に自分の体調がどうなっているか予想する。

 そうすると、それまでなら数十秒で済んでいた返事に、一時間、二時間とかかることがある。ときには、返事をするまでに数日かかることさえあった。

 この時間感覚の違いは、思っていた以上に大きかった。

“弱い存在である”という前提で生きる

 情報についても同じだった。

 テレビ、新聞、ネットニュース、SNS。そこから流れ込んでくる情報自体は、がんになる前と大きく変わったわけではない。変わったのは、私の側の感度だった。

 まず単純に、病気に関係する情報がやたらと目に入るようになった。医療保険に関する政策のニュース。がん対策についての特集番組。新しい治療法の記事。以前ならほとんど意識せず通り過ぎていた情報に脳が勝手に反応する。新聞の一面下部にある書籍広告の欄もそうだった。そこに医療や健康、病気に関する本がこれほど高い割合で並んでいることに、私はがんになって初めて気がついた。

 がんになってから、周囲の雑談がよく耳に入るようになったことも、同じことなのだろう。

 こうした感覚の変化は、自分を基準とした時間の流れそのものを変えることになった。車は一定の速度で走っているときには、その速度をそれほど意識しない。だが、ブレーキを踏めば、身体はそれまでの速度を否応なく感じる。
 
 それと同じように、私自身の感度が変わったことで、それまで意識することのなかった時間や情報の流れが、かえってはっきりと感じられるようになったのかもしれない。

 そして私は自分が「非がん世界」にいる健常者から少しずつ遠ざかり、「がん世界」に足場を移しつつあることを実感するようになった。だが、それは単純に何かを失っていくことだけを意味していたわけではない。

『イン・ザ・メガチャーチ』でアイドルが語ったように、自分が弱い存在であることを前提として生きるという、これまでの私にはなかった新しい扉を開いてくれることでもあった。

 がんになったことでこれまで通りの生活はできなくなった。しかし同時に、それまで聞こえなかった会話が聞こえるようになり、見えていなかった情報が見えるようになった。そして、自分の弱さについて語ることも、誰かの弱さについて耳を傾けることも、人と人との関係をつくる大切な一部なのだということを、少しずつ実感するようになった。

 友人たちに病気を伝えるという行為も、振り返ってみれば、その扉を開く最初の一歩だったのかもしれない。

※記事中で引用・参照した文献・資料の出典は以下の通りです。
『イン・ザ・メガチャーチ』(朝井リョウ著/日本経済新聞出版/2025年)

第1回【“余命宣告を受けたがん患者”が本格的な治療を前に「友だちと宴会を開いた」納得の理由…「結果的には正解でした」】では、友人関係を大事にするY・Jさんの“何とも言えない下心”について報じている。

Y・J
1963年生まれ。京都大学大学院を経て、テレビ局に就職し、数多くのドキュメンタリー番組や教育番組を手掛ける。退職後は大学に転職し、現在も教員としてメディア論や社会学などを教えている。

デイリー新潮編集部