「聖闘士星矢」は世界80カ国以上でアニメが放送され、コミックスは国内外で累計5000万部を超える大ヒットを記録した

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 被害総額は前代未聞の46億円余り。「リングにかけろ」「聖闘士星矢(セイントセイヤ)」などの作品で知られる漫画家、車田正美氏(72)が会社の資金を横領されたとして今月2日、損害賠償を求めて訴訟を提起した。主たる被告は、元マネージャーで50代男性のA氏だ。いったいぜんたいどんな人物だったのか、車田氏に話を聞いた。

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【写真を見る】元マネについて「死ぬ間際に悔いがないよう自分の過ちを振り返ってほしい」と語った車田氏

「人を信じるのに、証拠も何もあるか!」

「聖闘士星矢」の主人公、星矢がテレビアニメ版の第38話で放ったせりふだ。

 ヒロイン、沙織の正体が女神アテナかどうかを証明する必要なんてない。オレは彼女を信じているから守るだけだ。そんな星矢の思いが表れた言葉である。

「聖闘士星矢」は世界80カ国以上でアニメが放送され、コミックスは国内外で累計5000万部を超える大ヒットを記録した

 同作のアニメは世界80カ国以上で放送され、コミックスは国内外で累計5000万部を超える大ヒットを記録した。敵との戦いを通して少年たちの友情を描いた物語には、随所に「人を信じる」ことの大切さが込められている。

「私が半世紀にわたり手がけてきたのは、一貫して少年漫画です。子どもに“人を信じるな”というメッセージは伝えられません。やっぱり人は信じるに値する存在で、人は人を信じることができるから、尊いわけじゃないですか」

 力強くこう語るのは、車田氏本人だ。

 しかし、まさか今回の件で、この信念があだとなってしまうとは……。

「Aは私の性格を見抜いていたからこそ、大胆な悪事を働くことができたに違いありません」(同)

クビを告げると「再び私を雇って」

 横領が発覚したきっかけは一昨年初頭、税務調査が入ったことだった。税務申告の額が少なく、不審な資金の動きも確認されたため、脱税を疑われたようだ。その後、当局と車田氏側がやりとりを重ね、調査を進める中でA氏による横領が判明したという。

「私は銀行口座の通帳やカード、印鑑などを全てAに預けていました。それほど信用し切っていたのです。問題が明らかになり始めた当初は、ここまで巨額の金をせしめているとは考えてもいなかった。数百万円程度なら怒鳴りつけた後、笑って許してやろうと思っていたくらいです。ところが全体像が見えてくると、すっかり裏切られていたことが分かり、やるせない気持ちになりました」(車田氏)

 A氏は「車田プロダクション」など、車田氏が代表を務める3社の取締役だった。経理や渉外を担う立場を利用し、車田氏の会社から預金を無断で移動させていた。他にも、取引先からの著作権料を自身が支配する会社に直接振り込ませるなど、さまざまな方法で横領に手を染めていたとされる。

 証拠がそろい出した一昨年3月12日、車田氏が代理人の河合弘之弁護士、野崎智裕弁護士と共にA氏を呼んで話を聞くと、

「すぐに横領を認めました。証拠をもとに幾らやったのか問い詰めると、本人は18億円くらいだと言う。その場でお金を返すよう誓約書にサインさせ、クビを告げたのですが、Aは帰り際に驚くべきことを口にしたのです。“先生、この問題が解決したら、再び私を雇ってもらえませんか”と。私が何でも許してくれる人間だと、高をくくっていたのでしょう」(同)

 当時はまだ、被害の全容が明らかになっていなかった。ところが調査を進めるうちに、横領額は18億円にとどまらないことが判明する。結局、A氏主導による横領の被害総額は46億円余りとみられ、誓約書をもとに約18億円は回収できたものの、残る28億9688万円の行方はいまだ不明だという。

〈妻からは離婚を…〉泣き落としの手紙

 横領を認めてもなお、その金額は18億円とうそをついていたA氏の面の皮の厚さとは、何たるものか。車田氏の会社は18億円が戻ってこなければ、納税もままならず、倒産していた可能性もあった。

「お金に無頓着な私が残りの28億円には気が付かないだろうと、侮っていた節があるのです。実際、今年5月にも彼から手紙が届き、そこには何の臆面もなくこう書いてありました」(車田氏)

