俳優・古舘寛治が語る、日本の映画界にいま必要なこと「精神論を打開して、システムを作らなければいけない」
舞台から俳優のキャリアをスタートさせ、若い頃にアメリカで演技を学んだ古舘寛治さん。短編映画『挨拶』で初監督を経験したいま、俳優としての演技観はどこにあり、これからどんな作品づくりを目指すのか。「頑固親父なんですよ」と笑いながら語られたのは、何十年も揺らがずに貫いてきた、一つの確信だった。
記事前編は【俳優・古舘寛治「舞台後の楽屋挨拶がずっと気持ち悪かった」違和感から生まれた初監督作品】から。
『挨拶』
古舘寛治が俳優として長年抱いてきた、舞台終演後の楽屋挨拶への違和感を出発点に、本音と建前が交錯する「大人の社交場」を描いた短編映画。古舘氏にとって初の映画監督作品。短編映画制作支援プロジェクト「講談社シネマクリエイターズラボ」第3期優秀賞受賞作。
https://creatorslab.kodansha.co.jp/products/4901/
「リアクションこそがリアル」--揺らがない演技の信念
--俳優としてキャリアを重ねる中で、演技に対する考え方はどのように変化してきましたか。
これが、あまり変わっていないんですよ(笑)。頑固親父、石頭です。30歳になる前にアメリカから日本に帰ってきて、どうしたらいいかわからない時間もありましたけど、30代前半である劇団に入って、そこからずいぶんな年月が経ちました。それでも、いまだにアメリカで影響を受けた演技技術を使って芝居を作っているところがあります。
僕が通った学校は、いわゆる「メソッド演技」(ロシアのスタニスラフスキー・システムにルーツを持ちアメリカで発展し、確立されたリアリズム演技の方法)を教えるところでした。学校や先生によって手法は微妙に違うんですが、僕はそこで出会った先生の影響を大きく受けました。また、別の演出家のワークショップで出会った「コメディア・デラルテ」(16~18世紀のヨーロッパで流行したイタリア発祥の即興喜劇。仮面をつけた定型キャラクターと、大筋だけ決めて演じる即興を特徴とする)の影響が実はとても大きいんです。
--特にどういった部分に影響を受けましたか?
それは、リアクションが全てのような芝居なんです。目の前でアクシデントが起こるような演出をして、そのアクシデントにいちいち反応する。それがものすごく面白くて。なぜその芝居がリアリズムな演技にも生かせるかというと、僕らがこうして生きている姿こそ、リアリズムが目指す世界なんだけど、じゃ僕らが生きているときに何をしているかというと、リアクションをしているわけです。
--というと?
今、僕はインタビューに答えている。言いたいことがあってしゃべっているから、それは「アクション」なんですけど、聞いて答えているという意味では、「リアクション」とも言えるんです。今聞かれたことを一生懸命考えて、それに反応している。これは普段、僕らが生きている姿そのものですよね。
たとえば、いま近くで工事が行われている騒音の中にいて、ちょっと気になりながらしゃべっているんですが、それがリアルなんです。僕は常に、俳優としてもこの状態でいたい。ところが、日本で俳優はそれを学ぶ機会がなかなかない。だから、これほど反応しながら芝居をする人はかなり少ないんですよね。
--「リアクション」と聞くと、大げさな芝居を想像しますが、そうではなく生活そのものがそもそもリアクションの連続だから、見ている側がそれを自然体と受け取るんですね。古舘さんの自然体な演技の由来がわかった気がします。
僕らは朝起きて、だいたい予定は決まっている。会社に行くとか、人と会うとか。でも、実際に起きることは何一つ思い通りにはいかないんです。人が何を言うか、何をするかは計算できないから、全部その場で対処している。つまり、みんな常にリアクションをして生きている。ゴールはあるけど、思ったとおりにはたどり着けない。毎日は冒険で、予測不可能なんですよ。
それをそのまま、俳優として表現したいんです。セリフは決まっている、ゴールも決まっている。だけどセリフは覚えたらいっそのこと一旦忘れて、相手の反応に驚いたり返事をしたり、リアクションを返していったら作品が出来上がっていた。そこの境地に行きたいんですよ、俳優として。そういう作品が一番僕には面白いんです。
--今回、そういった古舘さんの演技観も反映させて、作品づくりを行われたそうですが、いかがでしたか?
