【多剤耐性菌治療の最前線】抗菌薬が効きにくい「人工関節感染症」に希望 30株中26株で治療候補のファージを確保できた驚きの結果【前後編の後編】
抗菌薬が効きにくい「薬剤耐性菌」が世界的な問題となるなか、新たな治療法として注目されているのが、細菌に感染するウイルスを利用した「ファージ療法」だ。海外では、多剤耐性菌による重篤な感染症から患者を救った症例が報告され、日本でも患者ごとの感染菌に合ったファージを選ぶ「個別化ファージ療法」の臨床応用に向けた研究が進む。抗菌薬が効かない感染症の新たな治療選択肢となるのか──。シリーズ「医心伝身プラス 名医からのアドバイス」、薬剤耐性菌感染症の診療・研究や個別化ファージ療法の臨床導入に取り組む国立健康危機管理研究機構(JIHS)国立国際医療センターの早川佳代子医長が、その可能性と臨床応用の現在地を解説する。
個別化ファージ療法の可能性を示した「30例の研究」
個別化ファージ療法の臨床応用に向けた研究は、国内外で進められています。海外では、個別化ファージ療法を受けた100人の治療経過をまとめた研究が報告されています。対象となった難治性の感染症の約8割で症状の改善がみられ、約6割で原因となった細菌が検出されなくなりました。ただし、ファージ療法を受けなかった患者さんとの比較は行なわれていないため、この研究結果だけでファージ療法の治療効果が証明されたとは言えません。
そこで私たちのグループでは、ファージ療法の臨床現場での活用を目指し、再発・再燃した18歳以上の感染症患者さんを対象に、基礎データを集める研究を行ないました。対象としたのは、皮膚軟部組織感染症、骨関節感染症、呼吸器感染症、心臓デバイス関連感染症、複雑性尿路感染症、難治性腹腔内感染症です。
実際に登録された30例では、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)が10例、カルバペネム耐性緑膿菌が5例、非結核性抗酸菌が6例などでした。この研究では、ファージそのものを患者さんに投与するのではなく、患者さんから分離された感染細菌に対して、治療候補となるファージが準備できるかを検討しました。
その結果、30株中26株(86.7%)で、効果が見込めるファージを準備することができました。特にカルバペネム耐性緑膿菌に対するファージは、MRSAや非結核性抗酸菌に比べて、環境中から見つけやすい傾向がありました。この結果から、個別化ファージ療法を臨床試験につなげていくうえでの実現可能性が示されました。こうした基礎的な検討に加え、特定の感染症に対してはファージ療法の有効性がより具体的な形で示されつつあります。では、具体的にどのような感染症で、ファージ療法の活用が期待されているのでしょうか。
バイオフィルムに潜む細菌への効果を狙う
近年、ファージ治療の活用が期待されている感染症の一つが、人工関節周囲感染症です。人工関節の性能や耐久性が向上し、膝や股関節などの治療で人工関節置換術を受ける患者さんが増えています。多くの場合、手術が成功し、痛みがなく歩行ができるようになります。しかし、一部の患者さんでは、人工関節の表面に細菌が付着して感染を起こし、人工関節周囲感染症を発症することがあります。
特に問題となるのが、人工関節の周囲に形成される「バイオフィルム」です。バイオフィルムとは、細菌が人工関節などの表面に集まり、細胞外の物質に包まれた状態のことです。バイオフィルム内では細菌の活動性が低下するため、抗菌薬が効きにくくなります。場合によっては、通常の状態にある細菌と比べて、抗菌薬に対する抵抗性が100~1000倍高くなるとも言われています。
こうしたバイオフィルムに対して、ファージ治療が有効となる可能性が指摘されています。一部のファージは、バイオフィルムを構成する物質を分解する酵素を持ち、内部の細菌に到達して感染・増殖できる場合があります。また、ファージと抗菌薬を併用することで、バイオフィルム内の細菌に対する治療効果が高まる可能性があります。
ファージ療法を臨床の現場へ届ける
イタリアで、再発を繰り返していた緑膿菌による人工股関節感染症の62歳女性の症例が報告されています。この患者さんは、人工関節感染症の再発に対して外科的処置を受けた後、メロペネムと個別化ファージ療法を併用して治療されました。ファージ療法が終了して2年後まで、感染の再発を示す臨床所見はみられず、治療から7か月後に行なった白血球シンチグラフィでも、人工関節周囲に病的な集積は認められませんでした。この症例は、個別化ファージ療法を抗菌薬や外科的治療に追加することで、難治性の人工関節感染症を治療できる可能性を示す一例といえます。
また、ファージ療法を実際の治療として患者さんに届けるには、治療効果だけでなく、品質や安全性を確保するための体制を整え、法制度にも対応する必要があります。2025年5月31日、改正再生医療等安全性確保法が施行され、核酸等を用いる医療技術が新たに同法の対象となりました。日本におけるファージ治療の臨床応用として私たちが計画している個別化ファージ治療についても、この法制度の下での臨床研究としての実施を視野に入れ、品質や安全性を確認するための体制整備を進めています。
■前編記事から読む:【多剤耐性菌治療の最前線】余命宣告寸前から生還した患者を救ったのは"細菌を食べるウイルス"だった 抗菌薬が効かない時代の新たな選択肢【前後編の前編】
【プロフィール】早川佳代子(はやかわ・かよこ)/国立健康危機管理研究機構(JIHS)国立国際医療センター・国際感染症センター総合感染症科医長。総合内科専門医、感染症専門医・指導医。臨床感染症学、薬剤耐性、医療疫学を主な研究領域とし、薬剤耐性菌感染症の診療・研究に携わるほか、個別化ファージ療法の臨床導入を進めている。
取材・文/岩城レイ子