〈車田先生に全てをお戻ししたのち抱えた、3億円にのぼる国税からの請求を、今も払えずにおります〉

〈そこでこの度、誠に不躾ながら抵当の抹消をお願い申し上げました〉

〈妻からは離婚を言い渡され、最愛の息子と娘に父親としての責任を果たせない自分の愚かさを痛感しております〉

 車田氏が続ける。

「泣き落としにかかってきたわけですが、そもそも自分は罪を償っているという前提からして虚偽なんです。また、自宅マンションの抵当権の仮登記を抹消してほしいと言っていますが、だったら未返済の28億円は何に使ったのか。今、私が訴訟を起こして46億円という数字が明るみに出たことで、ようやく本人は“全容がバレていた”と、焦り出したはずです」(同)

街中のバスに「聖闘士星矢」が……「あれは何だ?」と尋ねると

 A氏は仙台市出身。高校時代から優男風のイケメンで鳴らし、上京後、学生時代に集英社でアルバイトを始めた。やがて同社で車田氏の担当編集者となる。だが、正社員ではなかった彼は、所属先の編集部が2011年に解散すると、行き場を失った。そこで車田氏に会社設立を持ち掛け、実現させると、翌年には取締役に就いたという。

「彼は私の前では、いつも借りてきた猫のように大人しい態度を崩しませんでした。編集者時代から真面目なやつだと思っていたんです。ただ、振り返ればいいかげんな面も多かった。キャラクタービジネスについて、報告・連絡・相談がなかったのです」(車田氏)

 車田氏のあずかり知らぬところで、街を走るバスに「聖闘士星矢」の絵が大きく使われていたことも。

「不思議に思って“あれは何だ?”と聞いたら、Aは要領を得ない答えを返してきました。もっとも、私もそういう時に“次は報告しろよ”と窘(たしな)めるだけで済ませていた。それがよくなかったと思います」(同)

 こうしてA氏は、車田氏の会社を私物化していった。

「多い年では、5000万円を超える接待交際費を計上していました。遊興に消えた金もあったでしょうが、マネーロンダリングに充てられた分もあるのでは。すでに取り返した18億円のうち大部分は仮想通貨に換えられており、Aとその弟、そして妻とは別の人物と思しき謎の女性の三者で保有していたのです」(同)

 代理人の野崎弁護士は刑事事件化の見通しについて、

「これだけ大きな被害が生じているので、警察も動かざるを得ないでしょう。本人が18億円の横領を認めている上、残りの28億円に関しても送金履歴などの証拠がそろっています」

「妻と子供がハワイに」証言も

 A氏を知る人物に、巨額の横領金の行方を探るヒントはないかただすと、

「数年前、妻と子どもがハワイに住むようになったと、景気のいい話をしていました。銀座や六本木の高級クラブに足を運ぶことも多々あった。とはいえ、ギャンブルをやるタイプではなく、一体あれだけの額を何に使っていたのか」 

 人物評については、

「酔うと態度が豹変します。一気飲みを迫ったり、上から目線で説教をしたり。よく“車田先生は世の中のことが分からないから、自分がやってあげている”と吹いていましたね。虎の威を借りて威張るのが、快感だったのでしょう」(同)

 なぜ、こんな男にだまされてしまったのか……。車田氏に聞くと、

「私のことを世間知らずだと思う人もいるかもしれませんが、とんでもない。東京・月島の下町で生まれ、威勢のいい大人に囲まれて育ちましたから。小学生の頃は新聞配達をして、中学生のときも寿司屋や鉄工所でのバイトに奔走し、いろんな世界を見てきたつもりです。その上で“信じた人は最後まで信じ抜く”と決めて生きてきただけ」

 そして、冒頭の「人は信じるに値する」という話をしたのである。最後に改めてA氏について聞くと、真剣な顔でこう語るのだった。

「とうに50歳を過ぎている彼が、真人間に戻ることは難しいと思います。とはいえ人の心が残っているのなら、死ぬ間際に悔いがないよう自分の過ちを振り返ってほしい。私は金儲けのために漫画を描いているわけじゃない。そういう気持ちを少しでも分かってくれないでしょうか」(同)

 車田プロダクションには今、世界中のファンから、相次いで激励のメッセージが寄せられているという。

「週刊新潮」2026年9月17日号 掲載