15日、DeNA戦で蝦名達夫にソロ本塁打を浴びた戸郷翔征

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マジック点灯チームの7連敗は記憶にない

 ソフトバンクが3連覇した。まずはおめでとうと祝福したい。ぶっちぎりだった。開幕前、優勝と予想していた。1年間通しての総合力が他球団とは全く違う。日本ハムは連勝すれば連敗する粗っぽさがあると見ていた。いまは日本シリーズで巨人が対戦することを願っている。さて、セ・リーグだが、阪神が巨人に首位の座を「どうぞ、どうぞ」とすすめているのに、巨人は「結構です」と押し返している--。

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 柔らかく言えばそんな図に思えたね。巨人が首位奪還のビッグチャンスをみすみす逃した。阪神に0.5ゲーム差と迫って迎えたDeNA戦に3タテを食らった。阪神もまた中日に3連敗して連敗は7まで伸びた。

15日、DeNA戦で蝦名達夫にソロ本塁打を浴びた戸郷翔征

 私は1962年にプロ野球人生をスタートさせた。81年の引退以後もずっと関わってきたが、マジックが点灯しているチームの7連敗は記憶がない。

 阪神はお粗末だけど、追いかける巨人が3連敗……輪をかけてお粗末だ。こんなチャンスはそうそう巡ってこない。

 逆に阪神はまだついている。阪神は17日の広島戦で連敗を脱出した。完勝だった。巨人とのゲーム差を1に広げた。3連勝4連勝の目も出てきた。勝ったり負けたりのプロ野球、自然の法則である。

15日に至っては「勝負あり」が早すぎる

 それにしてもDeNA戦の3連敗は内容が悪かった、いや悪すぎた。

 巨人は12日の阪神戦(東京D)に1対0で勝利して13日に横浜に乗り込んだ。勢いがあった。ところが先発の小笠原慎之介が1回、度会隆輝の安打から死球と四球が絡んだ無死満塁で佐野恵太に一発を浴びた。これで巨人の勢いは消えてDeNAが勢いづいた。先に4連勝しているし、3連戦の主導権を握った。

 14日は延長12回に守護神、ライデル・マルティネスのサヨナラ悪送球で幕となった。一度は引っ繰り返した試合を落とす結果となった。投手を10人使っていただけに、よけい後味が悪かった。

 15日はエース・戸郷翔征が2回を9失点だ。4本塁打を浴びた。守備のミスも絡んだ。3回終了で9点差だ。

 5、6点差なら年に一度か二度は逆転することもあるけど、9点差となったら逆転は4、5年に一度だろう。2回で勝負ありだ。

打線に疑問…石塚には怖さがない

 また打線の話になる。15日の試合では5番・石塚裕惺、6番にボビー・ダルベックを置いた。この発想がわからない。「あなたは彼より下だよ」と言っているようなものではないか。

 ダルベックは確かに三振が多いが、24本塁打、77打点を挙げている。いずれもチームトップの成績だ。これでは本人が面白くないはずだ。

 石塚には怖さがない。おっつけて中堅から右方向に打球を飛ばしているが、内角の速球に対応できていない。まずファウルか空振りか見逃しか。今季は25安打だが、左翼方向へのカーンといった生きのいい打球をとんと見たことがない。二、三度くらいではないか。これでは相手投手が嫌がらない。

 プロ2年目、いまは試行錯誤の段階だが、考える必要がある。7、8番が妥当だと思う。

相手が嫌がる選手をスタメン起用すべき

 打線をだれが組んでいるのか知らない。相手投手との相性やデータ、その日の調子か。いずれにせよ、最終決定は橋上秀樹監督代行が下す。

 自軍の都合や考えよりも相手の立場に立つことも必要だ。どんな打線を組んだら対戦相手が嫌がるのか。浦田がケガをして登録を抹消された。どうするかだが基本的には、

 1番・浦田俊輔、2番・松本剛、3番・泉口友汰、4番・ダルベック、5番・大城卓三、6番・丸佳浩、7番・坂本勇人、8番・佐々木俊輔。

 12日の阪神戦に勝てたのは丸、坂本がスタメンでプレッシャーをかけたのも勝因の1つだと思う。

 残り12試合、丸と坂本を全部スタメンで起用するのも手だ。2人には苦しい戦いをしのいできた経験がある。打つ、打たないではない。相手が嫌がる。この2人をいま使わず、どこで使うのか。

10勝2敗のつもりで戦うべし

 チーム防御率2.89は阪神の2.86に次ぐ2位だ。2得点では勝てない。3点でいい勝負、4点取れば勝利の境目だ。

 投手陣が踏ん張り、打線につながりが出ればまだまだいける。

 18日からは東京Dに中日を迎えての2連戦、そしてヤクルト戦だ。中日は阪神を3タテして上り調子だ。油断したら足をすくわれる。1勝1敗ではダメ、連勝でいくしかない。

 残り12試合、全勝とは言わない。10勝2敗でいくつもりで戦ってほしい。

 最後まで頑張れ。

(記録などは17日現在)

柴田 勲(しばた・いさお)
1944年2月8日生まれ。神奈川県・横浜市出身。法政二高時代はエースで5番。60年夏、61年センバツで甲子園連覇を達成し、62年に巨人に投手で入団。外野手転向後は甘いマスクと赤い手袋をトレードマークに俊足堅守の日本人初スイッチヒッターとして巨人のV9を支えた。主に1番を任され、盗塁王6回、通算579盗塁はNPB歴代3位でセ・リーグ記録。80年の巨人在籍中に2000本安打を達成した。入団当初の背番号は「12」だったが、70年から「7」に変更、王貞治の「1」、長嶋茂雄の「3」とともに野球ファン憧れの番号となった。現在、日本プロ野球名球会理事を務める。

デイリー新潮編集部