日本でブームが起きた後、本場イタリアで知名度を上げた菓子がある。イタリア在住コラムニストのヴィズマーラ恵子さんは「ローマ発祥の伝統菓子『マリトッツォ』は、ミラノではほとんど知られていなかった。しかし日本で大流行した後、イタリアの一部都市でも注目されるようになった。日本の商社が『日本でまだ知られていないイタリアもの』を探して流行を作るケースは多く、これはその典型例だ」という--。(第3回)

※本稿は、川口マーン惠美、ヴィズマーラ恵子『誠実な日本人が信じるドイツ神話にイタリア幻想』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/Guven Ozdemir
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Guven Ozdemir

■日本にドイツ料理店が少ない理由

【川口】日本ではイタリア料理店が非常に多い一方で、ドイツ料理店はほとんど見かけません。

これは、単に「人気の差」ではなく、料理文化そのものの違いが背景にあります。まず、ドイツ料理というカテゴリーが不明です。昔の王様や領主というのは、音楽家はイタリアから呼び、コックにはフランス人を好んだ。そもそもドイツには食材が不足しています。

冬は寒くて何もないから、冬場のビタミン補給のためにキャベツを発酵させたザワークラウトという保存食が定着した。小麦の栽培が定着したのも結構遅く、それまでは獣を狩ったり、木の実やベリーやきのこを集めたりしていた時代が長かったと言います。

北部の海沿いを除くと、海もないし、農業をするにも湿地帯が多かった。だから、地中海に面したイタリアのように、農業はある、海の幸、山の幸もあるという土地柄とは、食に対する観念も意気込みもまったく違ったのだと思います。なにしろ、食材の不足は食にとっては致命的ですからね。興味が培かわれなくても当然。

■ソーセージは「立ち食いそば」扱い

【川口】今ではグルメのドイツ人も大勢いますが、一般的に食べることにはそれほど情熱を傾けない人の方が多い。

衣食住のうち何に興味があるかというと、一にも二にも、「住」で、その次に「衣」

と、最後に「食」が来ますね。そして、ドイツ人自体、そういう“自分たちの傾向”に少し劣等感を持っているところがあります。

ただ、だからと言って、ドイツに美味しいものがないというわけではなく、野菜もお肉もお魚もヨーロッパ各地から入ってくるし、お金さえ出せば、極めて品質の良い美味しいものがいただけます。だから、ドイツのお料理はソーセージとジャガイモと思っている人は、ドイツを知らない人です。

これではドイツ人があまりにも気の毒。確かに、ソーセージもジャガイモも大変おいしくて、私は大好きです。しかし、ソーセージというのは日本で言えば立ち食いそばのような感じで、正式な料理ではありません。だから、高級レストランに行って探しても絶対にない(観光客の集中しているところは例外)。その代わりにドイツ中、どこに行ってもその土地特有のソーセージがある。しかも美味しい。

■ドイツのジャガイモは日本にとってのお米

【川口】一方、ジャガイモは家庭料理としていろいろなパターンのお料理があるし、正式なレストランなどでは付け合わせとしての定番です。ドイツのジャガイモは、お料理に合わせて何十もの種類があり、付け合わせに向いた種類、ポテトサラダに向いた種類と、まさに日本のお米文化ほどの繊細な分類となっています。

なお、ドイツの名物とされているシュヴァインスハクセ(豚すね肉の丸焼き)や、アイスバイン(豚すね肉の煮込み)は、本来なら高級料理のジャンルには入りません。旅行者はよく注文していますが、ドイツ人で食べている人を見かけるのは非常に稀。どちらも肉の塊で、ボリュームがありすぎるし、何となく野蛮っぽくて、現代の風潮には合いにくいところがありますね。でも、ちゃんとしたお店でいただくと、これも美味しいものです。

ちなみに、日本で「ドイツ料理店」の看板を掲げている店は非常に少ないけれど、だからといって、在日ドイツ人がドイツ料理を恋しがっている風もありません。ドイツ風ビアホールがあれば、OKでしょう。

■ミラノでは無名だったマリトッツォ

【川口】また、日本で有名なバウムクーヘンも、実はドイツでは一般的なお菓子ではありません。バウムクーヘンが日本で広まった背景には、第一次世界大戦中に日本で捕虜生活を送ったドイツ人菓子職人カール・ユーハイムが、広島でバウムクーヘンを広めたという歴史があるそうです。日本では“ドイツ菓子の代表”として定着しましたが、ドイツではクリスマスのお菓子です。でも、食べたことのない人も多いと思います。

【ヴィズマーラ】日本で2019年頃に大流行した「マリトッツォ」は、ローマ発祥の伝統的な菓子で、バールで朝食として食べられる伝統的な菓子です。しかしミラノではほとんど知られておらず、特に東京や大阪で人気が出た後、イタリアの一部都市でも注目されるようになりました。

マリトッツォ(写真=Saggittarius A/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

日本の商社が「日本でまだ知られていないイタリアもの」を探して流行を作るケースは多く、マリトッツォはその典型例です。

■ミラノで食べるカルボナーラが邪道な理由

【ヴィズマーラ】同様に、ティラミスも日本のバブル期に大流行し、今では日本のイタリア料理店に定番メニューとして提供されることが多くなっています。イタリアでは、料理は地域ごとの伝統が強く、どこでも同じ料理が食べられるわけではありません。

● ミラノ:リゾット・オッソブーコ
● ローマ:カルボナーラ、アマトリチャーナ、マリトッツォ
● ヴェネト:ティラミス、白ワイン(プロセッコ)
● 南イタリア:生パスタ(オレッキエッテ、ラビオリ)

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川口マーン惠美、ヴィズマーラ恵子『誠実な日本人が信じるドイツ神話にイタリア幻想』(ワニブックス)

そのため、ミラノでカルボナーラやティラミスを出す店は観光客向けであって、地元民はあまり利用しません。イタリア人は「その土地で、その土地の料理を食べる」ことを非常に重視します。

ミラノは特に外食費が高く、魚介類はスーパーでも高額、電気代が高いためオーブン料理は家庭で敬遠される、外食は観光地価格で割高、という事情があります。

そのため、イタリア人は家庭料理を重視する傾向が現在も強く残っています。イタリアでは近年、偽装オリーブオイル(スペイン産をイタリア産と偽る)、偽装ワイン、中国産トマトをイタリア産と偽装したトマト缶などが大規模に摘発されました。

特に、4ユーロ以下のエクストラバージンオリーブオイルの中には偽物も多く含まれると指摘されています。数十万トン単位の押収が行われたこともあります。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科卒業。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。2026年には、第46回エネルギーフォーラム賞にて『原子力はいる? いらない? 原発大国フランスと脱原発ドイツ』(ワニブックス、山口昌子との共著)が優秀賞を受賞。
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ヴィズマーラ 恵子(ヴィズマーラ・けいこ)
翻訳者・コラムニスト
福岡県出身。日本茶舗「MATCHA STORE」代表取締役。中学校の美術科教師を経て2000年にイタリアへ渡り、フィレンツェ留学後ミラノに移住。ミラノ郊外にて抹茶ストアと日本茶舗とスーパーカー並行輸出コンサル会社を経営する。在イタリア邦人の視点で現地から生の声を綴る。文化放送「おはよう寺ちゃん」コメンテーター。著書に『イタリアからの警告』(ワック)。
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(作家 川口 マーン 惠美、翻訳者・コラムニスト ヴィズマーラ 恵子)