山形放送

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木曜特集です。今回は、戸沢村の「最上川舟下り」で最年長となる船頭にスポットを当てます。おととし7月の豪雨で自宅が浸水し、避難生活の中、予想もしなかった悲劇に見舞われました。それでも川とともに生きる男性の思いに迫ります。

山形県民の母なる川、「最上川」。戸沢村を流れる中流を船に乗って楽しむ「最上川舟下り」は、毎年5万人以上が訪れる人気の観光地となっています。
佐藤一春さん、81歳。17人いる船頭の中で最年長です。村内で生まれ、これまでの人生を最上川とともに歩んできました。

(佐藤一春さん)
「洪水などで恐ろしい目にもあいますけども、やっぱり母なる川ということで私らにとって欠かすことのできない存在」

おととし7月の豪雨で自宅が浸水。仮設住宅で避難生活を送りながら、船頭として最上川とともに生きる佐藤さんの思いに迫ります。

(佐藤一春さん)
「私はね昭和20年なんですよ。生まれが。だからもう81歳になりましたね。一緒?これはこれはどうもね。同級生だ」

佐藤さんは、戸沢村生まれ戸沢村育ちの81歳。村役場を定年退職後、最上川舟下りの船頭となりました。キャリア20年以上のベテランです。

(観客)
「もう素晴らしいですね。ここは歌も聞こえて景色も見られてすごくいい感じだった」

舟唄や軽快なトークで乗客を楽しませます。そして、最上川にまつわる災害の爪痕も伝えます。

(佐藤一春さん)
「一昨年、とんでもない大洪水が発生しまして、今までの最高水位をはるかに上回ってね。上の方に堤防が見えます。あそこスレスレまで水が上がったんですよ。こんなことはいまだかつてなかったことです」

おととし7月、県内を襲った豪雨で最上川が氾濫。上流から大量の水が押し寄せ、「最上川舟下り」の観光船も17隻のうち11隻が流されてしまいました。
佐藤さんが住んでいた戸沢村の蔵岡地区は、脇を流れる最上川からあふれた水で地区全体が浸水しました。おととし7月31日、佐藤さんの2階建ての自宅も床上浸水しました。

(佐藤一春さん)
「昔からこの辺が土地が低いということで洪水は何十回も経験しているので、慣れてはいたんですけど誰もここまでの規模になるとは想像だにしていなかった」

被災から1週間、佐藤さんはボランティアの助けを借りて、家にたまった泥を片付けていました。

(佐藤一春さん)
「ここで生活するにはいろんなものを全部失っているのでそれを再び生活できるようにするのは本当に大変なので水の心配のないような所に集団で移転するしかない」

蔵岡地区の住民たちは、国の事業を活用した「集団移転」に全世帯で賛同しました。村は村内の高台に新たに団地を整備し、5年後の2031年度の移転完了を目指して準備を進めています。
佐藤さんは現在、村内にある仮設住宅で妻と2人で暮らしています。

(佐藤一春さん)
「やっぱり最初は狭くていろいろ大変でしたけど、慣れてしまえばこれでも十分生活できる」

避難生活を続ける夫婦を、予想もしなかった悲劇が襲います。仙台で暮らしていた長男の宏樹さんが去年10月、心筋梗塞で急死したのです。51歳でした。

(佐藤一春さん)
「闘病生活を送っていたわけではないから突然連絡を受けて駆け付けたときにはだめでした」「まさか自分より先に逝くなんてこと考えてもなかったからショックでした」

水害から2年。佐藤さんはいま、何を願うのでしょうか。

(佐藤一春さん)
「とにかく安全で安心して暮らせる所でできたら蔵岡の住民が一堂に会して生活できるような環境を一日も早く整備してもらいたいというのが私の一番の願い」

8月14日、蔵岡地区にある寺「長林寺」で、お盆の合同供養が行われました。佐藤さんにとって、息子を亡くしてから初めて迎えるお盆です。佐藤家の先祖代々のお墓もこの寺にあります。宏樹さんの遺骨もここに納めました。
寺は国の集団移転事業の対象外です。住民たちが地区を離れたあとも、寺とお墓はこの場所に残ります。

(佐藤一春さん)
「私らは集団で移転しても村内にいるわけですからそんなに遠いわけでもないんでできる限りここに来ては息子と語りあえればと思っている」

この日は運航中に突然の大雨に見舞われ、佐藤さんは舟を覆うシートの開け閉めに追われていました。

「ほらみなさんよかったね。雨あがりましたよ。今度は大丈夫です」

天候が不安定な中、舟下りも川の状態に左右されることが多くなっていますが、佐藤さんは月に10日ほどのペースで船頭を続けています。

(佐藤一春さん)
「やっぱり母なる川ということで私らにとっては欠かすことができない存在。いまは増水しているので怖い感じもするんですけど通常の最上川であれば心休まるそういうものを持ち合わせているので、これからも付き合っていこうと思ってますね。この年になっていろんな客さんとの出会いがあることは何よりも幸せ。そういうものを大事にしながらこれからもやっていければと思っている」

最上川には、きょうも船頭の舟唄が響き渡っています。