中森明菜(C)日刊ゲンダイ

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【芸能界クロスロード】

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 1980年代の歌謡界を席巻した女性アイドル。その先頭を走っていたのが松田聖子と中森明菜だった。

 聖子は髪形、ファッションから“ぶりっ子”まで社会現象を起こした。対照的に明菜はアイドルらしくない謎を秘めた少女だった。

「当時は聖子に代表されるフリルやミニの似合う可愛い系のアイドルが主流だった。明菜はあどけない顔の中に憂いがあった。目力があり歌も大人じみていたが、歌唱力は群を抜いていた」と音楽関係者も驚きを隠さなかった。

 総じて女性アイドルはヒット曲も少なく人気のピークも3、4年ぐらいだが、2人は多くのヒット曲を出し息の長い人気は続いた。ファンも男女問わず幅広い層から支持されていた。

 スキャンダルも2人の共通項だったが、聖子は泰然自若。影響はなかったが、明菜は人生の大きな転機になった──。

 芸能史に残る悲恋、大手事務所からの独立と、さまざまなことが身の回りに起きた。

「明菜をサポートできるマネジャーがいない」と一時、業界から見放された時期もあった。個人マネジャーを付け活動したが長続きせず、荒れた生活も伝えられていた。

 2010年、体調不良で休養。一時的に復帰したこともあったが、18年から再び休止。「完全復活は難しい」といわれていたなか、復活へのエールを送るようにNHKが明菜の特番を組んだ。22年、BSプレミアムがヒット曲を集めた「伝説のコンサート~中森明菜」を放送。明菜復活を願う声が高まるほどの大きな反響を呼んだ。

 歌手に限らず復活する際、もっとも気になるのが世間の反応だという。不安を徐々に取り払った明菜は同年、個人事務所を設立。新たにファンクラブも開設した。翌年、ニッポン放送の「中森明菜オールタイムリクエスト」に出演。芳村真理ら芸能界からも励ましのメッセージが寄せられた。音楽関係者の話。

「明菜の音楽の才能は高く評価されているが、彼女をサポートできる人がいない。間接的な手助けとして世論に復活をあおっているようだった」

 昭和歌謡を振り返る民放の特番では「昔のVTRでも数字を取る明菜は欠かせない存在だった」と、テレビ界の後押しも追い風となった。昨年、ファンイベントを開催。8年ぶりの新曲もリリースした。

 準備万端整い、今年7月1日から20年ぶりの全国ツアーを開催。テレビ朝日系「ミュージックステーション」にも生出演。「難破船」と新曲を披露した。

「紅白もみんなと一緒の舞台はハードルが高い。別なスタジオから中継は考えられる」(テレビ関係者)

 年末に向け注目が増すなか、大きな話題になっているのがディナーショー。

 昨年8公演だったが、今年は全国5都市15公演に拡大した。東京ドームホテルなどで開催するチケット代はSS席11万円、S席9万5000円、A席8万5000円というお値段。ディナーショーはホテルの料理とセット。チケットが売れなければ赤字になるが……。

「復活したとはいえ、来年はどうなるのかわからない不安定さが明菜にはつきまとう。見られるうちに値段は張っても見たいと思うのが明菜ファンの心理」(芸能関係者)

 結果的に長期休養が明菜の価値を上げたがそれに応えられるだけの資質を持っている。明菜にはアイドルを超えた歌唱力、表現力がある。まさに「芸(歌)が身を助けた」のだ。

 61歳になった明菜。来年デビュー45周年を迎える。

(二田一比古/ジャーナリスト)