大きな発見がありました。それは俳優は変わることができる、ということです。リハーサルの段階では、なかなか形にできない場面もあったんです。でも、撮影当日はみんなとても良くなっていた。俳優の底力に気付かされました。つまり、演出次第で俳優は変わることができる、それが今回一番の発見でした。そこに感動したからこそ、また監督をやりたいと思うんですよね。
システムさえあれば--日本のコンテンツにかける希望
--アメリカで演技を学んだ経験から、日本の現場との違いをどう感じていますか。そして、これからの日本の映画・演劇が豊かになるために必要なことは何だと思いますか。
僕は、日本はガラパゴスだと思っているんですよ。ガラパゴスにはそこだけのオリジナルな変わった生き物がいっぱいいるでしょう。日本もそうで、だからこそ面白いものが生まれる。戦後、映画が娯楽の中心だった時代に才能が集中して、映画を作るシステムができた時期があった。世界で評価されるすごい作品がたくさん生まれたんです。でも事情が変わって、そのシステムがあまりうまく行かなくなってしまった。僕は日本はコンテンツの「質」なら、絶対にいいものを作れると思っているんです。ただ、システムを作るのが苦手なんですよね。
特に欧米の人たちは、システムを作るのがうまい。だから大規模な俳優の教育もできるし、どのレベルでもオーディションがあって、ちゃんと実力のある人が選ばれて作品に出る流れができている。必然的にクオリティの高いものができる。才能がある人間にチャンスを与える仕組みもちゃんとある。僕らはそれが苦手で、いわゆる「背中を見て覚えろ」といった精神論でずっとやってきてしまった。そこを打開して、ちゃんとしたシステムさえ作れれば、質の高いものを作ることはできると思っています。
そのためには、資本をきちんと動かせる、賢い人たちがそこを変えられるかだと思います。今回、僕が映画を作ることになったきっかけでもある「講談社シネマクリエイターズラボ(講談社による映像クリエイター支援プロジェクト)」のような試みは、まさにその一つですよね。だから、本当に頑張ってほしいんです。国がどうなろうと、日本というコンテンツは生き残れると、僕は思っていますから。
やりたいことが、ありすぎる」
--『挨拶』を新たな出発点として、これからどんな作品づくりをしていきたいですか。
それが、やりたいことがありすぎるんですよ。俳優としても、もういい年ではあるので、現実的にできることは限られるのかもしれない。でも、やりたいことはいっぱいある。
舞台も、面白いものがあれば俳優として参加したいし、演出もしたい。ただ、いま小劇場のチケット代がものすごく上がっていて、このままだとお金持ちしか観られなくなってしまう。舞台を金持ちだけの道楽になんてしちゃいけないと思うんです。だから僕は、小さなライブハウスを借りて、小さな舞台を俳優としてやりたいという思いもある。もちろん映像なら、いつか長編も監督したいです。
それと、実際に最近増えてきているんですけど、海外のクリエイターと一緒に仕事をすることにも惹かれています。世界のグローバル化はもう止まりませんから、今後はいろんな国の、いろんな民族の人たちが一緒に作品を作る機会がさらに増えていくと思います。そういう場に、俳優として飛び込んでいきたい。大きなものでも、小さなものでも、どんどんやっていきたいんです。実は、この世界にも日本にもあまり期待はしていないんですけどね……でも自分がやりたいことだけはいっぱいあるんですよ。
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冗談めかして笑う古舘さんの最後の言葉には、悲観ではなく、むしろ未来を面白くしていこうとする熱が確かに感じられた。初めて映画監督を務めた『挨拶』は、その尽きない好奇心が形になった、新たな出発点なのだろう。
古舘寛治
NYで5年間演技を学び帰国後、舞台俳優としてキャリアをスタート。映画・ドラマなど数多くの作品に出演。2016年、舞台『高き彼物』にて演出を手掛け、高い評価を得る。近年の主な出演作は、映画『炎上』(2026年 長久允監督)、『レイブンズ』(2025年 マーク・ギル監督)など。11月20日より加藤拓也監督『日曜のあと』の公開が控えている。
