※写真はイメージです/PIXTA

写真拡大

定年退職を機に、自らの居場所や存在意義を見失うシニア層が増加しています。長年捧げた組織との関係が途切れた時、人はどのような現実に直面するのでしょうか。本記事では、定年を迎えたある男性の姿を通し、会社へ過度に依存する生き方の落とし穴と、第二の人生を「自分軸」で歩み直すためのヒントを考察します。

38年間捧げた会社での最後の1日と訪れた違和感

佐藤和男(60歳・仮名)さんは、大手機械メーカーで38年間勤務してきました。最終役職は営業本部の部長です。新卒入社以来、休日出勤や長時間労働を辞さず、組織の業績拡大に貢献し続けてきました。定年から1ヵ月後くらいには、佐藤さんの銀行口座には約2,500万円の退職給付金が振り込まれるはずです。

厚生労働省『令和5年就労条件総合調査』によると、大学卒で勤続35年以上の退職給付(一時金・年金)の平均額は、定年退職者の場合で2,037万円となっています。大企業や役職者では2,000万円を超える事例も多く、佐藤さんに支給された金額は長年の貢献を適正に反映した水準といえます。

定年当日の夕方、部署の社員による送別会が開催されました。会場は社屋近くの居酒屋です。部下や後輩など約20名が参加しました。花束が贈呈され、実績を振り返るスピーチが行われました。佐藤さんは達成感でいっぱいになったといいます。

しかし、一次会が終了した20時過ぎ、締めくくりの挨拶を終えた後の場において状況が変化します。

「本日はありがとうございました」

参加者にお礼を述べた佐藤さん。

「お疲れ様でした。どうぞお気をつけてお帰りください」

幹事を務めた部下が丁寧に頭を下げ、宴は終了。二次会への案内や誘いはありませんでした。

佐藤さんは一人で最寄り駅へ向かいました。通勤電車のホームで列車を待ちます。車内に乗り込み、吊り革に掴まりながら「Instagram」をチェックします。若い部下たちの話についていこうと、通勤電車内で投稿をチェックするのが習慣になっていたのです。ふと、見覚えのある部下のアカウントが投稿した最新の画像が画面に表示されました。

投稿された画像には、一次会とは異なる店舗で、笑顔で乾杯する部署のメンバーたちの姿が写っていました。

「おつかれさまでした!」

「これから二次会!」

「本音、炸裂中!」

そんな文章が添えられています。そこには、さっきまで佐藤さんと時間をともにしていた部下たちがいます。もちろん参加メンバーに佐藤さんがいるはずもありません。

(俺だけ、呼ばれてない……)

佐藤さんは静かに画面を閉じました。自分自身が「送別されるべき上司」として形式的に扱われていた一方、個人の関係性においては輪の外に置かれていた事実を、ありありと見せつけられた--気づけば、涙がこみあげてきたといいます。

SNSに突きつけられた現実と「組織依存」からの脱却

佐藤さんは帰宅後、自室で静かにこれまでの会社生活を振り返りました。過去38年間、家族との時間や個人的な趣味を優先せず、すべての時間とエネルギーを組織のために費やしてきました。社内での評価や肩書が自身の存在意義の根幹をなしていたといえます。

しかし、定年退職によって組織を離れた時、かつての肩書や実績は、個人の人間関係において何の意味も持たなくなります。部下たちにとっての佐藤さんは、あくまで業務上の管理職であり、プライベートな時間を共有する対象ではありません。

内閣府『令和7年度 高齢社会対策総合調査(高齢者の生活と意識に関する国際比較調査)(第10回)』によると、近所の人との付き合いについて「つきあいがない」と回答した60歳以上の日本の男性は23.3%(女性は14.9%)に上ります 。さらに、家族以外に相談や世話をし合う「親しい友人はいない」と答えた男性も45.3%と半数近くに達しています 。

現役時代に職場中心の生活を送ってきた男性ほど、退職後に地域や個人としての社会的人間関係が希薄になり、孤立感を深めやすい現状が統計的にも示されています。

送別会での部下たちの丁寧すぎる挨拶や、画面越しに見た二次会の笑顔--投稿をみたときに、ふと涙が出ました。そのときは涙の理由がわからなかったと佐藤さん。ただ今は、長年すべてを捧げてきた組織との繋がりが断ち切れ、何ともいえない孤独感が押し寄せたからだと気づいたといいます。

「これからは、会社のためじゃなく自分のために時間を使うしかない」

退職後の生活は数十年続きます。かつての役職や肩書に頼らず、自分が心から楽しめることを見つけておくことが、孤立を防ぎ、充実した日々を送るための現実的な課題と言えます。